姫路女史の日常譚

萬 幸

狐火幽霊事件

00.怪談目撃

 夕焼けも失せ、新月であるがゆえに、いくつかの星が浮かぶのみの空。

 校舎内に人はほとんど残っておらず、部活の生徒もほとんどが帰っていた。

 薄暗い蛍光灯だけが頼りの廊下は周りが見づらく、光源は足元と廊下の先を軽く照らす程度であった。

 

 不安。


 誰もが抱く単純な恐怖がそこにはあった。

 特に部活棟はその感情がわきやすい場所であった。

 学校の増築や改築に伴い、使わなくなった古い教室を各部活の部室としてあてがっていた。

 そのせいか設備もほとんどが古いままで、夜に不気味な雰囲気を生みがちな校舎内でも、特にその傾向が強い。

 木造の廊下や教室が恐怖感を増長させていたのだった。


 そんな空間を一人の生徒が歩いていた。

 吹奏楽部の見学の帰り、顧問の教師に質問をしていたら遅くなったのだ。

 暗い校舎内に若干の恐怖を抱き、急ぎ足になる。

 入学したばかりで右も左もも分からないのだ。

 構造をろくに覚えてすらいないのに、暗くなられるとさらにチンプンカンプンだ。

 自分の空間把握能力を頼りに、階段をなんとか見つけ、部室のあった三階から二階に降りた。

 ふぅ、と安心と不安の混ざった息を吐くと、不意にあたりを見回した。

 ある先輩から聞かされていたのだ。

 部活棟の二階は特に暗い、と。

 理由を聞くと、


 『二階は部室が無いからね。 あるのは資料室だけなもんだから、すぐに灯りが消されちゃうんだよねぇ』


 と言われた。


 防犯上どうなの、と思ったが、すぐにその考えを隅に置くことにした。

 ただただ暗く、深淵のような廊下に灯りが見えた気がしたのだ。

 もしかしたら人がいるのかも、そう思い、足元に気を付けながら、灯りの場所まで向かう。

 実を言うと、道に迷っていたのだ。

 明るいうちはなんとかなったかもしれないが、いざ暗くなられると階段をさがして降りるのが精一杯だった。

 だから、いかに不気味であろうと人がいそうな場所まで行き、道を聞くなり、道案内をしてもらうなりすれば、なんとかなると思ったのだ。

 数十歩進む。

 そして、灯りがついていたと思しき場所の付近に着き、何かにぶつかった。

 教室の壁だった。

 古い木の匂いを嗅ぎながら、壁伝いにドアまで進む。

 どうやら灯りはこのドアからのようだった。

 ノックしようと近づく。

 うっすらと変なにおいがしたが、気にすることなくドアのガラスを視線の正中にする。

 

 瞬間、灯りを視界にとらえる。


 悲鳴をおさえる。

 ガラス越しに見えた灯りは、まるで狐火のように宙に浮いていたのだ!

 ドクドク、と高鳴る心拍音を耳に感じながら、一歩、また一歩と後ろに下がる。

 精一杯抑えていた恐怖心が、狐火を見た拍子に、ドッと溢れてきたのだ。

 近づいたら危険だ、そう考え少しづつ離れていくも、視線は外せなかった。

 

 魅入られていた。


 ドアから数メートル。

 反対側の壁に背中がついたのを確認すると、今度は壁に沿って離れる。

 暗闇に慣れてきた視線は相変わらずドアをとらえたままだった。

 

 それがいけなかった。


 数歩分離れれば、恐怖の根源が視界の隅からも消える、あと少しのところだった。

 相変わらず浮いている狐火が、ふと何かにさえぎられるように消えた。

 数瞬であったが、恐怖の源泉が消えたことにより安堵を覚える。

 ガラス越しの風景は真っ暗になった。

 だが、違和感があった。

 何かの影がうっすらと見えるのだ。

 暗さの違いが多少認識できるようになった目でそれを見る。

 

 それは人のカタチをしていた。


 限界だった。

 喉を通り過ぎていく悲鳴を、ほぼ無意識に感じながら、ガムシャラに足を全力駆動させた。




  ※




 「ねぇ、知ってる?」

 「狐火と人影の噂?」


 そうそう!

 と声をあげる生徒。

 

 「悲鳴を聞きつけた先生がその子の見た狐火と人影を確かめに行ったんだって」

 「どうせ、誰かのイタズラだったんでしょ?」


 ううん、と首を横に振る。


 「教室にはカギがかかってて、なかも確認したんだって。そしたらね――」


 ――中には誰もいなかったんだって。


 「仮にイタズラだったとして、カギはその先生の持っていたものしかないのに、どうやって教室に入ったんだろうね?」

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