第2話 サベージリーダー

 ≪東エリア  プロメテウス帝国≫-帝都付近


 「レダはプロメテウス帝国の中枢である帝都に居ます。詳細はメールを確認して下さい」


 別れ際にヘラから貰った情報を頼りに俺とマナロは帝都へと向かっていた。既に目線の先にはウェディングケーキのような構造の都市が映っている。


「うーむ、もはや現代の道路だ…」


 灰色のローブを着た俺は舗装された道路をつま先で叩きながら言った。


「プロメテウス帝国は他の国に比べて妙に近代進化を遂げているとは聞いていましたけど凄いもんですね」


 マナロは隣でぼんやりと遠くに映る帝都を見つめていた。


「過去にプレイヤーが造ったのなら納得する」

「ですね……っと、そろそろ着きますし私は隠れてますね」


 そう言ってマナロはポラリスの姿に戻って姿を消す。短剣を腰に差した俺は歩きながら東に居る筈の知り合いを思い出す。


(あ、そういえばあの人ってココにまだ居るのかな? ヒューガとは別ベクトルで面倒な奴)


 俺が思い浮かべた人物は度を越えて野蛮な男だった。


 ◇◇◇◇


 ≪東エリア  プロメテウス帝国≫-帝国領西側キュベレーの丘 さそり座討伐の数日前


 まだグレイ達がミュケでさそり座と会う前、このプロメテウス帝国はエリシュオン王国と領土の奪い合いで戦争をしていた。サービス開始当初、このプロメテウス帝国をリスポーン地点に選んだプレイヤーは必然的にこのクエストに関わることになる。


 最初だから簡単だろう。そう睨んだプレイヤーは少なくなく、大多数のプレイヤーがこの戦争クエストに参加した。

 そして、戦場の中に儚く消えていった。


「うおらぁぁぁ!!!」


 男の雄叫びは幾多の悲鳴や怒声が入り乱れる戦場の中でもかき消されることは無い強く逞しい声だった。ショートヘアーの青髪に黒いポンチョに袖を通した男は、右手で掴んでいる武器に視線を下す。


「折れちまったな…お前」


 手に持った鉄槍は既に刃先の部分で折れている。無理もない。敵から奪ったこの武器で何百人も刺し、何十人も薙ぎ払っている。最早、男と鉄槍は相棒と呼んでも良い。


「ふ、ふはは。この戦いを生き延びたら…地元で一杯やろうぜ鉄朗」


 彼は手に持ったボロボロの鉄槍に向かって呼びかける。無論、無機物の鉄槍は何も答えない。


「塩いな鉄郎! 俺とてめぇの仲じゃあねぇか」


 なお、鉄郎は人間では無い、槍だ。

 彼が鉄槍の持ち手を叩くと欠けていた槍の先が耐久値の上限突破でポリゴン状に消えていく。


「随分と絞ったな鉄郎。ふっ、この後オンナひっかけにでもいくのかよ」


 ちなみに人間で言えば鉄郎の四肢は吹っ飛んでいる状態である。

 高笑いしている彼の元にまた一人全身を鎧で武装した兵士がやって来る。

 彼はやってきた兵士のステータスを一瞥した。


 名前:王国騎士団第二師団長

 レベル:25

 HP:180/180

 MP:20/20


 これまで彼が戦ってきた兵士のレベルは高くても15程度。さらに現在の彼のレベルは21。ようは相手が格上だ。だが、その程度で撤退を選んだり仲間を呼ぼうとする程、彼の頭は良くなかった。


「貴様、帝国軍人だな。覚悟っ!!」

「スクラップにしてやるよ。いくぜ鉄郎っ!」


 向かってくる騎士団長に槍を突き刺そうとする。しかし、刃先を失った鉄槍で突いたところで傷が付けられるわけが無い。兵士に防御もされずに鎧で受けられ、ついに鉄槍は根本からばっくりと折れてしまう。


