01.依頼者T

 森とコンクリ。緑色と灰色。

 不思議な調和がとられており、住民たちは、流行好きな都会人と、伝統を重んじる田舎人の両方の性質を持っていて、なんとも言えない独特な雰囲気が魅力だ。

 都会というには中途半端で、田舎というには発展しすぎている街。

 それがこの刑部おさかべ市の特徴だ。

 田園や森林公園を中心に広がる住宅群が特徴的な波ヶ坂なみがさか町。

 市から市をつなぐ電車が走る刑部駅と、その周辺に高くそびえるマンションやビル、繁華街が主な構成要素の風原かざはら

 この二つの土地に挟まれるように、その高校は存在している。


 私立大海たいかい高校。


 江戸時代後期。

 地元の有力者たちが金を出し合い、自分たちの子や有望な農民や町民の子を育成するための塾を作ったのが原型とされており、その歴史は古い。

 幕末や太平洋戦争、学生運動といった時代の荒波に揉まれていくが、この土地の人間特有の適応力の高さで今の今まで、この学び舎は存続してきた。

 この長い歴史とこの街の土地柄がマッチした結果、百年以上前の木造校舎と最新の現代的な校舎が混ざり合った特殊な私立高校が出来上がった。

 

 そんな栄えある高校の二年生として僕は授業を受けていた。

 

体がポカポカする春の陽気が窓から射し、教師の眠たくなるような声が響く教室。

 ノートに内容を写してはまた写す。

 毎日の変わり映えしないルーティンに、ため息をひと吐きする。

 

 「今日の授業はここまで」


 チャイムと同時に教師が、退屈な授業の終わりを告げる。

 ドッ、と教室内が一気ににぎやかになる。


 ……やっと終わった。


 凝り固まった体をほぐしながら席を立つ。

 ちょっとした快感を感じ、ふぅ、と息が出る。

 

 「おーい、ワタヌキ」


 不意に自分の名前が呼ばれた気がした。

 声が聞こえたのは後ろの方からだ。

 僕は声の主を探すように、ゆっくりと後ろに振り返る。

 そして、手を振っているクラスメイトを見つけた。

 

 なんの用だ?

 

 疑問に思いながら彼に近づく。


 「どうしたんだ、倉科くらしな?」


 倉科を見据える。

 倉科は一年生の時からのクラスメイトで、校則ギリギリの長い髪の毛がトレードマークだ。

 悪い人間ではないが、ミーハーで、さらには自分の欲望に忠実なのが玉に瑕な男。

 多分、すぐにでも噂話が彼の口から出るだろう。

 

 「狐火と幽霊の話、聞いたか?」


 「今朝、全校朝礼で注意されたイタズラ騒動だろう?」


 僕の冷めた回答に、やれやれ、といった様子で、男子にしてはやや長めな髪をかき上げる。


 「噂によると、あの空き教室を確認した教師がいたらしい」

 「どうせ中を確認したら誰もいなかったってオチだろう?」


 怪談のテンプレだ。

 展開なんてわかりきったことだ。

 そんな僕の様子を見て、倉科は得意気に髪を、ハラリ、と払う。


 聞いて驚くなよ?


 そう言う倉科の目は真剣だ。

 僕はそれに多少気圧されながら、頷きで続きを促す。


 「なんと、旭ちゃんらしい」


 な、なんだって……!


 「いや、そうはなるか」


 思わずツッコミを入れる。


 旭ちゃんは、僕たちのクラスの担任だ。

 今年で二年目の女性教師で、英語を担当している。

 『旭ちゃん』と呼ばれるのには訳があって、フルネームが『張旭ちょうあさひ』であることに由来している。

 『張』は中国語の発音でチャンと言い、旭ちゃんもとい旭先生はそれを自己紹介の時に英語で『アサヒ チャン』と説明した。

 僕たち生徒はそれと『旭ちゃん』をかけ、愛称としてみんな、ちゃん付けで呼ぶようになったのが始まりだ。

 多分、先生として教えるのが上手いのも愛称の定着を手伝っている。

 それに中国系イギリス人と日本人のハーフで、クールな雰囲気とエキゾチックな顔立ちがとても魅力的で人気なのもあると思う。

 だけど、そんな旭ちゃんにも意外な弱点があって……。

 

