第22話 リア神は心配性で準備がいい


 ——時刻は早朝



 朝早くに聞こえる「ホーホホッホーホホ」という音楽のようなリズムが俺の耳を通過する。

 窓の外を見ると星が一つ二つ、今にも消えそうなぐらいの淡い光で瞬いていた。


 俺は勉強疲れの眠い目を擦り、洗面所に向かう。

 寝癖でぐちゃぐちゃの髪に水をつけ、やや乱暴にとかす。



「ふわぁぁ……」



 まだまだ眠い。

 リア神からのモーニングコールを待たずして起きてしまった。


 少し残念なような、あの電話越しのプレッシャーを感じなくて済むという安堵感か……なんとも言えない微妙な気分である。



「これも若宮さんのお陰か」



 鏡に映って自分の顔を見て、そのまま右の頰を抓る。

 健一に言われるまで気がつかなかったが、確かに顔色はいいのかもしれない。

 少なくとも死んだような見た目には見えなかった。



「昨日は……色々あったな」



 目まぐるしく変化した昨日。

 自分の人生の中で1番濃い1日だったに違いない。


 疲れもしだが、嬉しくもあった。

 ただ、同時にモヤモヤとしたものが身体に絡みついている気がして気持ち悪くもあった。

 そんなことだから、満足に寝れずに起きてしまったわけだが……。



「……感謝しないとな、本当に」



 俺は、クローゼットに綺麗にかけてあるワイシャツを手にとる。

 若宮が整頓したからか、皺が全くない。


 若宮にどう恩返しをすればいいのか?

 ドーナツをサービス?


 いや、ルールを重んじる彼女には通じないだろう。

 だとしたら何がいいのか、俺には思いつかない。



 ブーブーブー



 そんなことを考えていると、机の上にあるスマホが震え出した。

 スマホが光り、画面には“リア神”と表示されている。


 俺は時計をチラッと確認する。



「もうそんな時間か……」



 彼女のモーニングコールは正確だ。

 コンマ数秒のズレもない。

 それこそ精密機械並みだろう。



「……おはよ」


『おはようございます。常盤木さん』



 電話越しから聞こえる透き通るような声。

 平坦にそして抑揚のない声だ。



「相変わらず、時間に正確だな」


『約束は守るのを信条としていますので』


「律儀なこった」


『それにしても、今日は1回目で起きるなんて珍しいですね? 何かありました?』


「ま、たまには起こされる前に起きようと思っただけだよ」



「お〜」とスマホ越しに手を叩き感嘆の声が聞こえてくる。

 若宮も驚いているようだ。



「まぁ俺もやるときはやるってことだよ」


『ふふっ。それは良かったです。ただ、私としては嬉しい反面、寂しくなっちゃいますね』


「どういうこと?」


『朝起こすという仕事がなくなってしまうわけですから、楽しみが減ってしまいます』


「楽しみねぇ」



 俺を起こす楽しみというのはよくわからないが、彼女にとってやると決めた仕事が早くもなくなるのが寂しいのかもしれない。



「けど、今回はたまたまだと思うから……、まぁまた頼むわ……」


『任せてください。ビシッと起こして差し上げますから』



 相変わらず抑揚のない声だが、心なしか少し弾んで聞こえた。



『もう、朝は食べましたか?』


「いや、まだだけど」


『そうでしたか。よかったら一緒に食べませんか?』


「まぁいいけど……」



 顔が見えないのに、少し照れくさい。

 俺は頰をぽりぽりと掻きながら返事をする。



『では、30分後に向かいますね』


「はいよ」



 ◇◇◇◇◇◇



 食事を終え、食器を洗う若宮をぼーっと眺める。

 すらっとした脚がとても綺麗。

 みずみずしく、艶やかで汚れがないと言えばいいだろか。


 どうしたら、あそこまでのプロポーションを作ることが出来るのだろうか?

 俺にはわからない。

 まさに造形美とも言える美しさである。



「お待たせしました。では、学校に参りましょうか」


「ああ……って、今からだと歩いたら間に合わないぞ?」



 時間は7時を回っている。

 そして、ここから歩いて行くとかなり距離があるのでどう考えても間に合わない。

 ってか、女子をそこまで歩かせるのはそもそも抵抗がある。



「大丈夫です。私、今日は自転車ですから」


「えっ、そうなの? 準備いいな」



 リア神が自転車?

 こいでる姿の想像はできない。

 けど、街行く人がハーメルンの笛吹き男に魅せられようについてきそうだなぁ……。


 まぁ、あまり考えたくないけど。



「えぇ。万が一、常盤木さんが逃げても追いかけれるようにと思いまして」


「逃げねぇよ。俺をなんだと思ってんだ」


「駐輪場では無視され、呼びかけても過ぎ去り……。前科はありますけど?」


「……すいませんでした」



 意外と根に持っていたようだ。

 俺は土下座をするぐらいの勢いで謝る。



「もうあんなことしなければいいです。もししたら……昨日のことを問答無用で行います」


「それは勘弁してくれ」



 俺は深く息をはき、肩を落とした。

 周りの男に一生恨みを買うから、マジで……。




「けどさ、自転車って若宮だと……その微妙じゃないか?」


「何故ですか? 私、自転車は乗れますよ?」


「いや、乗れるとか乗れないとかじゃなくて……」


「どういうことでしょう?」


「ほら、女子って……その、スカート……だろ」



 俺の顔を見つめる若宮から目を逸らす。

「ふふっ」と若宮の笑い声が聞こえてきた。



「大丈夫ですよ? 全く問題ありません」


「そうなのか?」


「はい。確認してみますか?」


「はぁ!?」



 若宮はそう言うと、何も恥ずかしがることもなくスカートを少し上げた。

 俺は慌てて手で顔を覆う。


 ……微妙に隙間が開いているのは内緒である。


 そして隙間から見えたのは——



「……紺色のショートパンツ……か」


「当然です。それ以外に何か他にあるのですか?」


「ははは……」



 流石はリア神。

 絶対領域のケアも完璧なんだな。


 ほっとしたような、がっかりしたような。

 なんだか負けたような。


 そんなやるせない気持ちになった、今日この頃であった。






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