第3話 帝都の尖兵

 ≪東エリア  プロメテウス帝国≫-帝都 


 結局、俺達が帝都に到着したのは、ヘラと別れてから2日後の事だった。到着してまず目を疑ったのは『帝都の独特な構造』である。高さ30メートルをゆうに超える円柱状外壁の上に街が造られ、中央部分から15メートル程の円柱状外壁が建てられている。繰り返し同じ構造で造られた都市は、段々畑のように積み重なっていた。帝都とは全部で3段の階層に分かれた立体都市だった。


「帝都に入国審査はありません。観光の方は正門からご自由にどうぞ」


 外壁の周りに流れているアナウンスを頼りに正門前までやってきた。現在の俺はヘラの報酬で貰った認識阻害装備『ハデスの隠れローブ』により、『ジーン』という偽名に書き換えられている。クラスも適当な盗賊あたりに変更した。

 理由は、今回の目的であるレダの居場所までなるべく他人にグレイと気づかれないようにするため。前回のバトルフィルムコンテストのお陰で知らない人から声をかけられる機会が増えた。それ自体は何ら問題無いのだが、毎日チャット爆弾を送ってくる知り合い達は間違いなく来るだろう。


「会えばいいじゃないですか。私はグレイさんがシオンに殴られるの見たいです」

「人を傷つけてそのままは不公平だ。私の信念に反する」

「うるせぇよ。頭ガンガン響くわ」


 知り合いのチャットに混じってマナロとライブラから何か言われているが気にしない…ことは出来ない。

 おまけに何故かこの二人の言葉は耳に直接届いてくるのだ。召喚したモンスターは皆こうなのだろうか?


「…一体いつから、人に頼れなくなったんだろうね」


 エンヴィアの時か、射手座の時か、どっちにしろ今の俺は死ぬほどカッコ悪い。


「此度の戦い。一人でやれる範疇を超えている。あまり肩入れするのも嫌いだが、召喚された使い魔として助言する」


 ライブラの言葉には含みがあった。この依頼が今までとは違うことを仄めかしていた。


「よし。誰か呼ぶ」

「おぉ…手の平返した。天秤座は流石ですね」

「私に出来ることをしたまで。この程度のことエスカマリの審判は不要だ」

「で、誰を呼ぶんですか? シオン達?」


 マナロが期待しているところ申し訳ないが、この状況で呼んで誰にも言わずに飛んできてくれそうな都合の良い知り合いがあまり思いつかない。尚且つ、呼んでも他の面々が気づかなそうな人選。

 そういえば、以前南でエンヴィアの名前を口にしてた奴が居たような…。


「あ〜あの二人でいいや」


 俺はフレンド画面を開いて『他の奴らに気づかれないように帝都集合。クエストをやる』と文章を入力して送信した。


「これで帝都に呼んで無い人達が居たら面白いですね。修羅しゅらりますよ!」

「やめてよマナロ。実現したら俺絶対に胃潰瘍になるわ」

「主よ。ヒロイズムユートピアに胃潰瘍は無いぞ? 仮想世界の身体に腹痛はメリットが無い」

「…うん、そうだね」


 ふと、思いついたのだが、今回の目的であるレダ。そのプレイヤーはヘラ曰く、全員ログアウトを別の形で叶えると言うが。


「不死身のプレイヤーならさぁ、その人だけで全部のボス倒せるってことかなー」


 俺が呟くと、少しの沈黙が流れた後にライブラが答える。


「可能…ではある。あくまで理論上、机上の空論だ」

「その沈黙なに? ネタバレ遠慮しなくていいよ。こっちは命がかかってるんだから」

「……レダの現状は知っているだろう? アレを解決できるのなら0%では無くなる。レダは目覚めれば協力してくれる。腐っても第一次βテスト2位。それに帰還することにも拘っていた」


 レダの詳細は一応確認している。今回はかなり厄介なクエストになりそうだが、この後の事を考えれば絶対に必要な人間だ。

 そんな話をしながら、俺達は帝都の正門へと辿り着いた。

 帝都の正門に見張りは居ない。ただ、正門前には人だかりができていた。原因はおそらく視界に入るアレ。訪れたプレイヤーを待っていたのは、この世界にしては少し似つかわしくない者達。