 「あの人は滅茶苦茶怖がりだろ。この前、何人かで駅前の幽霊ビルの話をしてからかったら、残り三十分が授業になんなかったろ」


 あの時は酷かった。

 涙目になりながら授業を再開したのはいいものの、時折固まっては、


 『幽霊ビル……幽霊ビル……』


 とつぶやく始末。

 結局、教科書一行分しか進まなかった。

 みんな意外なギャップに驚いた。

 

 「なのに、今日、元気そうに学校に来てるのはおかしいよなあ?」


 ウッ、と痛いところを突かれた顔をする倉科。

 僕は少し得意になった。


 「俺は本当の目撃者を知っているぜ」


 突然、隣から声をかけられる。

 声のした方をむいた。


 「山口」


 介入してきたのは、野球部特有の坊主頭が特徴なクラスメイト。山口だ。

 二年生になってから友人になった男で、最近は僕と倉科と山口の三人でよくつるんでいる。

 彼の凄いところは、まだ十日ほどしか経っていないにも関わらず、彼自身の人懐っこさでクラスでの愛されキャラのポジションを確立していることだ。


 「それで?それは誰なんだ?」

 

 倉科が聞く。

 山口はその質問に、丸い顔を挑戦的に歪め、僕と倉科を、ジロッ、と見た。


 「聞いて驚くなよ?」


 圧倒的な自信にあふれた言葉に、僕らは唾を飲み込んだ。


 「本当の目撃者はな――」


 時間がゆっくりになる。

 まだかまだか、と心臓が高鳴る。


 「――稗田先生だ」


 言葉を失う。

 まさかそんな……。


 「一番ありえないね」

 「どうやったらそんなに残念な名前が挙がるんだ」


 倉科と僕は同じタイミングでそんな言葉を発していた。


 稗田先生は去年、社会科の男性新任教師として来たばかりで、爽やかな笑顔と、とてつもなく残念な性格から、就任した次の日には、その名を知らぬ者はいない存在となった。

 なぜそんなことになったかというと、誰もが見て見ぬふりをしていた、校長先生のズラを着任式で指摘したのだ。

 これを聞いていた生徒と校長以外の教師は吹き出してしまった。

 校長は次の日休んだ。

 わが校の歴史に残る珍事件となったが、それ以降も稗田先生は様々な事件を起こした。

 鉄砲水事件、トマト増強事件、ズラ染め事件……。

 枚挙に暇がない。

 一時期、解雇をするかしないかで教師たちが揉めたが、結局起こした騒動で誰も傷ついておらず、生徒人気も高いことと、彼が担当したクラスの模試の偏差値が全員五以上上がっていることから、解雇の件は帳消しとなった。

 校長は苦い顔をしていたという。

 

 そんな稗田先生が目撃者の場合、動転しその教室に塩をまき、しばらく経ってから我に返り掃除をするが、塩を落としきれず、磯臭い教室が出来上がるのだ。

 翌日にはそのことが広まり、校長が頭を痛めるに違いない。

 だから、僕たちは山口にツッコんだのだ。

 

 「た、たしかなスジからの情報だぞ……!」

 

 思わぬ酷評に山口はうろたえる。


 「それでその確かなスジって何なんだ?」


 僕は聞いた。


 「野球部のグループメッセージ」


 思わずずっこけそうになる。

 倉科に至っては憐みの目を向けるほどだ。

 いや、君の言ってたことと、ドッコイドッコイだからな?

 

 「お前、騙されてるぞ」


 「え」


 倉科が指摘する。

 山口にはある特徴があった。

 そう、彼は純粋、悪く言えば騙されやすいのだ。

 

 「また、騙された……!」


 山口は見るからにションボリとした。

 若干、涙目だ。

 大方、山口の特徴を面白がってイタズラをしたんだろう。

 少し微妙な雰囲気になる。


 「そ、そういえば、さっきの山内の授業どうだった?」


 微妙な空気を払拭するように倉科が別の話題を持ち出す。

 山内先生は加齢臭と何かの混ざった臭いを漂わせていることで有名な人だ。

 そのことと、淡々と授業を進めるスタイルのせいであまり人気はない。


 「前の席の奴らは可哀想だよな」

 

