第4話 業病のリンクス part【1】
「どこの誰かまでは分かんない。でも、あんたが嘘塗れなのは保証する」
沈黙の間に上昇していたリフトが2段目に到着する。他の乗客は此方の会話など耳に入ってないのでどんどん降りていく。あっという間にリフトの乗客は俺達だけが残された。
ドワーフの少年は頭を掻きながら言った。
「俺もさ。一応帝国の軍人やってるから、あんたみたいな不審人物を上まで通すわけにはいかないの。お上に怒られちゃうから」
彼のステータスを覗くと名前の所には『ダミア』と書かれている。クラスの欄には《帝国第二師団副団長》と記されている。ここに来る前に調べた限りでは帝国における師団とは警察のようなモノ。このまま従って俺が牢獄に入れられることはおそらく無い。犯罪は犯して無い…筈なので。
「場所、変えてもいいか?」
「やだよ。逃げられたら困るし」
俺はそっとローブを脱いだ。ダミアは認識阻害の解けた俺の姿とステータスをまじまじを見つめる。
「あーあんた知ってるわ。色々と話題だし、ウチのだんちょーも話してたから」
ダミアの言うだんちょーが誰の事を指しているのかいまいちピンと来ないが、何とか厄介事にはならずに済むかもしれない。
再びローブを被った俺はダミアに向かって言った。
「これで良いか?」
「んー……」
「俺もここには用事があって来てるんだ。あまり足止めはされたくない」
「んー…」
「おい、聞いて…」
「決めた!」
ポンと手を叩いたダミアはこちらを見上げて言った。
「あんたさ。俺とクエストやんない?」
「話聞いてないのかお前!?」
脈絡の無い誘いに対して思わず声を荒げる。
「じゃあグレイが帝都に居るって掲示板に書く」
「えっ…」
「それともローブで誰か判別出来ないあんたを不審者として処理した方が良いか? どっちにしろ、あんたは嫌なんだろ?」
こいつ、とんでもない悪魔だ。
落ち着け。考えろ。このままだと良いように利用されて終わるだけだ。
ダミアはクエストに参加して欲しい。今の帝都の状況、ヘラから貰ったレダの詳細とその覚醒方法、わざわざ俺に話を振った意味…これらを組み合わせれば出し抜ける部分もある筈だ。
「どうしようかな…」
「あんた。今、俺を出し抜こうと考えてるね」
「だったら?」
「無理だよ。俺は『人の心が読める』。現実では素人に毛が生えた程度だったけど便利なスキルのお陰で今は視えるくらいだ」
…嘘だ。それだと『ハデスの隠れローブ』による認識阻害効果を貫通した説明にならない。ダミアは認識阻害のことを中身と外見のズレと認識していた。おそらくは何か嘘を見抜く系のスキル。それを自身が持つ洞察力や心理学やらの技術と組み合わせている。スキルが英雄魔法クラスならアイテムに干渉してきてもおかしくはない。
と、なれば少し早いが計画通りに行こう。
「分かった。クエスト手伝うよ」
心底嫌そうな顔を出来るだけ演出して答える。
「……さんきゅ!」
「それで目的のクエストは?」
「実は今、帝都で面倒なボスが潜伏してるんだよ。人間特攻のやべー奴。それを倒すクエスト」
やはり、ヘラから貰ったレダ覚醒までの詳細データの中で絶対に成功させるクエストとして載っていたものだろう。
「クエスト名は…」
「言わなくて良い。参加すれば分かる」
「そうだね。じゃあ招待するよ」
俺はダミアの言葉を遮って当初の目的だった開催中のクエストに参加する。いつもの無機質なアナウンスとテロップが流れてくる。
「襲撃クエストⅨ『
◇◇◇◇
≪東エリア プロメテウス帝国≫-帝都 第二階層
ローブを被った俺はダミアに連れられて帝都を歩いていた。第二階層はネオンライトが目立つ第一階層と異なり、電光掲示板や全面ガラスの店が建ち並んでいた。下に比べてロボットの数も増えており、種類も様々だ。
だが一番の変化は舗装された道路を走る自動車の存在だ。交通インフラが整備された分、移動しやすくなっている。心なしかさっきより都民の活気も溢れている。
首を振って周りを見ながら歩いていると、ダミアが声をかけてくる。
