第8話 業病のリンクス part【5】
何が嘘吐きだ。反論したい気持ちをぐっと堪え、声の主である絶壁の方に振り向いた。ジッと此方を見据えて腕を組んでいる。だが、上のモノが大き過ぎて二の腕の先が隠れていた。あいも変わらず歪なアバターをしている。しかし、彼女の苛立ちはそんなところを見なくても声だけでわかる。
「再戦だよね。知ってたよね。仲間まで居たよね……ねぇ何故黙ってたの、簡潔に答えてよ」
顔を伏せたまま此方まで歩いてくる。俺の前で止まると、顔を突き出して眉間に皺を寄せながら見上げた。
「アタシね。エンヴィアを倒したことは責めてないの。あんな子知らないし、復讐でも好きなことをしなさい。ただ、ただね……」
彼女の胴体と不釣り合いな細い腕が俺の肩を掴む。強くがっしりと握りしめられた。指先からは彼女の震えと怒りが伝わってくる。すぅっと息を吸い込んだ瞬間、反射的に全身、特に耳に力が入る。
「剣バカだけ連れていってあんな事やってチャット一つで大丈夫ですのどこに信頼できると思ってるの!!!」
「剣バカとは失礼な…」
「何か?」
訂正をしようとしたヒューガをひと睨み。普段は動じないヒューガが珍しく借りてきた猫のように大人しくなる。
「おーい絶壁、この部屋防音仕様だけどおれらは耳栓してな…」
「部外者は黙ってて」
「お、おう…」
宥めようとした団長は彼女の鬼気迫る表情に圧倒されていた。ダミアに至っては耳を塞いで俺の方を睨んでいる。その眼はどうみても『さっさと終わらせてくれ』と言っている。
馬鹿を言うな。俺に反論出来るところがあるんけない。いつかこうなる、そんなことはレッドラムと二人だけで天秤座に行った時から覚悟していた。
「まず付き合いの長いアイシャやシンに相談をねぇ………それから妹ちゃんは放置ってどういう神経してるのよ。あんなに面白…可愛い子の信頼が地の底に落ちてもいいの? アタシは嫌よ揶揄えないし。後………」
その後も彼女の気が済むまで友達とは何か、報連相の大切さを説かれていた。途中で耐えきれなくなったダミアが退室したものの団長とヒューガは最後まで付き合ってくれた。俺を見ている時の眼は同情半分恨み半分に思えた。
「ふぅー、スッキリした」
「頭くらくらする…」
「今度は茶番が終わってから呼んで下さい。僕も暇じゃあ無いんです」
「…考えとく」
ヒューガはやれやれといって執務室のソファに腰を下ろした。
「まぁ二人も座れ。グレイもほらその…相手を選べよ」
「骨身に染みた」
「アタシは大人だから手は出さないよ。アタシはね?」
その言い方、まるで他の人によってはぶん殴られると言っているようなものだ。
「ほら、本題にいくぞ」
「…分かった」
絶壁と俺がソファに座ると、団長も自身の執務椅子に腰を下ろした。俺は三人を一瞥すると一呼吸置いてから語り始める。
「結論から言うと、俺はどうしても山猫座を倒したい。団長からダミアの哨戒時間を聞き、巻き込まれる形にしてまでやりたかったのは景品の万能薬が欲しかったから」
「おー誰か不治の病でも患ったか? 残念ながら恋の病には効かないらしいぞ」
「半分当たり」
「マジか。恋の病か…」
「そっちじゃねぇよ!!」
思わず立ち上がって叫んだ。冗談だと笑う団長にモヤモヤした気持ちを抱きながらソファに座り直した。
「で、皆はプロメテウス帝国の初代皇帝って知ってる?」
「あーあの石像の女性ね。確かここからも広場の石像が見えるよ」
ヒューガの言う通り、プロメテウス帝国の初代皇帝の石像は第二層の中央広場のど真ん中に建てられている。実はプレイヤーの間でちょっとした話題の石像。ポーズが風変わりだと言われている。目を閉じて下を向く彼女は誰かに謝罪をしていると噂されていた。