 山口はさっきの落ち込みがなかったかのように相槌をする。


 「臭うからなあ」


 僕も、話題に乗っかることにした。


 しばらく、山内の話で盛り上がっていると、ポケットが振動するのを感じた。

 まさぐってスマホを出し、通知を確認する。

 メッセージが来ていた。

 送り主と内容を確認する。


 『HR終わり次第至急部室に集合――――姫路』


 ……ディスイズシンプル。


 「女史から?」


 僕がメッセージを確認するのを見て、山口が聞いてくる。

 僕は、その質問に、曖昧な返事を返す。

 大変だね、と倉科が苦笑する。

 山口は変なものを見るような目をしていた。


 「その反応はやめてくれ」


 力なく言う。

 そんな僕に、二人は励ますように肩に手を置いてくる。

 憐みが四つの瞳にこもっていた。


 「まるで僕が死にに行くみたいじゃないかっ!?」


 僕の反応をみて二人は笑いだす。

 そんな風にふざけていると、担任の旭ちゃんが教室に入ってきた。

 ホームルームの時間だ。

 僕たちは自分の席の方へとそれぞれ散っていった。




  ※




 教室から階段や渡り廊下を経由して五分。

 ホームルームも終わり、僕はとある部室の前まで来ていた。

 この学校は増改築を繰り返すあまり迷路のような造りになってしまっていて、ここまで来るのに大分時間がかかってしまった。

 少し切れた息を整えるために、部屋の前を観察していく。

 

 部室が集中する部室棟ではなく、特別棟――理系の実験室や授業などで使用する講義室やコンピューター室などが集中している――に位置するこの部屋は真新しい。

 つい数年前に増築されたというのもあるのだろう。

 真っ白い壁には汚れがほとんどついていない。

 今の僕の心象とはまったくの反対だ。

 はぁ、と息を吐く。

 扉の横に立て掛けられている木製の看板を見る。


 『解明倶楽部』


 品のある達筆な字で書かれたそれは、僕の知る彼女の性格と相反しているように思える。

 これから会う彼女は変わり者だ。

 僕個人は嫌いではないし、むしろ一緒にいて楽しいと思うことの方が多い。

 だが、疲れるのだ。

 

 ……少しナイーブになっていた。


 息も整った。

 僕はいよいよ覚悟を決め、扉に手をかける。

 ガラリ、と滑りの良さを体感しながら部室に入る。


 「遅かったじゃないか」


 「ホームルームが終わってすぐ来たつもりなんだけど」


 声をかけられる。

 僕は声の主を見る。

 彼女はティーカップを持ちながら、ロッキングチェアに優雅に座っていた。

 姫路ひめじだ。

 奥にあるヴィクトリア調の窓から射す陽が、彼女を神秘的かつ美しく映している。

 日本人的なパッツリと前髪が切りそろえられた黒い長髪。

 異国の血を感じさせる青い瞳。

 この組み合わせが、姫路という少女の神秘性を強くしている。

 彼女の青い瞳と僕の目が合う。

 彼女はつまらなさそうに僕の全身を観察し始めた。


 「な、なんだよ」


 そんなに見られると少し恥ずかしい。


 「すぐに来たというのは嘘だな」


 「なんでそう思うんだ」


 「ん」


 肘を指差す姫路。

 目を向ける。

 そこには白い粉が付いていた。


 「チョークだ」


 「この汚れと遅れてきたことに何の関係が?」


 僕は肘に付いた粉を払いながら聞く。


 「どうせ誰かに頼まれて黒板の掃除をしてきたんだろう?」


 僕は、ギクリ、と固まる。


 「その粉は黒板の上部分を消したときにでも付いたんだろう。おっと、『別に普通に当番だっただけだよ』とか言い出さないでくれよ。普通に考えて出席番号順で当番は回ってくるはずだ。ワ行の君が当番のはずがない」


 何とか反論できないものだろうかと考えを巡らそうとするが、姫路は容赦なく畳み掛ける。


 「さらに、君のクラスの担任は旭先生だ。彼女は堅実であることを好む。化粧や昼食、授業前や学年会での様子を分析する限り、絶対に変則的な行動を避けるはずだ」


 息を吸いさらに続ける。


 「よって、君が当番だったというのはありえない。新学年が始まったのが十日ほど前。そこから順番に当番が回ったとする。君の交友関係を顧みると――」


 姫路は均整のとれた美しい顔に、挑戦的な表情を浮かべ、僕を見る。


 「――今日の本来の当番は、倉科、違うかい?」


 ワタヌキくん?


