それは光明か、あるいは

「……ん?」


 あくる日、俺は目を覚ます。


 足音が、聞こえた。俺に目覚めを強制するようになった、あの足音。


 けど、それだけじゃない。あの女以外の足音も、聞こえる。


「おやめなさい! あなた、自分が何をしているのか分かっているの!?」

「ああ、よ~く分かってるさ。それだけ慌てるってことはそれなりの秘密がこの先にあるって事だろ?」


 知らない、声だ。甲高くて耳障りなあの女のモノとは違う、線が細くも荒っぽさを宿した声。


 本能的に、俺は扉から離れた。あの女は嫌いだが、あの女以外の何かへの恐怖がそれに勝っていた。


 そして、本能は正しかった。


「っ……!?」


 轟音と共に、鋼鉄の扉が蹴り破られた。


 そう、蹴り破ったのだ。あれだけ御大層な鍵がつけられている扉を、容易く。


「ん? ほほう、なるほどなぁ」


 それを成し遂げたらしいのは、女。


 見たところ、冒険者か何かだろうか。数々の旅を潜り抜けたらしき実用一点張りの装いだ。


 女は俺を確認し、にやりと獰猛に笑みを漏らす。遅れてきた家の主である女に振り返った。


「怪しげな薬の数々、そして痩せ細った男を監禁。いやぁ、良い趣味してるな?」

「あぁ、坊や! 坊や、怪我はない!?」


 俺が不死身であることを知っていながら、そんな事を言う。

 ふざけているわけじゃない。冒険者の女の気を引くためでもない。

 ただ、壊れているだけ。


「なるほどなぁ。こりゃあ更生の余地無し、だな」


 そう言い、冒険者の女は腰に差した剣を抜き放つ。

 壊れた女が魔法のような何かを詠唱しようとするも、


「ぎゃああああああああ!!!」


 一閃。血飛沫をあげ、女は呆気なく死に絶えた。


 助けられた。そういう事なのだろう。

 けど、湧き上がるこの気持ちは、嬉しいとか安堵とか、そういうものとは少し違う気がして。


「おい、大丈夫か?」


 冒険者の女が歩み寄る。俺は小さく頷いた。


「……大丈夫」

「そか。しっかし、ひどい場所だな。どこもかしこも血だらけだ。一体これまでに何人殺しやがったんだか」

「多分、俺だけ。この血は全部、俺のだから」


 女が目を丸くする。


「全部……? バカ言え。こんだけの量を一人の人間が出したら死ぬに決まってるだろ」

「死なない。俺は、不死身だから」

「へぇ? いいね」


 ざしゅ! と。

 女は俺の心臓に、何の躊躇もなく剣を突き立ててきた。


 あぁ。この女も、壊れてるな。


 俺がぼんやりとそんな事を考えていると、女は一息に剣を引き抜いた。

 そして、何事もなく立ち続けている俺を見て、哄笑。


「たっははははははは! いいねいいね、つまらねぇ仕事だと渋々来てみれば、面白い掘り出しモンだ!」


 不死身を『面白い』で片づけるのもどうかしてる。思いはしたが、言わなかった。


「おいオマエ! 何でそんな体になったか……なんてつまらねぇ事は聞かねぇぞ。あたしからの提案は一つ、あたしと一緒に来ないか? 最強の冒険者に育て上げて」

「行くよ」


 俺の間髪入れない返しに、またも目を丸くする女。


「あんたと一緒に、行く。それがきっと、俺の運命だ」


 神様に敷かれたレールに抗ったって無駄だろう。

 スリリングと苦難。不死身の俺を痛めつける何かが、この先も待ち受けている。ただ、人と場所が変わるだけ。


 一つだけ物申すなら……あの神様、苦難だけじゃなくて『女難』もプラスしやがったんじゃないか? 最初に買われた貴族も女だったし。


「……くっくくくく、だぁっはっはははははぁ! 面白い、面白ぇぞオマエ!」


 女はさらに上機嫌に。俺の肩をバンバンと叩いて笑う。


「よし、今日からオマエはあたしの弟子だ! そうと決まれば、こんな辛気臭い場所からとっとと出るぞ!」

「ああ」


 先を行く女の後ろについて、俺は3年間過ごしたその空間を後にした。

 その先に続いているであろう灰色の道は、まだ見えない。



 


 もしもあの時。屋上から飛び降りなければ、俺はどうなっていただろう?


 今なら何となく分かる。社会という名の地獄に放り出され、小さな幸福をおやつに細々と毎日を生きていったのだろう。


 ……なんだ。それじゃあ今の俺と何も変わらないな。


 ただ、ほんの少しだけ違う地獄ってだけだ。

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死んだ人と、死ねなくなった人 虹音 ゆいが @asumia

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