「やっぱこの都市って異端だよね〜下は50年くらい前の世界観でここは30年くらい前の現実世界を再現しようとした都市って感じ。あんたはどう思う?」
「そうかもな…」
適当に相槌を返していると、ダミアは俺の前に割り込んでくる。反射的に足を止めて彼を見下ろすが、あまり良い表情はしていない。
「またズレた。何か知ってんだろ」
「一度も来たことない街のことなんて何も知らねぇよ」
「…これは本当か。くそっ!」
なるほど。考えていること以外の言葉を口にするとバレるのか。逆に嘘が混じってても言葉の中に今考えていることが入れば判断がつかなくなる。おまけにローブがいい感じに混乱させているな。案外上手くいけそうだ。
「いいからクエストの話をしてくれよ」
「…むぅ。分かってるよ。業病のリンクスっていうのは蟹座討伐アップデートから始まったクエスト。プレイヤーが都市の至る所で瀕死の状態で見つかったのが始まりだよ」
ダミアは前を向いて歩きながら説明し始めた。
「瀕死? 生きてはいたんだ」
「まー直ぐに死んだけど。連中の共通点は全員が何らかの状態異常にかかっていたこと。人によっては複数の状態異常を受けているのもいた。俺とだんちょー達は上の命令もあってリンクス探しを始めた…最初は順調だったんだよ」
「でも今の状況を見るに進歩はよろしくない」
「うーん、まぁ色々あって。ウチの要である索敵担当がやられちゃったから」
そう言ったダミアの表情が明るさを失う。
「そいつレーダー系スキルでも持ってたのか?」
「ううん、その人は何か未来予知みたいなことが出来る人だったんだけど…」
「おい、それ…ラプラスか!?」
ラプラス。魔境MBO時代からの知り合いで簡単に言えば人の形をしたスーパーコンピュータ。うみへび座と蟹座の時、アイシャ達に呼ばれて東から来ていたのは知っていた。その後の事は特に聞いていなかったが、また東に戻っていたのか。
「なんだラプラス知ってんの。じゃあ話が早いや。ラプラスは完全に石化しちゃって生きてるかも分かんないんだよ」
「そんな…」
つまり、業病のリンクスの攻撃は未来予測ができるラプラスですら回避も防御もできなかった。
思ったより危険な相手かもしれない。どうやってリンクスと戦うか思考を巡らしていると、マナロが話しかけてきた。一応、ダミアには聞こえないようにチャットで返信する。
「グレイさん、グレイさん」
「どうしたの?」
「リンクスとやらが状態異常を主に使うなら私が戦った方が良いかもしれません。私武器ですし、もうプレイヤーでは無いので」
「…プレイヤーでは無いなんて言うなよ。絶対蘇生させるから。でも、今はそれが最良かもな」
今のマナロはポラリスχに射手座状態で書き込まれている。射手座のボス耐性ならリンクスの状態異常にも強く出られそうだ。
彼女の状態を体良く利用しているように感じるが、今は背に腹はかえられない状況である。
悶々としていると、ダミアが急に声を張り上げた。
「別働隊がリンクスと戦闘開始した!」
「場所は?」
「3ブロック先の路地!」
「走るぞ!!」
俺とダミアは全速力でリンクスの元へ駆け出した。
戦闘している場所に近づく程、爆発音やスキルのエフェクト音がよく聞こえてくる。建物ごと斬り裂く大きな斬撃に電撃の雨、それに炎の槍が沢山降り注いでいる…全部どこかで見た事あるスキルじゃね?
「な、なぁダミア。別働隊ってどんなプレイヤーが居るんだ? 何ちゃら師団の人達?」
おそるおそるダミアに尋ねると、
「いや、南や西のプレイヤーだよ。確か…クラン『ヴァルキュリア』をメインに数人加わった特殊チーム」
「…うぇ?」
そこから路地に曲がるまでは頭が真っ白だった。路地の先には巨大な赤斑点模様の山猫と戦う見知った顔触れと、
「万雷よ、来たれ『
久々に聞いた自分の妹の声が落雷と共に聞こえてくる。
「本当に会うって…ふふふ、あははは!」
他人事のように面白がっているマナロの笑い声は延々と頭の中で響いていた。
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