 姫路は言い切る。

 

 「降参だ。本当は掃除をしてて遅れた。ごめん」


 ここまで推理されて暴かれたのなら、潔く謝るべきだろう。

 僕の答えを聞いて、ニッコリ、と花の咲くような笑みを浮かべる。

 よっぽど自分の推理が当たったことが嬉しいらしい。

 その様子を見て、僕も少し笑顔になる。

 よっこらしょ、とアンティークな椅子に腰をかける。

 古臭いダイニングテーブルを挟み姫路と向かい合うかたちになる。

 

 「あっ、そうだ」


 依然として美しい笑顔の彼女は、何かを思い出したように声をあげた。


 「君、トイレにも寄ってただろ」

 

 ……小の方かな。

 

 続けて何やら怖いことをつぶやく姫路女史。

 

 おい、やめてくれ。


 口の中でつぶやく。


 「この答えを導くのはそんなに難しくない。まず、この部室に来るまでの君の普段のルートを思い浮かべる。次に君を観察する。肘の次に気になったのは上履きだ。上履きをよーく見るといくつかシミがある。そして、君の来るルートで水場は一つしかない。トイレだ。そのシミから推測するに君は小便器で――」


 「わかった!わかったから!僕はトイレにも行ってた!すまない!だから、それ以上は言わなくていいっ!!」


 恥ずかしくなって遮る。

 そんな僕を見て、姫路は微笑む。

 女神の微笑だ。

 

 「私はこう続けようと思ったんだがね。『用を足した君は洗面器で手を洗う時、ハンカチを出し忘れたことに気づき、濡れた手でポケットをまさぐることになった。その時、水滴がいくつか上履きにかかった。右ポケットが少し濡れてるのもその証拠だ』」


 顔が赤くなっていくのがわかる。

 手でハラハラと顔を扇ぐ。

 姫路は僕を見てニヤニヤしている。

 前言撤回、まさに悪魔だ。


 「そ、そういえば、何で呼び出したんだ?」


 耐えれなくなり話を逸らす。

 姫路はティーカップを置いて、こちらを見据える。


「依頼人だよ」


 なるほど。

 本来活動日でない日に呼ばれたことに納得する。


 「それで?いつごろ――」


 コンコンコン、と部屋にノックの音が響く。


 ――来るんだ?


 奇跡的なタイミングだ。


 「迎えてやってくれ」


 「了解」


 扉に向かう。

 なるべく余裕のある笑みを顔に出し、ゆっくりと開ける。

 開けた先には、緊張した様子で背の高い男子生徒が佇んでいた。

 緑色がアクセントとして入った白い上履きから、僕と同じ二年生と推測する。

 いかつい顔立ちとは裏腹に気弱そうな雰囲気を漂わせている。


 「依頼ですか?」


 柔らかく聞く。

 はい、と返事をする。

 それを聞き、接待用の椅子を用意する。


 「失礼します」


 彼は慣れた様子で部屋に入ると、姫路とテーブルを挟んで対面となる位置に座る。

 僕もどかした自分の椅子に腰かける。

 姫路は状況が整ったのを確認すると、目の前に座る依頼人を見据える。


 「何を解き明かしてほしい?」


 姫路は直球だ。

 思わず口をはさみたくなるが、我慢する。

 彼女のペースに任せた方がいい時もあるのだ。

 名前すら聞かない彼女に多少面食らったようだが、彼はせかされているように感じたらしい。

 

 「実は――」


 最初は気弱な印象を受けたが、思いのほかハッキリとした口調で彼は語り始めた。


 「ふむ」


 姫路は一通り依頼内容を聞いた後、彼を一瞥し考え込む。

 正直、意外だった。

 彼女のことだから、『狐火に人影?そんな非科学的なモノを頼みに来たのなら帰れ!』ぐらい言いそうなものだ。

 まさか、こんなタイムリーな依頼だとは思わなかった。


 「あ、あの。やっぱり狐火とか幽霊みたいなオカルトは調べてくれませんか?」


 不安になったのか、確認をしてくる。

 まさか、昨日の狐火と人影を目撃した人物がすぐそこにいて、正体を調査してくれなんて頼んでくるとは……。


 「君は転校生か?」


 「は、はい」


 姫路が唐突に聞く。


 「な、なんで分かったんですか?」


 彼は腕を組みながら質問をする。


 「君の服装だ」


 僕は彼を見る。

 学校指定のブレザーにズボン。

 緑色の上履きは白いくらいに保たれているし、ワイシャツやネクタイも着崩すことなく、これといった汚れも目立たなく新品同然にキレイだ。

 特に問題はないように感じる。


 「キレイすぎる」


 姫路は言う。


 「この学校は大きい。生徒数も多い。一年間過ごしてきて見たことのない同級生がいる程度にはね」


 「なら、自分が転校生であるかなんてわからないのでは……?」


 彼が聞く。


 「だから言っただろう。キレイすぎる、と。まず、上履きを見よう。君の上履きは一年間使ったにしては不自然なほどキレイだ。新品だからだろう。二年生が新しく上履きを買えるのは、あと四日も後だ。なのになぜ新品の上履きを履いている?それは入学した一年生と同じタイミングで上履きを買ったからだ」


