第21話 リア神は相変わらず押しが強い件について




「わかりました。常盤木さんがまた間違えを犯さない限り、人前ではやりません」



 若宮は、俺が降参の意を示すとすぐに涙を引っ込め、澄まし顔をした。

 ただ、頰はまだほんのりと紅潮しており、なんとか取り繕うとしているようにも見える。


 けど、一瞬で涙を見せそして引っ込める芸当を見せたリア神の演技力の高さに、俺は内心で驚愕していた。



「……涙っていうのは女の武器だが、理不尽過ぎんだろ」


「武器を駆使するのは当然です」


「はぁ……。若宮さんは将来、女優とかになれるんじゃないか?」


「女優には興味ないです」


「そっか」


「それに、さっきのあれは演技ではないですよ? 悲しかったのは事実ですから」


「……すまん」



 少し悲しそうに苦笑した彼女に俺は頭を下げる。


 正直、人生でここまで真剣に思われたことはなかった。

 恋人とか友人とかそういう括りはわからない。


 ただ、『一緒にいたい』『話したい』そう思ってもらえているとは露にも思っていなかった。

 なんせ、今まで経験がないのだから。


 けど、少しでも彼女がそう思ってくれていたのなら、俺のした行為っていうのは最悪最低なことだったのだろう。

 我ながら浅はかな考えに、不快感が伴った。


 だからこそ、聞かずにはいられない。



「本当にいいのか? せっかく、噂や誤解を解く動きをしたのに……」


「勿論です。私の為を思ってるのであれば、今まで通りでお願いします」


「はぁ、わかったよ」



 迷うことなく答える若宮に思わず苦笑した。

 俺は若宮が淹れてくれたお茶をすする。



「……とは言え、今回の件。常盤木さんの態度に私、酷く傷つきました」


「それは……わりぃ」


「心にクレバス級のひびが入っていますよ」


「クレバスって……」



 言いすぎでは?

 と言いたいが落ち度がこちらにある分、言うことは出来ない。


 ってか、クレバスって落ちたら助からないとか言われる、あのヒビだろ?

 それだったら修復不可能な気がするんだが……。



「人の心はそれほど傷つき易いものです。現に私はものすごーく、それは大きく傷がつきました」


「悪かったって……」


「最早、傷物にされた気分です」


「それは意味が違う!」



 たまにこうぶっ飛んだ発言があるのは、ウケを狙ってるのだろうか?

 でも、そんな風には見えない。

 真面目に言ってるとしたら、危なっかしいなぁ。



「それで、気分転換をする必要があると思うのですが、何か妙案はありませんか?」


「案ねぇ……」



 俺は頭を捻らせる。

 気分転換、ストレス解消?


 俺だったらゲームか、寝るか、通帳に貯まったお金を見ることぐらいだが……。

 けどここは無難に——



「そうだな……。ストレス解消には昼寝じゃないか?」


「却下です」



 返答が早い……。

 そして声が冷たい。



「爆買いとか?」


「ありえません」


「やけ食い?」


「論外です」



 俺の持ち札が最早ゼロ……案がない。

 じゃあ、1番あり得ないことだと……。



「じゃあ、遊んで発散するとかか?」


「そうしましょう常盤木さん」


「は? え、俺?」


「常盤木さんは日時と場所を決めてくださいね? 楽しみにしていますので」



 暫しの思考停止……。

 若宮と遊ぶ……つまりはデート?


 ないないない!

