第29話 リア神へのプレゼント


 テストから数日が経ち、ついにこの日が来た。

 そう来てしまった……。


 経験したことのない未知の感覚、感情に胃酸が喉まで戻ってきそうである。


 心なしか胃も痛く、吐気もする。


 俺のそんな様子をリア神は心配そうに見つめていた。

 手には胃薬らしきものが握られている。


 何故、俺がこんな状態なのか。


 理由は至極単純——



“若宮凛の誕生日”だからだ。



 リア充野郎健一と藤さんのアドバイスを得てプレゼントを選んだのはいいが、いざそれを渡すとなると緊張する。

 きっと、顔も強張っていることだろう。


 いつも通り、バイトの帰りに若宮が家へ来てくれたところまではいい。


 だが……。

 いつ渡す?

 どのタイミングで?

 そもそも渡さないとダメ?


 そんな考えが頭を過ぎり、悩んでいた。



「常盤木さん、顔色悪いですよ? お粥でも作りましょうか? それとも、お薬が……」


「大丈夫だ。問題ない」



 俺の言葉を疑っているかじーっと見てくる。

 目を合わせ続けれることが出来ず、俺は目を逸らす。


 この様子から察するに、プレゼントのことは気がついてないかもしれない。

 普通だったら自分の特別な日ぐらい、少しは意識しそうなものだが……。

 本人からは全くその気配がない。


 健一が言っていた『サプライズは重要』という言葉を思い出す。


 ……今なら成功するか?


 俺は話を切り出すために咳払いをする。



「……若宮さん、少しいいか? 大事な話があるんだが」


「大事な話……ですか?」



 いつも綺麗な姿勢で座るリア神が、背筋をぴんと伸ばし改めて俺の正面に座り直した。

 和服を着ていたら、どこかの女将ではないかと思ってしまうぐらい様になっていた。


 俺はふぅと息をはく。


 そしてすっと立ち上がると、しまってあった紙袋の手提げを掴み、リア神の前に差し出しとそのまま膝の上に置いた。


 不思議そうに首を傾げ、受け取ろうとしない。

 普段はあそこまで察しがいいのに、まだ気が付いていないようである。



「……これやるよ」



 ここで気の利いたセリフや素直に『プレゼントだよ』って言えればよかったが、その言葉は喉から出てくることはなく、代わりに不機嫌そうな声が出てしまった。



「えっと、こちらは?」


「プレゼント……その、誕生日なんだろ?」


「そうですね……そうでした……えっと、恐縮です……」



 いつも平坦で抑揚のない声で話す若宮が、妙にたどたどしく言う。

 そんな様子を見ていると、こっちも調子が狂いそうだ。


 リア神レベルになると、プレゼントとかたくさんもらってそうなんだけどなぁ。

 プレゼントの袋をぼーっと眺める若宮に、俺は言葉をかける。



「その、あれだ。日頃の感謝っていうのもあるし、それがたまたま誕生日と重なってたからさ。まぁ、煩わしいかもしれないけどもらって……いや、違うな押し付けさせてくれ」



 若宮はくすっと笑い、頰を赤く染めプレゼントを大事そうに抱き抱える。


 俺はその姿を見て、ホッとした。

 どうやら、サプライズは成功したようだ。


 若宮に見えないところで小さく拳を握る。



「常盤木さんが神妙な面持ちで話を始めましたので、てっきり……」


「てっきり……?」


「告白だと思いました」



 俺は、「ゴホッ! ゴホッ!」と咳込み、机に置いてあるお茶を一気に飲む。

 そして、身振り手振りで否定をした。



「違うからな! それは勘違いだし、マジでないからっ!!」


「そうでしたか……」



 あからさまにしゅんとする若宮を見て、なんとなく気が落ち着かない感じになる。



「えーっと……そんな、反応されると困るんだが」


「…………」



 黙って俯く若宮。

 俺の額からは嫌な汗がダラダラと流れる。



「あれだからな! ないっていうのは“俺が若宮と付き合うなんて、つり合いがとれなさすぎてない”って意味だから。別に若宮がダメとかそういうことはなく、寧ろダメなのは俺であって——」