 「それでも転校生かどうかは証明できないんじゃないか?」


 僕は疑問に思い口にする。

 一年生の時の制服販売の時を思い出す。

 たしか、予備として二足分注文していた同級生が何人かいた。


 「たしかにそうだ。予備があればこの仮説は意味をなさない」


 「なら」


 「そこで、制服の方に注目した」


 姫路は僕の言葉を遮り続ける。


 「こちらもキレイだ。おかしいだろう?」


 「どこが?」


 「ブレザーの脇部分やズボンの股部分だ。この部位はどうしても動かす箇所だ。いくら制服が頑丈だからと言っても、一年間過ごしてきたのなら、絶対に少しでも擦り切れてるはずなのだよ」


 なるほど、気づかなかった。

 たしかに制服が新品同然なのはおかしい。

 擦り切れているからといって、修理に出したとしてもその箇所はキレイにできない。


 「それゆえ、私は君を一年生と同じタイミングで転入してきた転校生だと断定した」


 姫路はそう締めくくる。


 「す、すごい」


 どうやら依頼者は推理に感動しているようだ。

 

 多分、姫路はドヤ顔をしているだろうな……。

 

 そう思い姫路を見る。

 彼女は眼を閉じ口を堅く結んでいた。

 饒舌だったのが、あまりの変わりように困惑する。


 「あ、あのう、すみません。大丈夫ですか?」


 声をかける依頼者。

 姫路は反応しない。


 「お、おーい姫路?」


 僕も不安になり声をかける。


 「その依頼引き受けよう!!」


 「のわ!?」


 突然大きな声を出す姫路。

 思わず奇声を出してしまう。


 「もう彼に用はない。ワタヌキくん、見送って差し上げろ」


 機械的に発声する彼女は、何やらスマホを取り出すと誰かに電話をかけ始めた。


 ため息が出る。

 人の前で言うことじゃないだろに。

 席を立つ。


 「うちの女史がすいません。差支えなければ、クラスなどを教えて貰えますか?」


 いまだに名も知らぬ男子生徒に謝罪と共に質問する。


 彼は変なモノを見る目で僕を一瞥すると、


 「滝口です」


 とだけ言って、そそくさと去ってしまった。

 

 どうやら姫路の奇怪な行動にドン引きしたらしい。

 一緒にいる僕まで変人認定を受けたようだ。

 あんまりな反応に少し心が痛くなる。

 

 僕がダメージ受けている間に、姫路は通話を終えたらしい。

 彼女は席を立ち、僕のそばまで来ていた。

 いつの間にか、茶色い鹿撃ち帽を被っている。

 なにが来る?

 身構える。

 

 「では行くぞ!」


 「は?」




  ※




 「なんだって新聞部に?」


 「すぐに分かる」


 そう言って、彼女はズンズンと廊下を先に進む。

 背中にかかった黒い髪が跳ねる。

 新聞部は同じ特別棟にあるが、隅にある解明倶楽部と、その反対に位置する新聞部とでは大分距離がある。


 しばらく歩き新聞部の部室前に着く。

 我が部と違って少し古い。

 この部屋は昔からあるのだろう。

 姫路は扉をスライドさせようとするが、何かを予知したかのように、横にずれる。

 その瞬間、扉が開く。

 出てきたのは山内先生だった。

 すぐに息を止めようとするが、手遅れだ。

 すでに射程距離内に入ってしまった。

 死を覚悟する。


 「あれ…?」


 強烈な臭さがしない。

 気のせいか、と首を傾げる。

 山内先生は怪訝な目を向け去っていく。

 またもや変人認定された気がする。

 姫路は部室に入っていく。


 「おー、名探偵よ待ってたぞい」


 中から声がする。

 僕も姫路に続く。


 「うっ」


 部屋の中の光景に、思わず声を出してしまう。

 奥に設置された複数のデスク。壁にある大きな棚。来客用と思われるソファとテーブル。

 それらのすべてに資料と思わしき物が積まれ、詰まっていた。

 

 整頓された我が部と比べるとあまりの汚さになんとも言えない気持ちになる。

 今にでも掃除をしたい衝動がわくが、頭を横に振ることでなんとかその気持ちを打ち消す。

 とりあえず、眼前の人物に声をかける。


 「こんにちは」


 「やぁ!やぁ!あなたが音に聞こえしワタヌキくんだろう!?」


 挨拶をするが、瞬時にかぶせ気味な少女の声が続く。

 

 「私は安野あんのミカ!よろしく!」


 「よろしく。ところで、僕って変人として有名だったりしないよね?」


 なぜ名前を知っている?