「て、鉄郎ぅぅぅ!!!」


 再三言うが、鉄郎はただの鉄槍だ。

 手から消えていった付き合い15分の相棒に悲しみの声を上げる。


「あ、あ、あ、あははは」


 男は壊れた機械のように笑い出す。騎士団長は気味が悪いと戸惑いを感じていた。


「はぁーあ…ったく」


 次の瞬間、男は目にも止まらぬ速さで駆け出して全身鎧で武装した騎士団長を兜越しに拳で殴りつける。


「ぐぉっ!?」

「顔がガラ空きだ!」


 なお、兜をしているので別に顔面がガラ空きでは無い。

 殴られた勢いで相手がバランスを崩して倒れると、馬乗りとなって一度殴った所を執拗に何度も何度も殴り続けた。

 時には側にあった石の塊を手に持って何度も叩きつける。


「何だよ…ゴミみてぇな武器振り回してるより殴った方が早ぇじゃあねぇか。今月最大に無駄な15分だったぜ」


 気づけば兜はぐしゃりと凹み、陥没した部分はもう少しで地面にくっつく深さになっていた。騎士団長の両腕はピクピクと痙攣していた。

 空を仰いで息を整える彼にアナウンスが届く。


「シナリオクエスト第二師団編クリア? 長ぇ文章は苦手だ…ん?」


 強敵だった騎士団長が粒子となって消えていく中、彼は倒れた兵士の場所に残された武器に目をつける。


「ほう…ほぅほぅ! 面白い大剣じゃあねぇか。見た事ねぇ形だ気に入った!!」


 歪な大剣を手に取り、両手で構えて武器の重さを確かめる。ゆっくりと縦に横にと振り、武器の攻撃範囲を身体に染み込ませていく。その間に武器のステータスを開き目で追っていた。


「リーチが長いな、初見殺しに使えるギミックも多い。対人…いや対プレイヤー特化か……」


 他の敵兵には目もくれずブツブツと手にした武器への考察を始める。

 だが、彼が戦場にいることは変わらない。

 周りを見ないで突っ立っていれば他の敵からしたら良い的になる。現に彼の元にも多くの兵士が集まってきていた。そんな彼等には目もくれず、玩具を手にした子供のように大剣に目を輝かせていた。


「油断したな帝国兵。騎士団長の仇、覚悟!」


 チャンスとばかりに兵士の一人が両刃剣を振り上げて斬りかかった瞬間、大槌で壁を叩いたような鈍い音と共に兵士はその場から消えていた。

 数秒後、他の兵士達も同じように大剣を持った彼の前から消えてしまう。


「この武器いいねぇ。どんな仕事も朝飯前に出来そうだ」


 嬉々として語る男の前には沢山の兵士が横たわっていた。皆一撃でHPを削り取られている。


「ああああぁぁぁっっ!!!」


 そして、最後の一人は悲鳴を上げて地面に激突する。

 空だ、男は目にも止まらぬスピードで大剣を振るい兵士達を空に打ち上げていたのだ。


 自身の身長近くの大きさを誇る大剣を軽々振り回す彼のプレイヤーネームは『団長』。独断専行ばかりの問題児故にリーダーシップは垣間見えないが、プレイヤーネームと行動が必ずしも一致するとは限らない。


「蹂躙の始まりだ。俺が飽きるまでお前ら全員サンドバッグじゃい!」


 刃先を王国側に向けていた団長は、背中に大剣を背負い直し、敵軍へと突っ込んでいく。彼自身はシナリオとか攻略なんてどうでもよく、ただ自分が満たされるまで戦い続けたいのだ。後は存分に戦える相手が揃えば文句無い。


 あちこちから『銃声と爆発音』が鳴り響き、『毒ガスに悶え苦しむ』悲鳴が絶えず続く。そんなファンタジーかけ離れた戦場で彼は剣一本を担ぎ駆け抜けていく。


 彼の願いが叶うのはもう少し先の事である。


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