第15話 リア神と登校
「若宮さん、朝はありがとな」
叩き起こされるように何度も繰り返されたモーニングコール。
ありがとうと言える程、気持ちのいい目覚めではなかったが、食事の面などを考えると間違いなく感謝するべきだろう。
でも、なんでこんな中途半端な所に?
電車通学だった気がしてたけど、バスで通ってるのか?
「いえ、ただのお節介ですからお気になさらず」
彼女から返ってきたのは、いつも通りの平坦な声。
表情に変化はなく、澄まし顔である。
「それよりも常盤木さん、お礼ではなく他に何か言うことがありませんか?」
「うん? 辞世の句とか?」
「違います。挨拶です、あ、い、さ、つ。朝、出会ったら言う。これは基本ですよ?」
「そういうもんか?」
「そういうものです」
俺の正面に立ち、若宮は背筋をピンと伸ばす。
どこかの令嬢だと思ってしまう程、凛とした佇まいだ。
「改めまして、常盤木さんおはようございます」
「ああ、おはよ」
2人の間に流れる沈黙。
だが、若宮は満足したように俺に微笑みかけてきた。
さて、でもこれで挨拶は済ました。
残りは——
「んじゃ。また今度な」
別れの挨拶だ。
またどこかで会うだろう。
学校では話さないしな。
俺は立ち去るために自転車のペダルへ足を掛ける。
「待ちましょう」
「ぐっ!?」
シャツの襟を後ろから掴まれ、情けない声が出る。
急に掴むからびっくりするじゃないか……。
俺は不服を訴えるように若宮を見る。
対して若宮も俺を見る目が不満そうだ。
「あぶねーだろ?」
「常盤木さん? 流れ的に先に行くのはおかしくないですか? 馬鹿なのですか?」
若宮は、微妙に呆れたような視線を俺に向けてきた。
怒ってはいない。だが、色々と物言いたげな様子で言葉の端々に棘があるように感じる。
「俺の中では、有名人との登校はスルーに限るっていうのが大安定なんだが……」
「そんな理屈は知りません」
不愉快そうに眉をひそめ、ムッとしている。
「少し考えればわかると思いますが?」
「それがわかれば、Dグループに所属してねぇよ」
「はぁぁ……」
今度は盛大にため息。
ものすごい呆れ顔である。
「どうせなら、一緒に行きましょう。……普通にわかると思ったのですけど」
「いや、その考えはなかったわ」
「……そうですか?」
「だってそうだろ……」
俺が一緒に行くという考えに至らなかったのは、“目立つたくないスルーに限る”っていうのも勿論あるが、それ以上に……。
「若宮さんって電車通学だろ」
俺は、片道1時間かけて自転車通学している。
まぁかなり急げば40分程で着くのだが……。
でも実は、電車で行くと近いのでこの近辺から通っている奴は大抵が電車である。
俺も電車という選択肢は勿論あったが、小回りのしやすさ、そして金の節約……それを考えた結果、自転車で通っているというわけだ。
それに、電車とか人が多いところは、気が滅入ってしまうしな。
「確かに電車通学ですけど?」
「何故そこで疑問形なんだよ……。電車通学なら俺と一緒に行くなんてできないだろ? それともあれか、駅までってことか?」
けど、俺が今いるところから駅に向かうと、進行方向とは逆に進まなくてはいけない。
まぁ、ここからならバスで行くという選択肢もあるが……。
どっちだ?
『女子と途中まで一緒に行けるなんて、名誉なことだろ?』
と言われてしまえば……まぁその通りにはなるが、遠回りは面倒ではある。
それでも、特に急いではいない道中だから頼まれれば……そうだな、行くしかないな。
「それは常盤木さんに悪いので、同じ道で行きます」
「いやいやいや、ここから歩くと距離あるから普通に30分ぐらいかかるからな」
「確かに歩くとそこそこ距離がありますね」
そう言うと、若宮は悪戯をする子供のような笑みを浮かべ、自転車の荷台へ横座りをした。
その可愛らしい仕草に自分の鼓動が少し速くなるのを感じる。
「ま、まさかと思うが……2人乗りか?」
「そうです。いかがですか?」
「いかがも何も……ダメだろ。最近、厳しいし……見つかるとマズイ」
「ふふっ。常盤木さんは意外と真面目ですね。勿論、私もそのつもりはありませんよ」
若宮は「ただ、このシュチュエーションって憧れますよね」と呟くき、少し残念そうな顔をする。
少女漫画でありがちな描写に憧れていたのかもしれない。
それは男も同様で、荷台に乗せた彼女が腰に手を回してくっついてくる。
そんな状況……憧れないのは無理がある。
誰もが夢見ることだ。
まぁ、法律が許してはくれないので無理な話だが……。
「そのつもりがないなら降りたらどうだ?」
「降りたら常盤木さんが逃げそうなので」
「に、逃げねぇよ」
図星を突かれ、顔が引き攣る。
鋭いな……。
「私を乗せたまま押していただいても結構ですが、私としては普通に歩いて学校に向かいたいですね」
目を見たらわかる。
……これは引く気がない目だ。
「はぁ、いいのか? 本当に結構かかるからな……」
「勿論です。私から提案したことですし、それに歩くと健康に良いですから」
「そっか……ならいいけど。歩くの疲れたとか文句言うなよ」
「言いませんよ。私、体力ありますから」
自分の細い二の腕を見せつけてくる。
その白くて綺麗な腕を見せられても、大丈夫な気がしない。
寧ろ、細くて折れるのでは? って心配の方が……。
でもこの細身でスポーツができているのだから問題ないのだろう。
悲しい話ではあるが、俺よりもできる……らしい。
直接見たわけではない。
あくまで噂だ。
「では行く前に忘れるといけないので、これを渡しておきますね」
若宮は鞄から三角巾に包まれた物を取り出すと、俺の手に置いてきた。
少し重みがあり、微かではあるが鼻腔をくすぐる匂いがする。
「もしかして弁当?」
「はい。お昼に食べて下さい。お弁当箱は、本日のアルバイトの帰りに渡していただければいいので」
「アルバイトって……今日も来るのか?」
「ドーナツが絶品ですからね。行かない理由はないです」
通い詰める程、魅力があるように思えないんだけどな、あのドーナツ。
俺は、ふぅと息をはく。
「わかったよ……。とりあえず、行くか」
「そうしましょう」
自転車から降りた若宮が俺の真横を歩く。
鼻歌交じりに歩く彼女は、朝からご機嫌なようだ。
いつも代り映えのしない俺の通学路。
何もないように見えたこの道が、今日はやけに色付いて見えた。
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