第33話 リア神の頰は病み付き注意


 狭い家がさらに狭くなっている。

 少し目を赤くした藤さんが合流し、家の中がスクールカーストトップと金魚の糞という構図である。


 勿論、金魚の糞は俺なわけだが……。


 ちなみに藤は、健一の横にぴったりとくっつきラブラブっぷりを俺たちに見せつけている。


 その光景を見るのは、少し気まずいものを感じ直視出来ないでいた。

 天井を見たり、何故か俺の横に陣取る若宮を横目で見たりと、とにかく落ち着かない気分である。

 側から見れば、挙動不審な男だろう。


 昼食中もその様子は変わらず、見てるこっちの身にもなって欲しいものだ。

 これだからリア充カップルは……。

 ため息しか出てこない。



「んじゃ、腹一杯食ったことだし早速だが夏の予定でも決めるか! なぁ、翔和!」


「うん? 何故、そうなる」



 健一の何の脈絡のない提案に俺は首を傾げた。



「……凛から聞いてない?」


「私は話しましたよ」



 俺はこめかみを押さえ記憶を辿る。

 確か……。



「……もしかしてだが、夏祭りか?」


「そうそう! よく覚えてんじゃん翔和。てっきり忘れたと思っていたぜ〜」


「約束ぐらいは覚える。まぁ当日になって、『実はドッキリでした』とか『冗談に決まってるだろ』って言われると今でも思っているけどな」


「卑屈だなぁ〜」



 可哀想な人を見る生温かい視線を向ける健一。

 それに加えて藤がため息をはいていた。


 くっ。

 なんだこのバカにされた感じは……。



「それで、健一たちが行くことを計画した夏祭りっていうのはどこでやるんだ? 人数合わせだけど、約束したからにはちゃんと行くよ」


「人数合わせ? 俺はただ——」


「……健一」



 健一の袖を引っ張り、不服そうな目で健一に何かを訴えている。

 そして、健一がハッとした表情になると気まずそうに頰をぽりぽりと掻いた。



「いやぁ〜、悪いな翔和。俺らに付き合わせちゃってさ」


「……ごめんね。常盤木君」


「ああ……別に、気にしてねぇよ」



 2人の微妙に慌てた態度に首を傾げる。

 若宮にも視線を送るが、にこっと微笑み返してくるだけ。


 なんなんだ、一体?



「ま、とりあえず夏祭りは8月の初めにあるやつだな。だからそこはバイト入れるなよ?」


「わかってるよ」


「先に釘を刺して置くと『急遽ヘルプを頼まれたから行けなくなった』は無しだからな」


「…………しねぇよ。そんなこと」


「常盤木さん? 妙な間がありますよ?」



 ジト目で俺を疑うように見る若宮から目を逸らす。

 一瞬、頭によぎった考えを当てられるとは……。


 俺はため息をはき、諸手をあげる。



「マジでしない。それは誓うよ」


「まぁ、もし翔和が約束を破ったら……その時は若宮に後は任せるとしようかな」


「……それがいいと思う」


「マジか。それは絶対行かないとなぁ……何を要求されるかわからないし」


「常盤木さんは私のこと何だと思っているのですか……」



 若宮は頰を膨らまし、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 その仕草に心を揺さぶられ、ついその柔らかそうな頰に手を伸ばしたくなる衝動に駆られる。


 寸前のところで視線を感じ、直ぐに手を引っ込めた。

 その様子を対向に座る2人がじっと見ている。



「……いや、ゴミが付いていたように見えたからさ」


「「ふーん」」



 俺の口から咄嗟に出て言い訳を、まるで信じていないような2人の様子に俺は嘆息する。


 やっちまったなぁ……。

 見られたくないものを見られてしまった。



「どうかしましたか、常盤木さん?」


「いや別に……って、何してんの若宮さん」



 いつの間にかこちらを見ていたリア神が、俺に顔を寄せてきていた。

 これ以上近づかれてしまったら、自分の早くなった鼓動が聞こえてしまう、そんな距離感である。

 若宮から香る香水とは違った甘い匂いが俺の鼻孔を刺激し、余計に胸を高鳴らした。



「何と申しましても、手を伸ばしていたので触りたいのかと。その……なので……よかったら」



 頰を紅潮させ、照れながら言う若宮に思わず息をのむ。

「頰を触って」と言わんばかりに俺が触り易いように頰を俺の身体の方に差し出した。



「えっと……マジ?」


「はい……その、減るものではないので……」


「けどな……。いや、流石に……」


「この状況で断られると傷つきますよ?」


「じゃあ……お言葉に甘えて」



 俺は、人差し指で彼女の頰を触る。


 みずみずしく弾力のある肌。

 感触を確かめるように何度か突く。

 たまに「んっ」と艶めかしい声を出すので、その度にドキッとした。


 やばい……これは病み付きになるな……。



「いかがでしたか?」


「……結構なお手前で」



 自分で言っていてよくわからない返事をしてしまった。

 手で顔を扇ぎ、冷えたお茶を一気に飲む。

 それでも身体の火照りが治らない。



「いやぁ〜。見せつけてくれるねぇ」


「……見てるこっちが照れる」


「うるせぇ……」



 俺は小さな声で悪態をついた。



 ◇◇◇



 ——夕方頃



 健一と藤は帰り、狭かった部屋が広くなる。

 本来は、広くなるというのは嬉しいことだが……。

 微妙に釈然としない感じがした。


 結局、夏の予定は大して決まらず、夏祭りの他に「何か食べに行こうぜ」ぐらいである。

 つまりは先延ばし、有り体に言えば“予定がない”のと一緒だ。


 まぁ、何もないならバイトをひたすらやるだけなので、問題はない。

 だが、勤労学生にでもなろうじゃないか!

 と変な意気込みをしても虚しいだけではあるが……。



「静かですね」


「……鬱陶しかったから清々してるよ」


「ふふっ。ですが、顔はなんだか寂しそうですよ?」


「……違う。静かになった部屋に、わびさびを感じていただけだ……他意はない」



 若宮は「そうですか」と呟き、微笑んだ。

 全てを見透かすような澄んだ瞳が、俺を優しく見つめている。

 目を合わせ続けていれば心まで読み取られてしまいそうだ。


 俺は天を仰ぎため息をはく。



「2人は帰ったけど……。若宮さんはいいのか?」


「この後、夕食なので帰りません」


「至れり尽くせりで悪いな……」


「気にしないで下さい。ただのお節介ですから」


「そっか……」


“ただのお節介”

 若宮に聞くこと大体そう答える。


 俺から始まったお節介だが、最早返しきれないレベルまで達している。


 朝から晩まで、甲斐甲斐しく面倒を見てくれる彼女にしてあげられることはあるのだろうか?


 だが、返す前に“借り”という借金だけが膨らむのは想像に難くない。


 凄まじい勢いで貯まるからなぁ。

 また、健一にでも相談するか……。



「それにですね、今日は常盤木さんに用事がありますので」


「用事?」


「はい。ですので、常盤木さん夕食後、少しだけいいですか?」


「まぁ……別に、いいけど」


「ありがとうございます。では、夕食後に時間をいただきますね。ちなみにですが、勉強もしますのでそのつもりでお願いします」


「マジかよ……」



 勉強という言葉に身体は拒否反応を示すが、機嫌良さそうに料理を作る若宮を見ていたら自然と口元が緩んでいく。



「ま、いいか」



 料理が出来上がるまで、俺は頬杖をつきぼーっと彼女の姿を眺めたのだった。

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