「コチラ、ウェルカムドリンクニナリマス」

「ロボットだー!」

「ロボットかわいい〜」


 ドラム缶の形をしたロボットがワイングラスを載せたトレーを持って来訪者達を歓迎する。多くの者達が門をくぐる前に物珍しさからか足を止めて奇妙な番兵の見物に人だかりができていた。


「NPCがやけに少ない理由はそういうこと」


 灰色のローブを深く被り目元を隠した俺は小さな声で呟き、彼等の側を通り抜けて帝都に入っていった。

 帝都1段目ではネオンライトの看板を掲げた2000年代の街並みが出迎えてくれる。


「電気が付いてない店が多い…?」


 シャッターの閉められた店が多く、国を訪れている人々も1段目には目もくれずに歩いていた。人気が無いにしてはあまりに静かで、違和感を覚える。

 事実、俺も寄り道しようとは思えなかったので、無視して2段目に通じるリフトへと向かった。


「皆様、2段目行きのリフトはまもなく発進致します」


 帝都の上下を繋ぐのは昭和の時代からスキー場に存在した大型のリフトで、一度に100人は乗れる大きさになっていた。

 リフトの制御と案内を兼ねたロボットのアナウンスが流れる中、駆け足で乗り込んだ。

 人混みの中に駆け込んだので、つい他の乗客ともぶつかってしまう。


「ああ、ごめんなさい」

「……別に」


 ぶつかったのは小柄なドワーフの少年だった。

 偶然こちらの脚と向こうの肩が接触したようで、彼は少し肩をさすっていた。


「お待たせしました。2段目行きのリフト、発進致します」


 起動したリフトがゆっくりと2段目に向かって上昇し始める。そんな折、俺は下の方から視線を感じていた。目線を下を少し向けると、先程ぶつかったドワーフの少年が、ジッと此方を睨みつけていた。


「さっきぶつかった時に何かあった?」

「どうして?」

「どうしてって…気にしてそうに見えたから」


 一応プロメテウス帝国では誰にも気づかれないように『ハデスの隠れローブ』を着ている。許可したプレイヤー以外は俺の顔を見知らぬ他人としか見ることができない。名前もジーンに改名されている。知り合いだろうと分かるわけが無い。


 怪しむ要素なんてローブで顔をあまり見せないよう隠している点ぐらい…いや普通に怪しいわ。


(でも、絶対バレないってお墨付きだろ…)


 例え俺がバトルフィルムコンテストで馬鹿みたいに画面に大きく映ったグレイであることは現在殆どの人間が認識できない。

 現に街を歩いている時も気づかれなかったし、リフトに乗っている他の乗客からもバレていない。なのに、何故この少年はこちらを執拗に睨みつけるのか。


「あんたさ。もしかして…」


 彼の言葉にもしやと思い、唾を飲む。


「だんちょーのファン?」

「……だ、だんちょー?」

「うん。その顔の傷、だんちょーのとそっくりだから!」

「傷……あ、あぁ傷ね! そうかなー?」


 初めは何のことか分からなかった。

 おそらくローブの効果で顔に傷がついていて、それが誰かのファンがやりそうな事だったのだろう。焦ったが何とか誤魔化せたか?

 内心ヒヤヒヤしていると、少年の口が再び開く。


「嘘だよ」

「へ…」

「あんたの顔に傷なんて無い。今のは嘘、うーそ」


 ドワーフの少年の目が大きく見開く。小さな顔故に一際目を引く紅い瞳は此方を見透かしているようだった。


「嘘って、一体どうして」

「こっちが聞きたいよ。何で——?」


 その言葉を聞いた瞬間、身体全体から血の気が引く。気づけば右手は反射的にポラリスを握っていた。


「ジーンって書いてあるけどさ。あんた本当は誰?」


 彼は一体、何者で何故偽装に気づいたのか?

 その謎が延々と俺の頭の中を埋め尽くしていた。

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