第30話 リア充の訪問



 若宮のモーニングコールかと思い、出た電話から『おはようございま〜す!!』とやたらテンションの高い、腹が立つ声が聞こえてきた。

 電話を投げたい衝動に駆られるが、いかんせん眠すぎて行動できない。


 朝の目覚めにしては、最悪の朝である。



「……こんな朝っぱらになんだよ」



 俺は電話相手である悪友に不服を言う。



『いやいや〜、朝っていっても9時だからな? もう起きていい時間だぜ!』


「は?」



 9時という言葉で途端、頭が覚醒する。

 それと同時にダラダラと嫌な汗が額に滲み出す。

 俺は慌てて自分のシフト表を見た。



「なんだ……休みかよ。珍しく……」



 シフト表にある“休”の字を見て、安堵の息をはいた。


 ほとんど毎日休むことなくアルバイトをしているが、たまに店長が『休みなさい』とシフトに入れない日があるのだ。

 いつもは、その該当日を把握しているので慌てることなんてない。


 だが、昨日……。

 俺の人生で1番。

 そう、1番頑張った日だったので頭の片隅にも残っていなかった。

 バイトの休みを忘れるぐらい一杯一杯だったのだろう。



『おーい、もしもーし! 放置すんじゃね〜』

「おーい、もしもーし! 放置すんじゃね〜」



 電話から聞こえる嫌な声が何故か、反響したように聞こえた。


 俺はその現象に首を傾げる。


 スマホの故障?

 だったら修理が面倒なんだよなぁ。



 ダンッダンッダンッ



 ドアを叩く音が聞こえる。

 宅配でも、若宮でもあんな叩き方はしない。

 だとすると——



「……健一。開けて欲しいか?」


『おぅ! 頼むぜ!』

「おぅ! 頼むぜ!」



 電話とドアから聞こえる声に嘆息し、俺は玄関のドアを開けた。

 開けると目の前にいたのは、爽やかな笑みを浮かべるイケメンの姿がそこにあった。


 手には掃除セットとゴミ袋が握られていて、何をしに来たか明白である。



「……何で来てるんだよ」


「いやいや〜、翔和の家って汚いだろ? この前、話してて思ったんだが『そろそろ掃除してあげた方がよくない?』ってな! 感謝してもいいんだぜ?」


「だからってアポ無しで来るなよ。しかも、日曜の早朝に……」


「アポとったら翔和の秘蔵コレクションとか拝めなくなるだろ? お前の好みとか知りたいしさ」


「そんなコレクションはねぇよ…………んで、本音は?」


「1回でいいから“突撃◯◯”っていうのをやってみたかった」


「いい迷惑だ……」



 ははっと笑う健一に思わず苦笑する。


 実際のところ、生活破綻者俺が心配で来たのだろう。

 前からタイミングを計っては、家に来たり声をかけたりと面倒見がいい……腐れ縁っていうのもあるが。

 まぁ、俺が捻くれてようが御構い無しにガンガンくる。


 そういう意味では若宮と同じ、自分を決して曲げないタイプだ。

 見た目だけではなく内面もいいからこそ、健一の周りは人で溢れているんだろう。


 ……お節介が過ぎる気もするけど。



「んじゃ、上がるぜ〜」


「……勝手に上がってくれ。なんもないけどな」


「いや〜、何もないって翔和の家はゴミ屋敷……だ……ろ?」



 健一が玄関から数歩進んだところで固まる。

 口はアホみたいにポカーンと開き、手に持っていた掃除道具が床に音を立てて散らばった。



「なんじゃこりゃぁああっ!?!?」



 絶叫する健一。

 近所迷惑な奴だ。


 まぁ、お隣さんはいないんだが……。



「……リアクションが大きいなぁ。そこまで驚くことか?」


「驚くわっ!! なんだよこれっ! めっちゃ部屋綺麗じゃねぇか!!」


「部屋ぐらい綺麗な時もあるだろ」


「空き巣に入られたような惨状だった部屋が、ここまで綺麗になると驚きもするわ! つか、普通どころか快適に過ごせるレベルに魔改造されてるじゃん!!」


「これが匠の技って奴だな」



 面白いものを見つけた子供のようにキラキラとした目で見渡す健一。


 そんな健一を無視するように、俺は綺麗に畳まれた洗濯物を手にとり、寝巻を脱いでいく。



「……これはやべぇ。こんな事が出来る人、1人しか思い浮かばねぇよ……」


「ふーん。そっか」



 俺は興味なさそうに呟き、コップに注いだお茶を健一に差し出す。



「ま、飲んで落ち着けよ」



 その差し出されたお茶を見て健一はきょとんとする。

 そして小さく息をはき、「俺の出番がねぇじゃん」と呟いた。


 その表情は少し寂しげにも見えるが、それよりもなんだか嬉しそうである。



「まぁこの家の事はいいや。深くは追求する気がないし」


「なんだよ、その“俺は全てわかってますよ”つう雰囲気は」


「ははっ。まぁいいじゃん。つか、それよりも〜」


「うん?」


「上手くいったか、昨日?」



 俺は視線を逸らし、「ああ、お陰様でな」と短く答える。

 昨日の事を思い出し、少し顔が熱を帯びてきたのを感じた。



「そりゃあ良かったぜ!」



 健一は屈託のない笑みを浮かべた。

 ちなみにこのイケメンスマイルを真似るように、俺はバイトで表情を作っている。


 勿論、健一には内緒だが。



「でもあれだなぁ〜。掃除も必要ないってなると、今日はすることねぇな」


「帰ってもいいぞ」


「ひでぇな、おい! ……じゃあ、せっかくだし夏休みの予定でも立てるかっ」



 健一は鞄から手帳を取り出すとペラペラとめくり、7月と書いてあるページを開いた。

 少し見えた健一の手帳は、予定がびっしりと書き込まれているようである。



「予定? 夏休みはバイトで稼ぎたいからパスで」


「いやいやいや、それはないだろ!! 高校1年の夏だぜ!?」


「ああ、実に稼げる夏——」



 トントントン



 玄関を叩く音が俺たちが座っているところまで届く。

 さっきの健一と違い上品な叩き方だ。


 そして、それと同時にスマホが振動し始める。


 なんというタイミングの悪さだろう。

「出ないのか?」と健一は不思議そうにしているが、微妙に口角が上がったようにも見えた。



「……新聞の勧誘だろ」


「電話は?」


「後でかけ直せば済む話だ」



 ここは出ない一択。

 後で謝罪の電話でもしとこう。



「ドアが開いてますね、失礼します。あ……」



 目と目が合う3人。

 健一はニヤついた笑みを浮かべ「よっ! 若宮」と片手を挙げて挨拶をする。

 それに答えるようにリア神はぺこっと丁寧腰を折る。



「マジかよ……」



 俺は頭を抱え、机に項垂れた。


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