 姫路より変人と思われるのは嫌だ。

 二つのソファに挟まれたテーブルを見る。

 テーブルには、インタビューのメモや新聞の下書き、ネットからの抜粋と思われる記事が無造作に置かれている。

 まさか、あの中に僕の個人情報も?


 「そこの女は情報収集が趣味なだけだ。安心したまえ、ワタヌキくん」


 いつの間にか、ソファに積んであった資料をテーブルにどかし、腰を掛けていた姫路が言う。

 

 「大丈夫だよ。大事な情報とかはちゃんと安全に保管してあるから」


 そう言って安野はウィンクした。

 テーブルを見る限りだと信じられない。


 「そうか。それなら安心だな」


 精一杯の皮肉を込めて返す。


 アハハ!と笑い飛ばす安野。

 どうやら通じていないらしい。


 「それで、なんで新聞部に来たのか、そろそろ教えてくれ」


 諦めて姫路の横に座りながら聞く。


 「情報を貰いにさ」


 情報?

 さっきの発言と言い、この安野という女はそうとう危ない部類では?

 心配になり姫路を見る。

 彼女は僕と目が合うと、肩をすくめた。


 ……どうやら、慣れろということらしい。


 「ほい!頼まれてたやつ」


 ポン、と机の上にファイルが置かれる。

 無地で茶色のなんの変哲もないファイルだ。 

 姫路は手に取る。


 「さすがだな。仕事が早い」


 「いえいえ。それほどでも。ちょうどタイムリーな内容だしね。資料を集めてたところだから、まとめるのは楽だったよ」


 はにかみながら安野は向かい側に座る。


 「それは?」


 「あとで話す」


 オーケー。

 今は話す気がないらしい。

 不服だが我慢しよう。


 「他にも情報を貰ってもいいかい?」


 ペラペラ、とファイルの中身を確認しながら唐突に切り出す姫路。

 

 安野は渋い顔で答える。


 「情報というのは一つだけで、複数人の人生を動かす。そう簡単には渡せないね」


 ショートの髪型を崩すように頭を掻きながら続ける。


 「この情報は人生を動かされる人がいないから渡した。そこのところを勘違いされたら困るね」


 姫路はファイルから顔をあげ、聞いた。


 「どうやったら渡してくれる?」


 「情報には情報を」


 目を細める向かい側の情報屋。


 「なら、とっておきのがある」


 姫路はスマホを取り出し、何やら操作を始める。


 ピロリン!


 スマホの通知音が響く。


 おっと、私かな。


 安野は呟き、スマホを見る。


 「へぇ」


 何かを面白いことを確認したらしく、ピエロのように表情を歪める。

 さらに、安野は顔に黒い笑顔を浮かべ、ハハハハハ!と高笑いしだす。


 「大丈夫か、あれ?」


 「気にするな。すぐに元に戻る」


 姫路に確認しているうちに、安野は元に戻ていた。


 「で?何が聞きたいのかな?」


 「転校生について」


 「あー、あれね。いいよ」


 そう言って安野は立ち上がり、壁にある棚に向かう。

 なぜ依頼人である滝口について調べるのだろう?

 視線で隣に座る少女に訴えるが、彼女はそれを涼し気に流した。

 今は無駄なようだから、あとで問い詰めることにしよう……。


 「あった!」


 数分待つと、安野が青いファイルを持って戻ってきた。


 「口頭で伝えるけどいい?」


 「ああ」


 構わないといった様子で手を振る女史。


 「じゃあ一個目。転校生くんは隣の市から来ました!次に二個目、その市のとある高校では、とっても過激ないじめ事件がありました!そして、最後。被害者の名前はTくんていうらしくて、複数の子たちにいじめられていたらしいです!」


 以上!と言って安野は締めくくる。


 「他に聞きたいことは?」


 「いや、大丈夫だ」


 下を向きながら聞いていた姫路はそう言うと、立ち上がる。


 「ワタヌキくん、行くぞ」


 ため息を吐く。

 彼女はいつも唐突だ。


 「どこに?」


 なんとなく察しはついているが聞く。


 「現場だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る