第40話 リア神と初デート④
「暗くなったなぁ……」
空を見上げると群青色に染まった夜を切り裂くように、アトラクションからでるサーチライトが照らしていた。
夜になると客層も変わり、昼間の家族連れはほとんどいない。
代りに増えたのは、イチャイチャするカップルである。
その証拠に、人通りが少ない場所では男女の話声や艶めかしい声がどこからか聞こえてくる……。
さっき俺たちがいたところも、人通りが少ないのでカップルのイチャつきスポットとなっていることだろう。
場所を弁えろ! と言いたいところだが、盛り上がった男女を止めるのは中々難しい。
人の目があっても気にしない奴なんてたくさんいるし、酷い奴だと「は? いいところだから邪魔するなよ」とこっちが悪いみたいに責めてくることもある。
周りにあたえる“気まずさ”というのを、完璧に度外視にしてのその態度はいかがなものかと思うのだが……。
恋は盲目……、まさにこういうことを言うのだろう。
一応、邪魔をするなんて無粋だって考えもあるかもしれないが。
まぁ、残念ながらこういった件について今の俺に責める権利はない。
俺自身にブーメランな気がするの否めないからね。
もし見かけたら、見なかったことにしよう……。
「もう大丈夫ですか?」
「ああ」
「その、無理はダメですからね? 必要でしたらまたお貸ししますので」
凛は脚をポンポンと叩き、いつでも大丈夫と言いたげだ。
「問題ない……これ以上は俺の精神がもたないわ」
「えっと、精神……。なるほど、やっぱり寝づらかったってことですね。すいません……」
「いやそれはない! 寧ろ極上の寝やす——いや……とにかくそれは問題ない。感謝してるよ、本当に」
「それならいいのですが……」
凛は不思議そうな表情で首を傾げる。
確かに膝枕は極上で文句なんて言いようがない。
お金を払うべきなんじゃないかってレベルだ。
だが、それよりもあの場所でしてもらったことが問題だった。
人通りが少ないところとはいえゼロでは無い。
だから当然、人が通るわけで……。
そして通る度に「うわぁー」という何か言いたげな視線を俺たちに向けてきた。
特にその中でも、子連れの「見ちゃいけません」という言葉は何か突き刺さるものがあったよ。
まぁ、リア神は気にしてないようだけど……。
「それにそろそろパレードが始まる時間だから、今更休むことはしねぇよ。もう充分過ぎるぐらい回復したしな」
「でも、本当に無理はダメですよ? 今回、見ることが出来なくても、また遊びに来ればいい話ですから」
「ま、その時はそうしようかな」
凛は俺に対して微笑みかけ、俺の腕にしがみついてきた。
人通りが多いから仕方ない気もするが……些かくっつき過ぎではないか?
園内に音楽が鳴り響き、それと同時に電飾で彩られた乗り物が遠くの方に現れたのが今いるところから微かに確認出来た。
「翔和くん見てください! 始まりましたよ!」
光が見えたところを指で差し、まだ見えづらいパレードをなんとか見ようと子供のようにぴょんぴょん跳ねる。
徐々に近づいてくるパレードを今か今かと待ちきれないようだ。
その普段とは違うそのギャップに惹かれ、俺はつい凛を見てしまう……。
が、自分の頰を軽く抓り、すぐにパレードの方へ視線を移した。
この遊園地のパレードは“光のパレード”と言われ、老若男女問わず大変人気がある。
噂ではあるが、年間のパスポートを持っているファンだと、パレードのためだけに入園して毎日見に来るらしい。
近くにきたパレードは、その噂通り何度も見たくなるほど、とても美しく幻想的だった。
様々な色の電飾、ライトアップされるダンサーやキャラクター。
その1つ1つの動きは洗練されていて、目が離せない。
「……綺麗」
光のパレードをバックにうっとりとした表情でそう呟く凛の姿は、絵にしたら間違いなく売れると思えるぐらいマッチしている。
そんな様子をぼけっと見ていてせいで、完璧に油断していた。
パレードを間近で見たい人たちが俺と凛の間に割り込み、前に出てくる。
あまりに強引な割り込みで一瞬、凛を見失いかける。
「凛っ!」
俺は、人混み紛れそうになる凛へ手を伸ばた。
なんとか凛の手を掴むことに成功したが、掴まれた凛は目を丸くしている。
「翔和……くん?」
「わりぃ、反射的に掴んじまった……」
俺は慌てて手を離す。
やってしまった……。
咄嗟のこととはいえ、男に急に掴まれればびっくりするだろう。
もしかしたら嫌だったかもしれない。
恋人ではない、ただの男に握られたら嫌悪感を感じて然るべきだろう。
「……そうだな。人が多くなってきたし、帰るか。その、さっきは本当に悪かった……」
俺は背を向けて、リア神にそう告げる。
本当は目を見て誠心誠意謝罪をしなくてはいけない。
ただ、なんとなく目を見て謝れなかった。
彼女は底辺の俺によくしてくれている。
理由はわからない、トップの人間が考えることは俺にわかるわけがない。
だからこそ振り向いて見てしまったら……嫌われたことに気づいてしまう。
自分の楽しく感じていた時間が終わる、そんな気がした。
だから見れなかった。
俺は、脚を一歩進める。
だが二歩目が進めない。
背中に感じる微かな重みが、俺を前に行かせないようにしていた。
「待ってください」
凛の透き通るような声が雑踏の中にも関わらず、俺の耳にスーッと入り込んできた。
俺は身体を半分だけを動かし、後ろを確認すると凛の手が俺のシャツの裾を掴んでいた。
「……凛?」
「勘違いしているようなので言っておきますが、私は嫌がっていません。ただ、驚いただけです。その……男性に手をぎゅっとされたことなんて……なかったので……」
「そうだったのか……」
とりあえず嫌われたわけではないということに、そっと胸をなでおろす。
「翔和くん、1つお願いが……」
「いいけど、お願いって何?」
「手を……。逸れるといけないので……手を握ってもいいですか?」
後半の方は消えるように声が小さかった。
ただ、何かをねだるように俺を上目遣いで見ていた。
「まぁ、逸れるといけないし……俺なんかでよければ……」
「ありがとうございます……」
差し出された手を優しく握る。
俺の手を握る凛の手は、想像以上に細く小さいものだった。
「また……来たいです。ここに」
「そうだな。来れたらいいな……」
目の前を過ぎる光をただただ呆然と眺める。
1つ、また1つと通り過ぎるごとに寂しさが込み上げてきた。
2人で見るこの時間が、ずっと続いたらいいなと思ったことは誰にも言えない。
これは……俺だけの秘密だ。
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