第35話 リア神の用事 後



「若宮さん、用事ってこのことだったのか?」


「いえ、猫ちゃんのことは確認のつもりだったので……」


「えっと……すまん」



 さっきの勘違いを思い出したのか、リア神は苦笑いだ。



「じゃあ、本当の用事ってなんだったんだ? まさかだけど……今から勉強とか、そういうオチはないよな?」


「用事と言うよりは提案なのですけどね。あ、でも勉強はやりますよ」


「……提案? つか、勉強はやるのね……マジかー」



 めんどくさそうにため息をはくが、正直嬉しかった。

 若宮に勉強を見てもらえるというのもあるが、何より最近ではこの時間が少し楽しく思えてきていたからだ。


 まぁ、あくまで少しだが……。



「まず、提案を言う前に常盤木さんのことで思ったことがあります」


「うん?」



 伏し目がちでお茶を啜る彼女を俺は横目で見る。

 相変わらず、綺麗な姿勢で座ってるなぁ。



「常盤木さんってやはり無愛想だと思うのです」


「おっと、核心をついてきたな……。まぁその通りなんだが……」



 言葉を選ばず投げられたストレートな指摘が、俺の胸に突き刺さった。

 あまりにも心当たりがあり過ぎる……。


 バイトみたいに割り切れればいいが、そう上手くはいかない。

 もしバイトの接客のように学校でも過ごしていれば……もしかしたら、友人の1人や2人できていたかもしれない。


 まぁ、ずっと演技はしんどいから無理だけど。



「そこで私は考えました」


「何を?」


「何がダメで、どうすれば常盤木さんが普通の会話程度までしてくれるかを……私なりにですが」


「自分で言っていて虚しいけどな、俺の性根の悪さはカビのように根強いと思うぞ? 一朝一夕で変わることはねぇと思うし」


「そうですね」



 俺の言葉をあっさりと肯定され、少し悲しい。

 まぁ、綺麗事を並べられるよりはましだが……。



「なので、時間をかけて直していければと」


「はぁ。時間ってどこまでだよ……」


「就職する時には、社会に出ても問題ない形になって欲しいと思っています。このままでは、就職活動も難航するでしょうし」


「先過ぎねぇか!?」


「やはりしっかりと働いて欲しいですからね」


「まだ俺、高1なんだけど……」


「人生設計って大事だと思いますよ? そこからの逆算で、今するべきことも見えてきますから」


「達観してんなぁ」



 高1で今後の設計って……普通は無理だろ、普通は。

 出来たとしても「これがいいな〜」「あれがいいな〜」という曖昧なものぐらいだ。


 ま、それが出来る一握りの人間だからここまで完璧人間なのかもしれない。

 俺なんて、一寸先ですら見えていないのに……。



「若宮さんは将来……つまりは人生設計ってなんか決めてんのか?」


「そうですね。希望や願望はありますよ?」


「へぇ〜。参考までに教えてもらっていい?」


「秘密です」


「少しぐらいは……」


「秘密です」


「取りつく島もねぇな、おい……」



“絶対に話しません”

 目がそう訴えかけている。


 俺は嘆息し、肩を竦めた。


 いくら吐かせようとも無駄。

 それは、よくわかっているからね。



「無愛想で、ぶっきら棒で対人スキルが皆無の常盤木さん」


「ひでぇ言いよう」


「事実ですよね?」


「ま、その通りだな」



「でも良いところもありますけど」と若宮は呟いた。

 微妙に聞こえるぐらいの声だったが、何も聞こえないふりをする。


 褒めるなよ。

 慣れてないんだから……。


 俺は不機嫌そうに鼻を鳴らす。



「なので、その常盤木さんの無理に距離を置こうとする無愛想なスタイルを解消したいと思います」


「解消って……無理だろ。人の本質はそう変わらない」


「そんなことありませんよ?」


「いやいや、価値観や本質は余程のインパクトがなければ変わることはないからな? ちょっとやそっとでは影響ナッシングだ」


「ふふっ。常盤木さんならそう言うと思ってました。衝撃は重要ですよね?」


「ま、まぁ……そうだな」


「ここで提案なのですが、これからはお互いに名前で呼んでみるのはいかがですか?」


「え……」



 予想外の提案に言葉を失う。

 頭が混乱し、「何故?」という疑問が頭を埋め尽くし思考がまとまらない。



「名前で呼ぶという行為は、人と人との距離の壁を1つ取っ払うことに繋がると私は思います。なので、その1歩目として提案です」


「そ、そういう考えもあるかもしれないが……」



 若宮は俺の返事を待つことなく「では、私から呼びますね」と言い小さく深呼吸をした。


 俺をまっすぐに見つめ微笑む。

 その魅力的な笑みに、胸がざわついた。



「……



 いつも堂々としているリア神が自信なさそうに、しおらしく小さな声で俺の名前を呟く。

 胸のざわつきの大きさが増し、脈が早くなるのを感じる。



「では、どうぞ……」


「いや、流石に……ハードルが」


「どうぞ」



 もう逃げ場がない。

 俺は心の中で舌打ちをした。



「えっと…………


「はい……」



 その返事はいつものような澄んだ声ではなく、弱々しく蚊の鳴くような声。

 何かに悶えているように小刻みに震えているようにも見えた。



「「………………」」



 お互いに無言。

 ちらっとと凛を見るが視線が合うとお互いに逸らしてしまう。

 そして、顔少しあげるとまた目が合い、そしてまたさっと逸らす。


 顔が熱い。


 リア神の顔は赤く、まるで茹で蛸のようだ。

 から見たらきっと俺も真っ赤なのかもしれない。

 鏡がなくてもそのぐらいのことは理解できる。


 落ち着けよ、俺。

 俺は、深呼吸を何度も繰り返し行う。



「な、なぁ。名前呼びなんだけど……2人の時だけにしないか?」


「……何故ですか?」



 少し悲しそうに声を出した。


 そして俺の膝に手を置き、上目遣いで顔を覗き込むように見てくる。

 透き通るような潤んだ瞳が俺を捉えて離そうとしない。

 そこに視線を合わせれば、そのまま吸い込まれてしまいそうだ。


 俺は、顔を凛から逸らし床に視線を落とした。



「いや、あれだ。流石にすぐには難しい……ってか恥ずかしくて死ぬ。だから……そうだな、2人の秘密ってことでどうだろう?」


「秘密……秘密ですか」



 凛は口元に指を当て、少し考えたような素振りをする。



「わかりました。外では呼ばないようにってことですね」


「……ああ、その通りだ。外で口を滑らせるなよ、絶対だからな?」


「フリですか?」


「ちげぇよ。注意喚起しただけだ」


「わかってますよ。だってですものね」



 秘密の部分に妙な含みがあるように聞こえたが……まぁいい。

 凛は「ふふっ」と小さく笑い、なんだが嬉しいそうに微笑んだ。



「おぅ……そうだな」



 とだけ素っ気なく返す。

 また無愛想だと思われたかもしれない。


 けど、仕方ない。

 これ以上は見ていられないんだ……。


 そして俺は、体勢を変える振りをして彼女の笑みから逃れるようにそっぽをむいたのだった。

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