代償と報い

 俺が〝そう〟だと気付いたのは、17歳の誕生日。


 勇者に魔王、竜に魔物、王国に帝国。そんなものが当たり前に存在する世界。


 それらから一線を引いた場所で、比較的裕福な家庭に生まれ育ち、何不自由ない生活を送ってきた。けどその日、何の前触れもなく盗賊が家に押し入った。


 盗賊は躊躇なく両親を殺し、家の財産ごと俺を攫っていった。幸福から一転、絶望。拘束され、がらがらと馬車に揺られて運ばれていく。


 その時、俺は思い出したんだ。

 俺はこの世界に転生したんだ、と。



 転生前の俺は、地球という星の、日本という国に住んでいた。平和なようで醜い争いに塗れた、ごく普通な世界を生きていた。

 高校2年生だった。それなりに裕福な家に生まれ育ち、何不自由ない生活を送っていた。


 けどある日。屋上で海を眺めていた時、ふと思った。こんな人生でいいのか、って。


 景気は悪く、良い大学に行けたとしても一流企業に就職できる保障はない。一流企業に就職したとしてもそれが幸せだとも限らない。

 

 結婚? 子供? 家族? それは確かに幸せの象徴かもしれない。けど、それは本当に『万人にとっての』幸せなのか?


 じゃあなぜ俺はここにいるのか。俺に生きている価値なんてあるのか。次から次へとそんな考えが頭をよぎり、泥沼に嵌っていく。


 別に、イジメに遭ってるわけじゃない。借金を抱えて途方に暮れているわけでもない。勉強が出来なさすぎて補習漬けの毎日なわけでもない。恋人にフられて自暴自棄になったわけでもない。

 ただ、漠然と将来さきが不安になっただけ。


 それだけなのに、俺は次の瞬間には足を踏み出していた。魔が差した? 思春期の気の迷い? そうかもしれない。

 けど、それを言い訳にして生き延びさせてくれるほど、神様は優しくなかった。


 多分、『男子高校生、謎の自殺!』みたいなニュースになったりしたと思う。数分前の俺ですら、そんな事を自分がするとは夢にも思っていなかった。


 父さんと母さんにも申し訳ないし、色んな噂が立つだろう同じクラスの奴らにも申し訳ない。もう、全てが手遅れだけど。


 とにもかくにも、俺は死んだ。そして何度も言うが、神様は優しくなかった。


『何の理由もなく自殺をするなんて、終わってるね。君』


 真っ白な世界で、そんなことを言われた。

 神様は男にも女にも、子供にも大人にも見えた。


『そんな君には、今流行の転生をさせてあげよう。セカンドライフ、ってやつさ』


 やけに世俗的な物言いの神様だ、と心の中で思うと、君の知能レベルに合わせてやってるんだよ、と無感情に言われた。


『けど、ただ単に転生させたって芸がない。察するに、君は退屈な日常が嫌いだったんだろう?』


 神様の声はどこまでも平板で。


『そんな君には、この上なくスリリングで苦難に満ちた毎日を送ろう。ほら、嬉しいだろう?』


 嬉しくない。そう言おうとしたけど、目に見えない何かに押し付けられたかのように、口は全く動いてくれなかった。どうやらちっぽけな人間の意見なんて興味ないみたいだ。


『ついでだ。楽しい楽しい毎日がずっと続くように、死なない体もプレゼントだ。さぁ、せいぜい楽しんできやがれ』


 やっぱり世俗的な神様だ。俺は薄れゆく意識の中、そんな事を思った。



 17歳の誕生日にいきなり盗賊がきたのも、神様の事を思い出したのも、つまりはそういう事だ。俺はきっと、あの日の〝続き〟からスリリングで苦難に満ちた日々を送るよう、絶対的な何かによって定められていたんだろう。


 攫われた俺はまず、奴隷商に売られた。どっかの貴族に奴隷として仕えることとなり、約2年間、ひたすら屈辱的な日々を送った。


 長い時間計画を練って、どうにか逃げ出した。そんな俺をかくまってくれたのが、あの女。

 女は俺を優しく迎え入れ、食事を振る舞ってくれた。けど、その食事は女特製の薬で味付けされていて、俺は大量の血を吐いて倒れた。


 そこで倒れ続けていれば、まだマシだったのかもしれない。俺は、数分後にはゆっくりと立ち上がってしまっていた。

 不死身、だからだ。立ち上がる俺を見た女は、歓喜した。素晴らしい、と。


 女は魔法のような力を使って俺を縛り上げ、地下に放り込んだ。そしてもう3年間ぐらい、こんな日々が続いている。


 逃げ出そうとした。何度も何度も。でも、出来なかった。

 次第に、逃げ出す気力が擦り減っていった。それに苛立ちを覚え、やがて安心感のようなものを覚えるようになった。

 

 生まれ育った家、奴隷として働いた貴族の家、そしてこのクソッタレな家。どんどん悪くなっていく暮らしを、受け入れている自分がいた。


 昔は良かった。

 あの頃に戻りたい。

 どうしてあの時、こうしなかったんだろう。


 そんな空虚な思いを抱くことすら面倒。


 面倒に、なったんだ。

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