1-5
草木を掻き分けて進んだ先に待っていたのは、剥き出しの大地に生え立つ無数の朽ちた剣と、地面に刻まれた大きな亀裂から這い出ようとする異形の姿であった。
「あれは……魔獣ってヤツか!」
詩に吟われる兄の冒険譚で知りはすれど初めての目にする魔の眷属に、尻込む心を震える声で奮い立たせる。
「ま、魔獣って魔族が呼び出す異世界の獣でしょ?なんでこんな所に居るのよ」
「俺にもわかんないけど……今なら俺にだって!」
腰に佩いた兄のお下がりの剣を抜き放つと、未だ亀裂から這い出ようとする苔むした様な牛頭の魔獣目掛けて振り下ろした。
鋭く磨き上げられた刃はせめてもの抵抗にと翳された角をいとも容易く切り落とし、命を奪った。
「ふへへっ、気持ちわりぃ」
得物を通して伝わる不快感と魔獣を倒した達成感、安堵感が入り混じり奇妙な笑いが口から漏れる。
刃の食い込んだ頭を蹴り付けて剣を引き抜くと魔獣の肉体は力無く亀裂に吸い込まれて行った。
「こ、この裂け目が地震の原因なのかな?」
どこか満足気に剣を収めようとするカタールを尻目にアニヨンは恐る恐る亀裂を覗き込んだ。
手にしていたカンテラを裂け目に向けると漏れ出した光が闇を照らした。見える筈だろう岩肌すら暗く覆ったままの闇が照らされ視界を塞ぐ。
「あっ、これ……普通の亀裂じゃないみたいだよ」
「って事は……」
「うん、ここが目的地。ロイ兄の言ってた森の最奥、魔力溜まりだと思う。」
そう言って取り出した一枚の真白い紙片は見る間に紅く染まりアニヨンは小さく頷いた。勇者も使う魔力感知紙は濃度に応じて色を代える、赤は感知紙の上限を示す色だ。
「じゃあ此処にヴァンブレードが有るかも知れないんだな!」
カタールは周囲を見渡し
「……有ると思う?」
先程は気にも止めなかった大量の剣の残骸を眼に留め苦笑いを浮かべた。
「有ると良いんだけど」
肩をすくめて応えるアニヨンにも諦感の色が伺えた。神話の剣が朽ちてしまうのはまだ納得出来るが、こんな剣の墓場の様なところで十把一絡げに打ち捨てられているとはとても思えなかった。
とはいえ念の為確認しない訳にもいかず、二人は剣の群れに向き直り
「んんっ?……」
「どうかした?」
「いや、さっきの揺れは本当に亀裂のせいでいいんだよな?」
彼等が亀裂を覆う闇が魔力によるものだと気付いたのは『魔力は不思議な現象を起こす物だ』と認識しているからである。勇者の家族とはいえど、ただの農民である二人にそれ以上の知識は必要が無かったのである。
そしてロイガーはアニヨンに「森の深奥、魔力の満ちた場所を探して欲しい」としか伝えて居なかった。
勇者と農民、家族であってもそこには大きな溝がある事を三人は十分に理解しては居なかったのである。
「そうなんじゃない?」
「そうじゃないんだがね」
知らない誰かの声が響いた。
爆音が響き大地が脈打つ様に揺れ、二人は立っている事も出来ず地面に投げ出された。大地に突き立っていた剣も劣化の激しい物から形を保てず崩れ落ちて行った。
僅か十数秒で振動は収まった、しかしその僅かの間に周囲の景色は一変していた。
揺れによるものか多くの葉を散らした木々、その多くが砕け散った剣の墓場、先程より遥かに広がった亀裂。
そして亀裂から浮かび上がる様に現れた一つの人影。
一見しただけでは単なる色白な茶髪の男性にしか見えないだろう。しかし腰まで届くそれは決して毛ではない、一本一本独立した毛ではなく布の様に一纏まりになったものだ。血の気のない白い肌は実際に血の通わぬ肉体であるが故である。
人には在らざるその姿が何を意味するものか二人は知っていた。
「魔族……」
この世の裏側に住まうとされる人類の大敵であった。
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