 慌てる俺の話を止めるように、若宮の指が俺の口に触れる。

 そして目が合うと、



「慌てすぎですよ、常盤木さん。冗談です」



 とだけ言った。

 俺は舌打ちをし不貞腐れたようにそっぽを向く。


 若宮を横目で見ると優しい眼差しで微笑んでいた。



「それにしても素直に驚きました」


「あー、たしかに俺ってプレゼントとか渡しそうに見えないもんな。そんなに、意外だったか?」


「いえ、私は“誕生日を覚えていた”ことに驚きました」


「失礼だな、おい」



 まぁ事実、健一からの助言がなければ今回の件は動くことができなかっただろう。

 何をするのにも尻込みしていた筈だ。

 誕生日も普段だったら気にも留めなかった。


 そのぐらい俺は気が利かないし、女子に対する経験値が足りない……。


 マジで、健一には感謝だな……。



「常盤木さん、開けてもいいのですか?」


「ああ……。けど、大したものではないから期待しないでくれ」



 再び小さく笑い、若宮は紙袋に中身を取り出し、丁寧に包まれた包装紙を開けてリボンを解いていく。


 俺は、その様子を固唾を呑んで見守る。

 妙な緊張感が俺の不安を煽る。



「これは……猫のぬいぐるみでしょうか?」



 そう言うとぬいぐるみを両手で丁寧に持ち上げ、意外そうにぱちくりと大粒の瞳を瞬かせた。



「一応……有名なやつなんだろ? 流行りの……。若宮さんはあまり興味がないタイプの物かもしれないけど、たまには流行に乗るのも悪くないと思ってさ」



 そう、これは藤さんのアドバイスである。


 誰もが一度は行ったことあるような遊園地がある。

 その遊園地限定で売っているのがその“猫のぬいぐるみ”で、巷の学生の間ではそれを抱っこして持ち歩くのが今の流行らしい。


 流石に男一人で遊園地に入り買うのは、非常に恥ずかしかったため、健一カップルに“一つ貸し”ということで買ってきてもらったのだ。

 大きな借りになってしまった気もするが、背に腹はかえられない。


 しかし不安なのが、この可愛らしいぬいぐるみを男から贈られて引いたりしないかということである。


 横目で若宮の様子窺うと、赤ちゃんを高い高いするようにして、ぬいぐるみの顔をじっと見ていた。



「若宮さん? 別に気に入らないなら捨てても構わないし、クローゼットの奥底で化石になっていても別にいいから。なんだったら俺に返しもらってもいい」



 俺はその沈黙に耐え切れず、手をひらひらとしながら冗談を言う。

 それに反応した若宮がら慌ててぬいぐるみをぎゅっと抱く。

 まるで、お気に入りの玩具を奪われまいとする子供のようだ。


 そして責めるような視線で俺を見る。



「うちの子は渡しませんっ!」


「お、おぅ。そうか。それは、よかった」



 やや強めの口調で言う若宮に思わず苦笑する。

 この一瞬で、ぬいぐるみ若宮のお気に入りに昇格したようだ。


 若宮は大切に抱き抱え、つい見入ってしまうような優しい目で見つめていた。

 その普段と違うあどけない表情は、おそらく誰が見ても見とれてしまいそうなくらいに、可愛らしい。

 そして、魅力的だった。


 つい時を忘れて惚けてしまいそうである。


 こんな表情をされると、無意識に意識してしまう。

 俺の心臓は波のように動悸を打っている。

 顔が焼けるように熱い……。

『反則だろ……くそ』と俺は心の中で悪態をつく。

 けど…………。



 喜んでくれたようで良かった。

 それが本当に素直な気持ちだった。



「常盤木さん」


「うん? なんだ?」


「ありがとうございました」


「おぅ……」



 俺は頰をぽりぽりと掻く。

 この時の微笑みかける若宮の顔が、頭からなかなか離れなかったのは、言うまでもないことである。

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