1-0 抜け出せない闇

 不気味に動く異様な影。そこに青白い光をまとった剣尖が真っ直ぐに振り下ろされた。稲妻のごとき速さで切っ先は正確に標的を捉える。攻撃をまともに受けた影はうめき声とともにわずかに身を後ろに引いた。

 錆びれた神殿のような建物の最深部。陽の光はまったく届かず松明の灯火のみが視界を生み出す。

 堂々とたたずむ金髪の男は、みずからの放った一撃に手応えを感じ、不敵に笑みを浮かべた。

 すらっとした体型に自信に満ちた顔つき、バスター・ソードを構えるその姿からこの男が相当な猛者であることは想像に難くない。

 金髪の男の隣には強面無表情の強靭な体つきをした男が巨大なモーニングスターを構え、影からの反撃に備えている。


「なぁんだぁ。伝説級の強敵っていうからどんなものかと思ったけどぉ、大したことないじゃ〜ん」


 後方から、この緊迫した戦況にはあまりふさわしいとは言えない、気の抜けた声が飛んできた。

 独特な配色のローブを身にまとった魔法使いの女が、拍子抜けといった表情を浮かべている。


「油断は禁物です。まだ討伐が終わったわけではありません」


 綺麗な青色の衣をまとった僧侶の女が緊張感の緩んだ戦況をもう一度引き締めるかのように声を発する。


「でもぉ、アイツもうへろへろだよぉ?もう勝ったも同然じゃ〜ん」


「さっさと終わりにしてやるぜ」


 金髪の男が追撃を加えるべくバスター・ソードを構えなおす。


 そんな戦場を最後方で見つめる一人の少女がいた。


 この戦場において全く武装もせず、纏っているのは簡素な絹の服。戦闘にも参加していない。

 そしてこの優勢な戦況にも少女の目に光はない。


「あんたぁ、毎回あんなのに殺されてたのぉ?」


 魔法使いの女が少女に向かって意味深な言葉を投げかけた。しかし少女は無表情のまま言葉を発さない。


「って言ってもぉ、前に殺されたことなんて覚えてるはずないかぁ」


 そんな会話をよそに最前線では金髪の男が影に斬りかかるべく高々と跳躍をしていた。振り下ろされた剣は無慈悲に影の胴体の部分を切り裂く。追い討ちをかけるべく魔法使いの女が巨大な火球を放ち、影は業火に包まれた。

 たまらず影は、その場に崩れ落ちる。

 圧倒的優位に立っていたパーティがその勝利をほぼ確定的とし、魔法使い以外の三人の表情にも余裕が生まれる。

 しかしそれでも、殿しんがりで戦況を見つめる少女は表情を変えない。


「そんな仏頂面ぶっちょうづらしてないで、この勝利を喜べよ、お姫さん。やっと助かるんだから」


 金髪の男が得意げに話しかけてきた。


──あぁ、この人たちも私を助けてはくれない。


 この状況で少女に芽生えた感情は金髪の男の発言を真っ向から否定するものだった。いや、その感情はもはや芽生える芽生えないとかいう次元のものではなく、常に心にまとわりついてくる。

 少女はこのあとに起こる出来事を


 連携攻撃を受けて崩れ落ちていた影がゆっくりと身体を起こし始める。


「へぇ? まだ動けんのか、しぶといねぇ。まぁ、すぐに楽にしてやるよ」


 しかしその余裕は数秒後、わずかながらの畏怖いふに転ずる。

 それもそのはずだ。激しい攻撃を受け続け、もうとどめの一撃を待つのみだったはずの影。それがけたたましい咆哮ほうこうとともに悠然と立ち上がったのだ。


 なにかがちがう。


 百戦錬磨のパーティが今までに感じたことのない違和感を覚える。

 今まで対峙してきたモンスターとは明らかに違う雰囲気を醸し出しはじめる影。緩んでいた緊張感が一瞬にして極限まで跳ね上がった。

 しかし次の瞬間……


 一閃──

 

 目で追えようのないスピードで放たれたまっすぐな光線に、後方にいた僧侶が貫かれた。


「え……」


 緑色のガラスが割れたようなエフェクトがやがて霧散していき、僧侶の姿は消える。

 驚愕に目を見開く他の三人は、目の前の事態を飲み込むことができていない。

 それもそのはずだ。このパーティはSBR内においてトップレベルに属する強さを備えている。

 ここ最近では仲間の一人が倒される場面でさえ見ることはなかった。そんな強者の一人が瀕死であったはずの敵にいとも簡単に葬り去られてしまったのだ。状況が理解できないのも当然だ。

 唖然とするパーティに次なる一撃が加えられる。


 ズシャ!──


 鈍い音に振り向くと一番近くで影の相手をしていたはずの強靭な男が頑強な鎧もろとも影の前脚によって霧散するエフェクトに変えられていた。


「ば、化け物だ……」


 弱音を漏らした金髪の男の表情に先ほどまでの自信は完全に消え失せている。

 先程、影を火だるまにしてからまだ一分程度しか経っていない。だが、その間に影が放ったわずか二回の攻撃でSBR内のトップレベルの猛者が二人、あっけなく逝ってしまったのだ。


「くっそおおおぉぉ‼︎ おい! 援護しろ!」


 その行動は勇気によるものか、はたまたただの蛮勇か。男は全速力で影に向かって走る。

 援護を求められた魔法使いは肉体強化の魔法を男にかけるべく集中をはじめた。しかし、その集中は結果として無駄な努力となった。

 鋭い爪に貫かれた男の腹部には風穴と呼ぶにふさわしい、無残な空洞が生まれていた。


「かっ……は……」


 急いで回復魔法をかけようとする。しかしそれよりも早く、影の追撃が男を襲う。強烈な横殴りを受けた男は高速で飛ばされ、壁に激突、同時に身体が消えた。


「いや、やめて……」


 残っている魔法使いの女にも先ほどまでの軽やかな口調はもうない。圧倒的なまでの力の差。敗北を確信しきっている彼女が絶命するのにさほど時間はかからなかった。


 最期の悲鳴がエフェクトとともに消滅する。

 残ったのはパーティを倒し尽くした黒い影と後方にたたずんでいた少女のみだった。

 行動を起こす者がいなくなり、辺りは静寂に包まれる。


 ああ、彼らもまた私を殺していく‥‥‥


 少女の瞳に光はない。

 静まり返った空気の中、黒い影がゆっくりと動き始める。

 しかし、少女は動かない。

 何百回、何千回と繰り返すこの状況に活路がないことはもうわかっている。

 黒い影に二つの赤い眼が光った。殺意に満ちたその視線にすら、もうなにも感じない。抜け出せないこともなくなった。

 ゆっくりと近づいてきた影が少女を射程圏内に捉える。

 絶望を通り越して、まともな感情を持ち合わせていない少女は何も考えない。

 黒い影の鋭い爪を備えた前足が高々と振り上がった。


 私は‥‥‥


 考えても意味はない。答えにたどり着くことなどあり得ないのだから。

 無慈悲とも思われるスピードで鋭い爪が少女に迫る。


 私はいったいなんのために‥‥‥


 グシャ──


 果物を潰したような音が辺りに響いた‥‥‥


 

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ゲーム内で死亡不可避の少女と出会う 鬼天竺鼠 @kapipara-onitenziku

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