「おいまさか…」
「二層の中央広場に建てられた初代皇帝の石像。アレが俺の万能薬を使いたい奴。起源機関レダ。プロメテウス帝国復活の希望」
団長は神妙な面持ちで聞いていた。
その様子から話した情報に心当たりがあるようだった。ヒューガは相変わらず聞いているのかいないのか不明だ。石像を方を眺めては自分の武器の手入れをする。マイペースに過ごしている。
「レダ…あの石像がねぇ」
「ただし、山猫座は一回の擦り傷が致命傷。おまけに路地の壁を蹴った縦横無尽の大立ち回り。厄介この上ない敵だ」
「あぁ、路地の件なら対策は簡単だ。辺り一帯を更地にすれば奴はただの小動物よ」
「出来る奴が居るの? 居るならさっきやって欲しかったんだけど」
「そりゃー俺しか出来ないからな。この街は権限が無いと絶対に建造物は破壊どころか位置すら変更不能。まだ権限持ってて生きてるのは、俺と臆病者の皇帝様くらいよ」
団長はそう言って自信たっぷりに親指を立てる。それを聞いた時、三人とも多分同じ事を考えていた。絶壁が代表として団長に尋ねる。
「一応聞くけど、未だ第二層を更地にしてない理由は? 全部解体すれば小動物なんでしょ?」
数瞬の間を置いて団長がその手があったかと手の平を叩いた。
「あー確かに。お前もしや天才か?」
「…グレイ、アタシ帰っていい?」
「僕もう寝ますね……」
「待て待て帰るな! ヒューガも寝るな!」
何とか絶壁を引きずり戻し、ヒューガは叩いて起こす。
「はっはっはっ!! 冗談だ冗談。流石にそこまで耄碌してないさ」
「じゃあ試したんだ」
「まぁな。でも家がやけに硬くてよ。戦いながら壊すには俺一人じゃ火力不足。先に壊し始めたら気付かれるで上手くいかないんだよ」
「つまり、山猫座を倒すには団長が民家を解体している間、別の部隊が引きつけながら削る必要があると。あの変態軌道と即死クラスの攻撃を防ぎつつ」
「そうなるなー。今の面子じゃ荷が重いだろ?」
厄介だなぁと逡巡していると、不意にライブラから声が届く。
「主よ。民家解体の件だが、この国は何から何までレダが建てた。権限も耐久性も彼女が決めた。他の街を参考になどしていない」
「…あ、そうか。その手があった」
「むしろその手しか無い。これは天秤座が適している。前衛は彼女に任せれば良い」
確かに一人のプレイヤーが耐久値の平均を考えずに生み出したなら、それは全ての街から見て不公平だ。即死対策の壁役も武器として判定を受けている射手座なら可能な筈。
「案でもあるの?」
「中々のが。タンク役をマナロにしてヒューガと絶壁をアタッカー。俺が開幕に…」
作戦を説明し始めたところで、執務室のドアが開く。全員の視線がドアの方へと集まる。そこには先程退室したダミアが気まずそうな表情をして立っていた。
「だんちょーどうしよ…」
「おい何だ下で喧嘩か?」
「違う。また山猫座に行っちゃった」
「…どうしてそうなった」
ダミア曰く、数十人規模のクランが山猫座の情報を掲示板で仕入れて討伐に向かったのだそう。それを聞いたアイシャ達が救援に向かったらしい。
話を聞き終えた団長は俺の方を向き、どうする?とでも言いたげな視線を送る。
「当然俺たちも行く。まだ猫は回復仕切ってないだろうから現状チャンスでもある。討伐する」
「よぉし! お前ら武器を取れ! 作戦は移動中に叩き込め! 野良猫退治だ」
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