第14話 リア神のモーニングコール



「こんな時間に家を出るなんてな」



 俺はスマホの画面に映った時刻を見て、ボソッと呟く。


 時刻は朝の6時45分。

 いつも学校へ向かっていた時間より1時間は早い。


 嘘のような土日を終え、今日からまた学校。

 正直、学校は好きではないし、早く行きたいわけでもない。


 じゃあ、なんでこんな早くに出たのか?



 理由は単純。


 それは単に起きるのが早かったから……。

 まぁ、正確には起こされるのが早かったと言うだけ。



 俺は、スマホの着信履歴に表示されている“若宮凛”を見て、ため息をはく。



「これが、モーニングコールか。こんなに辛いもんだとは思わなかったな……」



 朝は布団でだらだらと過ごす。

 それは至福であり、至高でもあった。


 だが、モーニングコールはそんな惰眠を許してくれない。

 二度寝しようとするタイミングを狙ったように着信が入るのだ。


 あまりのタイミングの良さに『もしかして見られているのでは?』と思ったほどである。



 俺のスマホにはアドレスがほとんど入っていない。

 あるのは父親、バイトの店長、無理矢理登録をしてきた加藤健一、そして……若宮凛ぐらいだ。


 アドレスが少ないのは仕方ない。

 Dグループには、広いコミュニティや連絡をとる相手などいないのだから。

 必要最低限あればいい。



 まぁ、その必要最低限の下限が昨日変わったんだが……。



 昨日、俺が口を滑らせたのが原因だ。




 ——昨日の夜




「常盤木さん、明日の朝ごはん作ったので食べて下さいね。出汁にも拘って作りましたから」


「ああ、ありがと」


「いえ、このぐらいどうってことありません」


「明日、起きてたらちゃんと食べるよ」


「“起きてたら”とは。どういうことでしょうか?」


「そのまんまの意味だけど? 俺、朝弱いんだよ。なんつーか、布団がとにかく恋しくてな」


「なるほど、そう言うことですか……。では、常盤木さんスマホを出して下さい」


「なんだ? 中身のチェックか? 見られて困るものは何も……」



 何もないと言いかけて言葉が詰まる。


 ……一応、履歴を消しておこう。

 そう、念の為。



「ふぅ、これなら渡しても大丈夫そうだ。ほら、若宮さん」


「えーっと、はい、どうも」



 若宮は不思議そうな顔はするものの特に突っ込むことはなく、俺のスマホをいじりだした。



「これで大丈夫ですね。それではお返しいたします」


「ああ……。んで、結局何がしたかったんだ?」


「朝、起きられないとのことでしたので、起こして差し上げようかと。つまりはモーニングコールですね。ですので、私の電話番号を登録しておきました」


「えぇー……。俺、朝は普通に寝ていたいんだけど……。ゆっくり起きても食べられるから大丈夫だって……」



 口では不満を漏らしているが、俺は上がりそうになる口角を我慢するのに必死だった。

 生まれて初めて女子の連絡先が追加された……嬉しくないわけがない。


 ただ、それを顔に出すのはダメだ。

 あくまで、このお節介焼きのリア神のアドレスなのだから……。

 妙な興奮や期待を出すのは良くない。



「常盤木さんの大丈夫は、信用できません」


「ひでぇ。そんなはっきり言わなくても……」


「いいですか、よく考えて下さい。一番悲しいのは、どういう展開だと思いますか?」


「悲しい展開?」


「はぁ、わかっていなさそうですね。悲しいのは、準備したご飯が食べてもらえず捨てられてしまう時です。どんな食べ物にも作った思いがあります。それが無下にされるのは居た堪れません。作り置きと言っても1週間も保ちませんからね……」



 あり得る展開だ。

 俺は朝が弱い。


 そして、寝坊した時は間違いなく、そう100%朝食を食べないことを選ぶだろう。


 今までもそうだった。


 ゼリーで済ませたり、カロリーメイトで済ませたり、とにかくずぼらに生きてきた。


 朝食を食べる習慣なんて久しくない。

 朝、食べたサンドウィッチでさえ久しぶりだったのだから。



「作ったものは食べて欲しい。そう思ってしまうのは、私のエゴですけどね」


「エゴか……。ま、いいんじゃないか?」


「押し付けがましいようで申し訳ないです」


「いや、こちらとしては有難いよ。ま、早く起きて健康的に食事するのも悪くないかもしれないしな」


「ふふっ。そう言っていただけると嬉しいです」





 と言う流れがあったのだ。



 まぁ、あの流れで「朝寝たいからやるな」とは言えない。

 つかリア神にはお世話になり過ぎて、最早断れない……。

 この短期間にそれだけお世話になっているし……。



 ちなみに作り置きされた、煮物と味噌汁は絶品で細部に渡って工夫がされていた。

 メモに味付けについて書いてあったが、昆布とあごだしを使ったそうだ。


 味は健康に気を遣われてるのか、薄味ではあったがそれでも料亭で出る料理となんら遜色ないように思えた。



「朝から恵まれてるなマジで……」



 俺は自転車をこぎ、学校に向かう。

 そして交差点で信号にひっかかり、青に変わるまで信号機をぼーっと眺める。



「常盤木さん?」



 今朝も聞いた透き通るような声が、俺の耳を突き抜ける。


 早起きは三文の徳とは、まさにこの事かもしれない。

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