第34話 リア神の用事 前
「なぁ、若宮さんってなんで料理がこんなに上手なんだ?」
食後のデザートを口に含みながら、ふと浮かんだ疑問を口にした。
今日の夕食は、魚に煮物、そして味噌汁。
後はおひたしと、大変健康に良さそうなラインナップだった。
昨日は、メインが肉。
その前は魚。
って感じ肉と魚が交互にメインとして出てきている。
若宮と関わるようになってから、毎日のようにご飯を作ってくれているわけだが、今のところメニューが重なることがない。
まぁ、いずれは重なることにはなる筈だがここまで被らないのは、凄すぎる。
まだ、高校生でどこかの料理専門の学校ってわけでもないのにな……。
あ、ちなみに食材費はちゃんと払ってはいる。
流石にそこはね……。
そこまでヒモになりたくないし……。
「そうですね。料理は将来のために練習していますから」
「へぇ。料理人でも目指してるのか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ確実に必要となることですので……」
「ふーん」
少し頰を赤く染めた若宮を横目で見る。
どうしてモジモジしているのかわからないが……まぁ言いづらいことを聞く必要はないだろう。
「ちなみに、いつから練習してんの?」
「小学生ですね。たしか、5年生あたりだったかと思います。ですが、練習というよりは趣味に近いかもしれません」
「“継続は力なり”だな。若宮さんの料理を食べてから、外食とかマジで興味失せたよ。店とか開いたら大盛況になるんじゃないか?」
「ふふっ、ありがとうございます。そう言っていただけると作った甲斐がありましたね。でも、お店開くのは難しいですよ? 料理が出来るだけで成り立つことでもないですし」
後半にやたら現実的なことを言う若宮に思わず苦笑する。
俺はデザートを食べ終わり、お皿を机の上に置く。
それで対面に座る若宮を真っ直ぐに見た。
「それで、食事前に言ってた用事って?」
「予定を立てようかと」
「それだったらさっき、健一や藤さんがいる時でもよかったんじゃないか?」
俺の言葉に若宮は少し口を膨らます。
「それじゃ意味ないです」
「は? 意味ない?」
「何でもありません! まぁ、常盤木さんだから仕方ないです……。ひとまずこちらを見てください」
そう言って若宮は鞄からつい先日まで俺の手元にあった物を取り出す。
あーなるほど、だからいつもより鞄が大きめだったのか。
「えーっと……それは俺があげたやつだよな?」
「はい! その猫ちゃんです!」
ぎゅっと若宮の胸に抱かれる猫のぬいぐるみ。
若宮は、少し瞳を伏せながら腕の中にある猫を見下ろしいた。
慈愛に満ちたその様子に思わず息を呑む。
胸の谷間に飛び込むように包まれた猫……。
この光景を見た男子は「猫、そこを代われ」って言うに違いない。
かく言う自分もそんな気持ちだ。
顔には毛ほどにも出しはしないが……。
「それが何かあったのか? もし不良品だったら取り替えてくるけど」
「違います! それに、不良品だったとしても……交換しません。初めて貰った物ですし……」
「ま、まぁそれならいいが……」
けど、それ以外だったら何のために持ってきたんだ?
わからない。
大事そうにしてるから、文句を言いたいわけではなさそうだけど。
「それでですね。いつ行きますか?」
「……どこに?」
「この猫ちゃんの本拠地です!」
「あー、あのリア充ほいほいに……か」
「えっと……常盤木さんのプレゼントから推察したところ“お出かけのお誘いも兼ねていた”と思っていたのですが、違いましたか?」
「いや、そんな深い意味はな——」
がーん、と効果音が聞こえきそうな表情で固まる若宮。
そして肩を落とし、膝を抱えてしまった。
「…………違うのですか。私の早とちりとは……大変恥ずかしいです……」
どうしようこの展開……。
誘うor誘わない?
待ってるor待っていない?
わからない。
俺にはわからない展開だ。
仮に行くにしても……流石に、2人では……。
こういう時に健一がいたら、どうするんだろう?
ニヤついた笑みを浮かべた悪友の顔が浮かぶ。
数時間前まで健一が座っていたところを見る……あれ?
健一の手帳が落ちていた。
気まずさに耐え切れず、手帳に手を伸ばす。
手帳を開くと、中から紙が2枚ひらひらと舞い落ちてきた。
その紙と貼られた付箋に、俺は顔を引きつらせる。
付箋には一言だけ『このヘタレ』と書かれていた。
ため息をはき、付箋くしゃくしゃに握り潰す。
下唇を噛み、もう一度紙を見た。
「あー、若宮さん。いや偶然、ちょー偶然なんだが……」
「……なんですか?」
猫を優しく撫でるリア神。
それはそれで様になるが、今は居た堪れない。
「掃除をしていたら、こんな優待券が発掘されてな。期限を見たら今月一杯なわけなんだ。いや〜勿体ないことした! 2枚もあるのに消費しきれねぇーわ!」
若宮は、俺の手に握られている優待券を見て目を丸くする。
「おっ! しかもこれ偶然にも、さっき話していた場所の優待券じゃん!! こんな偶然あるんだなぁ〜。でもどうしよう困ったなぁ。俺、行く人なんていないから、誰か行ってくれないかなー」
額に手を当て「困った困った」と大きなリアクションをとる。
まるで道化。
けど、今は道化と思われてもいい。
若宮はくすっと笑い目元を擦る。
笑いを堪えるのに必死な様子だ。
「よろしければ……私が行きましょうか?」
「お、マジか! 助かるわ〜」
「それと、そのキャラで無理しなくてもいいですよ?」
「はぁ……うるせぇよ」
大袈裟にオーバーに……やらなきゃ出来ないこともある。
恥ずかしさを隠すには、無理にテンションを上げるしかない。
感情の上書きをしないと……恥ずかしさで死ぬ。
「約束ですよ? 忘れたら嫌ですからね?」
「忘れねぇよ。そこまで不義理な性格をしていない」
「不義理?」
「いや、こっちの話だ……」
俺はお茶を啜り、ふんと鼻を鳴らした。
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