第7話 業病のリンクス part【4】

 撤退した俺達は山猫座討伐チームが拠点にしている帝国第二師団本部に移動した。

 チームの雰囲気はお通夜状態。本部の中は僧侶系のヒーラー達が部屋を駆け回り、身体に妖しい紋様を刻まれた者達に回復魔法をかけている。ダミアに聞いたところ、山猫座との戦いで毒に似た状態異常を浴びた人達は、完治不可能の継続ダメージに悩まされ、ヒーラーの付き添いと回復が必須の状態になっている。備品の整理をする時間も人もないのか本部は野戦病院のように人が床で寝ていた。


「はぁ…くそっ!!」


 端に積まれていた木箱が音を立てて崩れ落ちる。横になった拍子に中から空ポーションの瓶が溢れ出てくる。中身を確認すると『解毒用ポーション』と書かれている。きっと毒になったプレイヤーの回復に使ったのだろう。しかし、現在の拠点内に毒のような状態のプレイヤーは僅かな人数しか居らず、付きっきりで誰かしらが看護に当たっていた。つまり、役に立たなかった。


「サーカス、物に当たらない」

「だってサフラン! 大佐が…アオイちゃんが…」


 サーカスは力無く崩れるようにへたり込む。

 誰もが彼と同じ思いのようで、注意したサフラン自身も石になった人達を見て苦虫を噛み潰したような表情になる。


「シオン、ノイ!」


 俺達のところへ看護に当たってたヒーラーの一人が走ってくる。背が小さく魔法少女のような姿と、知り合いに似た顔には見覚えがある。


「「ルリ!」」


 アイシャとアオイの妹であるルリルリは拠点で山猫座の状態異常で毒系統の継続ダメージを浴びたプレイヤーの回復役を担当していた。彼女達が常にHPを回復させないと皆死んでしまう。

 ルリルリは、帰ってきた俺達の姿を一人一人数えていく。中には石になった大佐や月下も含まれている。数える時の彼女の顔は苦痛に満ちていた。そして、大切な家族であるアオイの姿を見た刹那、顔色が恐怖と絶望に呑まれていく。


「アオイお姉ちゃん…?」

「ごめん…ごめんね」


 駆け寄ったアイシャが妹であるルリルリを抱きしめると、ここまで本部で回復役として戦い続けた戦少女もついに張り詰めた糸が切れた。決壊したダムのように泣き出す。


「うわぁぁぁぁ!!!」


 同じクランであるシオンとノイも彼女達に駆け寄って互いに慰め合う。他のプレイヤー達もアイシャ達がやられたことで一層悲壮感が増していた。まさにお通夜状態。その様子を眺めていた俺は、残された最後のヴァルキュリアに声をかけた。


「悪いなマナロ…お前も行きたいだろうに」

「二人が居れば大丈夫ですよ。アイシャさんも居る。私は私に出来ることを。山猫座は…私が倒します」


 返ってきたのは確固たる意志。

 ならば、今やるべきことは…


「なーんだ。負けたのかアイシャ」


 どこからか聞こえてきた野太い声は静かになっていた本部に響き渡る。


「…そうよ」

「はー大口叩いた割に感心しねーぞ。三羽烏も一羽じゃ凡人と変わんねーな」


 声の主は二階の手すりから此方を見下ろしていた。左手で頬杖をつきながらもう片方の手にはストローの刺さったカップを持っている。角が生えた魔族のアバター。此方では一度も会っていないが、彼こそ今回の目的の一人で魔境時代の友人だ。


「あ、うわぁ」

「グレイさん知ってるんですか?」


 思わず引いた声が出てしまった。

 隣に居たダミアは目を色を変えて彼に手を振った。


「だんちょー」

「おーダミア。お前がここに来るのは珍しいな」

「ん、用があったから」

「あ?」


 ダミアは俺の事を指差す。

 向こうは此方が誰かなんてわかる筈も無い。目を細めて睨むように見つめてくるが最終的に首を傾げるだけに終わった。


「あんた、ここに来てだんちょーと話してないのは拙いでしょ」

「何、だれだれだれ?」

「ジーンって言います。そっちで挨拶しても?」

「ジーン……あぁ! !」


 団長は指で此方に登ってくるように合図を送ってくる。俺はアイシャ達を横目にダミアと共に第二師団の団長室に向かい、部屋に入る。


「はれ?」


 ここが家のダミアが間の抜けた声を上げる。

 部屋には彼の知らぬ先客が二人いたからだ。

 そして、部屋の主は執務席に腰を下ろして自己紹介を始めた。


「よぉ! 俺は団長。このプロメテウス帝国の第二師団団長の団長だ。ややこしいが団長だけ覚えてくれ」

「…あーうん」


 反応の薄い俺の横っ腹をダミアが肘打ちする。


「あんたも自己紹介ぐらいしなよ」

「まーまーダミア良いから……よし。ロック完了っと」

「ロック? 何でそんなことするのだんちょー」

「ダミア、団長室は作戦会議をするために必要な機能が備え付けられている。さて、何でしょう?」


 団長の出したクイズにダミアは即答する。


「防音と撮影禁止。それから透視無効」

「正解! 花丸だ。と、いうわけで…」


 その言葉を聞いて俺はローブを脱いだ。

 ダミアは、あっさりと脱いだ事に驚いていた。何故なら、見知らぬ先客二人がいる状態で俺がローブを脱いで正体を見せると思っていなかったから。しかし、この二人は俺がここへ来る前に呼んでいたプレイヤーなので今更驚きも無いだろう。そして、団長も集合場所として利用する分、事情は説明している。


「やぁ団長。それに…」


 俺は先客二人の方に振り返る。


「来てくれてありがとうヒューガ」

「シンとちゃんと戦わせてくれましたからね。あの報酬ならもう一回引き受けてもいいですよ」

「へぇ。アイツあの後、戦ってくれたんだ」

「その話はいずれまた」


 ヒューガとの挨拶はその辺りにして、もう一人の方に顔を向ける。は、此方を見て複雑な表情をしていた。


「で、エンヴィアを殺した俺を恨むか、絶壁?」


 かつて、エンヴィアを探していた絶壁は腕を組み壁に寄りかかっていた。彼女は一言だけ答えた。


「嘘吐き」

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