1-6


絹糸よりも白く、枝木の様にも細い腕を組んで魔族は滔々と語りだした


「無知で愚かな蛮族にもわかるように教えてやろう。この亀裂は我々の世界とこの世界を繋ぐ、いやこの言い方は正しくないな。そもそも二つの世界というのがナンセンスだ、道が繋がらなくとも流れる時が同じであるならば……む?時さえも別に不要といえば不要やも知……待て、何処へ行く貴様等!」


意味の分からぬ事を捲し立てる魔族を前にカタールの取った行動は単純明快であった。座り込んだままのアニヨンを抱え逃げ出したのだ。

カタールは勇者の弟であっても勇者ではない。身動きの取れない獣を仕留める事は出来る、家族の為に無茶をする事も出来る、それでも彼は戦う事は出来ない。

カタールは魔族を前にして恐怖を感じていた。命を失う事を恐れた、死にたくないと思った、大地を揺らす魔の力を恐怖した。

そもそも人は魔力を扱う事を不得手とする生物だと言う。手先は器用で力も強い代わりに魔力を感じるのも操るのも才能のある極少数だけだ。故に魔力で何が出来るかを知らずにいられた。今は違う、魔力は恐ろしいと心に刻み込まれた。立ち向かう事など出来る筈が無い。

アニヨンも同じだ、カタールの腕の中で歯を鳴らし震えていた。


「カッ、カタッ、ルー!」


名前を呼ぶ事すら十分に叶わない恐怖の中、アニヨンは大きく息を吸い込んで必死に言葉を紡ぐ


「もっ、どって。」


戻って、剣を探さなきゃ。


「馬鹿か!死んだら、死ぬぞ!!」


行く手を遮る枝葉に突き入るとたわんだ枝が鞭の様に全身を打ち付けた。普段のカタールならばもっとアニヨンに気を使っただろう、しかし今の彼にはその様な余裕は無い。行く先もわからずただ闇雲に逃げ回る事しか考え付かない。不様に醜悪に滑稽に見苦しいほどに生きる為に全力で、だからこそ彼は足を止めた。

瞬間、虚空を疾り鈍色の刃がカタールの眼前を貫いた。


「はっ、はっ、はぁっ!?」


息を切らせながらとっさに身体を翻して茂みに身体を潜ませた。緑萌ゆる大地に勢いよく投げ出され、アニヨンは酷く顔をしかめた。


「痛っ……な、何?どうしたの?」


怪我でもしたのかと案ずる彼女に、カタールを息を整えてから答える。

魔族は魔力を操る術に長け武器を持つことは稀である、しかし眼前を貫いた物は間違いなく刃物であった。つまり


「兄貴の不安、当たっちまったみたいだ」


人類の裏切り者、魔王に寝返った男、勇者を騙したペテン師

かつて勇者の仲間であった一人の男が、勇者の家族を狙っていた。

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