第42話(閑話)これが本当の始まり



 それは、些細なことで誰も気が付くことができない。


 いつなのか、どの辺りなのか、気が付いた時にはもう始まっているものだ。


 始まってからではもう遅い。

 それは、川のように唯々流れていってしまう。


 それに気が付かなければ、幸せだったかもしれない。

 それを止めることが出来れば、楽になれるかもしれない。


 でも、すぐには止めることが出来ない。


 一度流れてしまえば、流れに逆らって戻ることは誰にも出来ないのだ。


 そして経てば経つほど大きくなる。

 だが、何もしなければ、いつかは大海原へ放たれることになるだろう。


 その頃には、もう遅い。


 海へと流れてしまったものを見つけるのは不可能だから。

 海へと流れたものは、最後に爪痕だけ残し、いずれは忘却の彼方へと消え去っていく……。


 もしも、流れを途中で止めることが出来ているのなら——

 それがとなっている。


 だから、誰も気が付かない。


 終わったことも始まったことも。

 ずっと燻り続けていく。



 ◇◇◇



「……興味深い詩でした。ただ、何を示唆しているかがわからないのが少しもどかしいですね」



 ぐぅと自己主張をするお腹を押さえる。

 そして思わず少し笑ってしまった。



「そういえば、あの時もこれが始まりでしたね」



 その日に限ってお財布も忘れ、家の鍵も忘れ……。

 時間を潰そうにも、どこにも入るお金がない。

 学校は人が集まってくるので大変。


 そんな中、同じ学校の男の子が廃棄のものだと言って、私にポテトをくれました。

 廃棄であるのにもかかわらず、まだ温かいポテトに思わず笑いそうでした。


 どう見ても、わざわざ買ってきてくれたに違いないのに。



 ですが、その時の私は“また、いつもの”と受け取りはしたものの彼を疑っていました。


 何か見返りを要求してくるのではないか? と。

 今までもありましたから……。


『学校で荷物運ぶの手伝うよ』と言われ、それ以来しつこく連絡先の交換を迫ってくる人。


 これはあくまで一例でしかありません。

 何かをキッカケに迫ってくる男性は多くいましたから。

 思い出したくもないです……。


 だから、どうせ彼もその1人なのだろうと……。

 そう思っていました。



 そう思ったからこそ、私は今後の憂いを断ちたかった。

 それで待ちました、彼を。

 借りがあるなら早めに返そうと思いましたから。


 でも彼は断ってきました。

 それどころか、夜が遅いからと送ってくださいました。


 今度は隙を見せてわざと借りをつくりました。

 けど、結果は同じです。

 何も要求してきません。



 おかしい……。

 私は彼の考えが理解できませんでした。

 同時に何か大きなことを狙っているのでは? と少し恐怖を感じました。



 ですので私は、彼のバイト先に通うことにしました。


 そうすれば、彼の人となりを少しでも垣間見えると思って。

 幸い学校から遠いので、勉強をするには良い場所ですし……その、ドーナツも美味しかったですから。


 でも、夜遅くなる度にお父さんに怒られたのは怖かったですけどね。


 だから私は、お父さんに言いました。



『常盤木さんに帰りは、送っていただいているので心配いりません』



 お父さんは眉間にしわを寄せましたが『いずれ、連れてきなさい』そう一言だけ言って、新聞を開き顔が見えなくなってしまいました。


 その時、後ろでお母さんがニコニコしていましたが……何故でしょうか?

 これは理由がよくわかりません。


 ただ、それ以来何も言ってこないので“親公認”ということでしょう。

 それを言ったら翔和くんは驚いてましたけど……。



 それからはバイトのある日、毎回送ってもらいました。

 けど……変化がありません。



 ここまでくると……私、魅力がないのでしょうかと少し自信がなくなってしまいました。


 なので私は彼の自宅に上がりました。

 料理の腕を見せ、さらにちょっと油断したところを見せて見ようと。

 あの日は、大胆なことをしてしまったと顔が赤くなったのを覚えています。



 こんなに勇気を出して行動したのに……。

 それでも、彼は一向に見返りを要求してくれません。


 なのでその日から、あの手のこの手でアプローチしてみました。


 近づけたかな?

 私のこと見てくれたかな?

 どう思っているのかな?


 と思いながら。



 そして気がつくと、私は毎日のように彼の姿を追っていました。

 疑っていた気持ちが、いつの間にか違う気持ちになり、彼に夢中になっていたのです。



 そう思った時のあの感情は忘れられません。

 もやもやとしたものが晴れて、同時に顔が熱かったことを。


 けど、悲しい時もありました。

 それは、彼が私と距離を置こうとしたこと……。


 でも私は知っています。


 彼は本当は優しい人。

 ただ、人よりも無愛想でぶっきら棒なだけ。

 それは、毎日接してきたからわかります。

 だからこそ、彼が近づいてこない、壁を置くのには理由があるのだろうと……。


 だから私はこれからもあなたを独りにはさせません。

 何をされようと……。


 いずれ彼が理由を話してくれるのを私は待っています。




「ああ、なるほど。そういうことでしたか……。意味がわかりました、この詩の……」



 最近の自分を振り返ることでわかりました。



 「これはの詩だったのですね」

 


 ふふっ、今の私にぴったりかもしれません。


 私は本を閉じ、天井を見上げる。

 再び熱くなった顔を手で扇ぐ。



 今、彼は何を考えているのだろう?

 彼は私のことどう思っているのだろう?

 もしかしたら他に好きな人がいるのだろうか?



 考えても結論は出てきません。

 けれど、私のやることは決まってます。



「私に惚れさせてみせますからっ!」


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