 天地がひっくり返ってもそれはない。


 考えて見てほしい。

 俺と若宮が並んで歩いている姿を……。


 釣り合いが悪すぎて、間違いなくレンタル彼女をしている残念な奴にしか見えないだろう。

 それは色々と辛すぎる……。



「おい、ちょっと待った! なんで、俺も行くことになるんだよ! 普通、遊ぶって藤さんとか他の友人を交えてじゃないのか!?」



「確かに、それもいいですね」



 矛先が変わったことに、そっと胸をなで下ろす。

 これで安心——



「ですが、今回は常盤木さんと一緒に思ってますので」



 ダメだった……。

 俺は少し抵抗を試みる。



「テスト近いし……」


「では、テスト後ですね。“テストお疲れ様会”とかがいいかもしれません」


「バイトが……」


「シフトの調整は任せてください」



 なんでこう逃げ道を封鎖するのだろうか。

 言い合いで勝てるビジョンが浮かばない……。



「これ……もう、決定か?」


「はい。私、1度決めたことは曲げませんから」


「だよなぁ……」



 若宮の目から強い意志が感じられる。

 いやマジで頑固だな、おい……。



「さて、話が済んだことですし勉強を始めましょうか」


「えっ、今から!?」



 俺の言葉にジト目で見るリア神。



「勉強をしない日が増えると定着しませんので」


「けど、今からだと正直気分が乗らないんだが……」


「気分は自分でコントロールするものですよ?」


「そんな高等テクニック、俺にはねぇよ……」


「そうでしたか……驚きです」


「俺の方が驚きだわ」



 てか、若宮はコントロール出来るのね。

 その事実に脱帽だ。


 リア神ってできないことないんじゃないか?

 今のところ欠点らしい欠点が見つからない。



「では、試しにコントロールしてみましょう」


「え、何かやるのか?」



 俺の頰が自然と引き攣る。



「……露骨に嫌そうな顔をしないで下さい。まぁ、騙されたと思ってやりましょう」


「はぁ、仕方ねぇーな……」



 結局付き合うことに……。

 ってか、拒否してもどうせ若宮さ折れないだろうしな。



「いいですか? まずは拳を高らかに上げます」


「こうか?」



 俺は右手を上げる。



「次に『テンション上がってきたぁぁああ!!』っと叫びましょう」


「棒読みかよ……」


「私には必要ないですからね。常盤木さんはテンション最高潮でお願いします」


「マジか……。一応、それで終わりか?」


「いえ、後は満面の笑みです」


「はぁ?」



 口から素っ頓狂な声が出る。



「わかりませんか? “満面の笑み”です。営業スマイルではなく、スポーツ少年の無邪気な笑みって感じでしょうか」


「ここにきてハードルが上がったな……。いまいちイメージしにくいし、やり辛いんだが」


「アルバイトで出来てるから大丈夫ですよ」



 バイトの笑顔はお金がもらえるから出来る。

 何もプラスがないならそんなことにエネルギーを使いたくない。


 しかし、今回は今日の件から若宮には少し負い目があるし……。

 はぁ、やるしかないのが辛いところだ。



「ほらほら、早くして下さい」


「ちっ、わかったよ」



 俺は深呼吸をする。

 ここはバイト。ここはバイト。

 と心の中で何度も唱える。



「テンション上がってきたぁぁぁあああっ!!!」



 まるで全国大会で優勝したような爽やかな笑みで、しかもお隣に迷惑がかかりそうなぐらいの声量で叫ぶ。

 ちなみにこのアパートに隣はいないから、問題はないが……。

 俺の精神衛生上、よくはない。



「………………」



 魅力的な笑みを浮かべなから俺をじーっと見る若宮。

 ただ何も言わずに見てくる。


 くそっ!

 顔が熱い!!



「……無言は辛いんだが」


「常盤木さん。笑うと可愛いですね」


「そんな評価はいらない」



 俺は嘆息し、手で自分の顔を扇ぐ。

 顔から火が出るというのは、こういうことを言うのだろう。


 顔を覗き込むように見る若宮。



「どうですか? やる気出ましたか?」


「どうも何も……顔が熱い。ただそれだけだ……」



 再び手で扇ぐ。



「この方法じゃなくても良かったのですけどね」


「おい、俺の羞恥心をどうしてくれるんだ」


「でも、目は覚めましたよね?」


「まぁ、そうだけどさ……」


「でしたら成功ですね。では、さっそく始めましょうか」


「はいはい。わかったよ……」



 俺はため息をはき、天井を見上げる。

 けど、態度とは裏腹に俺の心は晴れやかなものだった。

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