第6章:無窮の双子座

第1話 この世界で最も強いヤツ

 天秤座討伐時同刻

 ≪???≫-英雄の扉

 

 天秤座が消えた事で、扉に描かれた天秤の水晶に光が灯された。射手の水晶には光が灯り、獅子から5つの水晶が一つの川のように連なる。

 しかし水晶の色は一部が異なっていた。獅子と蠍は緑に輝き、蟹は対照的に紅く光る。そして新たに光が灯った射手と天秤はというと、どちらも緑の輝きを放っていた。


「う〜ん、絶景かな絶景かな」


 普段はこの扉の前に人など来ないのだが、今回は一人の女性が訪れていた。扉を眺めている金色の瞳をした少女はフードをめくり腕を組みながら呟いた。


「一個、一個かぁ〜一個紅いだけなら何とかなるかなぁ。コレ、ラスボスの難易度に直結してるからなぁ」

「シューシュルル」


 彼女の首に巻きついている蛇が舌を出して何か訴えかける。


「え? アンリカちゃんの時は紅6つであっさり負けちゃったの? はぁーバケモンかよ」

「シュ! シュシュシュ」

「マジ!? 初代βテストって最強状態で挑んで72時間戦って最後はそんなオチなの!?」


 二人の会話は他人がここにいた所でサビークの声などエレネにしか聞き取れないし、内容も一端も掴めない。だからなのか、エレネも周りを気にせず一人大声を出していた。


「はぁー当時の話が気になるなぁ……」


 扉の前では沈黙が続く。

 数分が経った頃、エレネはある事に気付く。


「あ、やっと起きた?」


 何かに気づいたエレネは扉を見つめたまま尋ねる。


「貴方が話すなら是非この子に聞かせてあげてほしいな」


 首元のサビークの頭を撫でながら語るその言葉は一体誰に向けて放たれたのだろうか。


「じゃあサビーク対応よろしく〜」


 エレネがそう言うと彼女の金色の瞳の色が薄い紫色に変わっていく。心なしか目つきが細くなり吊り目になる。表情も険しさを増したせいか他人から見たらエレネとは別人のように見える。肩を回したり首を回す動作の機敏さと遠慮の無さはどちらかと言えば男の人らしいといえばそう思える。


「——まったく。は女性の身体で動くのが慣れてないんだよ。目覚めたら13年近く経っているなんて思いもしなかったし」

「シューシュシュ(はいはい言い訳言い訳)」

「ファッキンだ蛇野郎。僕にはお前の言葉なんて分かんねぇ。あぁそれと、コレは思い出話だから! 決してこの子に担がれて言うわけじゃないから!!」


 サビークは目を細めて野郎のツンデレなんぞ要らんから早くしろと言わんばかりに舌を出す。


「…そもそも僕の時、つまり初代βテストの時は運営の忖度あったんだよ。全く、たかだか72時間決着がつかない程度で根負けして、その場でスキル追加はテストの意味ないじゃん! お陰であの人は今も…」

「シュ?(誰のこと?)」

「誰かって? さん。東のとある国を創った方だよ。とても完成度の高い都市だから今でもユノはテクスチャを丸々流用してる。だけど僕は……」


 自慢げに語る彼の様子を見て、あぁこれは話が長くなりそうだ、とサビークは蛇なのにため息をついていた。

 その日一日、扉の部屋では中性的な声色が延々と響いていた。


 ◇◇◇◇


 ≪東エリア  プロメテウス帝国≫-帝国領の南側


 小さなカフェテリアの会談はヘラの感謝から始まった。


「これまで依頼を受けていただきありがとうございました。東奔西走、単発かつ短いクエスト中心とはいえ大変だったと思われます」


 開口一番、感謝の言葉を出された挙句に頭を下げられてしまうと此方も対応に困ってしまう。


「う、うん…そうですね…」

「報酬の方は振り込みが宜しいと判断し、アイテムを数点ずつ配布しました」

「一応物の確認はしたよ…お金は0の数を数えるを諦める数だったね」


 億から兆の桁に入ったあたりで数えるのを辞めてしまった。死ぬまで使いきれないだろうけど生憎ここは現実世界じゃないんだよねぇ。


「報酬は妥当だと判断しています。何せ依頼内容は『各地のβテスターを覚醒させる』こと。黒白流転エスカマリのスキルでないと強制干渉は出来ないので」


 俺がハデ爺経由で依頼されたのはヘラがアップデートを進めるにつれて増やしたβテスターの覚醒だった。ほとんどは無自覚NPCのまま暮らしていたのだが、掲示板やバトルフィルムコンテストの影響で多くのプレイヤーに存在は知れ渡った。それを受けて隠すのを辞めることにしたらしい。

 毎回毎回、会ってはクエストを始めてライブラに天秤を振ってもらう流れが同じで作業感のある仕事だった。


 ただ、気になることはあった。


「この件は俺達にありがたい話だから引き受けたけどさ。運営側としてはなんていうか…その…緩くしてない?」


 デスゲーム始めた側が救済要素を出してきて、おまけにそれを使うよう促している。

 ハーデスといいこのヘラという運営といい、当初の運営の方針とブレているように思えた。

 そのことを突っついて話が無くなる可能性もあったが、好奇心には勝てなかった。彼女は顔色一つ変えずに即答した。


「えぇ私はユノが嫌いですから」

「……ほーん」

「ぶっちゃけますと死んで欲しいくらい」

「ぶっちゃけましたねー」


 思わず店内に監視カメラが無いかと探してしまう。

 けど、オーナーとか言ってたからハデ爺の冥界みたくこのカフェテリアも治外法権なんだろうな。


「はい。しつもーん」

「どうぞマナロさん」


 隣で紅茶を優雅に飲んでいたマナロがティーカップをテーブルに置き手を挙げる。


「そんなに嫌いならどうして全員ログアウトしてくれないんですかー?」

「それは無理です。そちらは仕事なので」


 ハデ爺と同じで協力的な割にそこは一貫して譲らない。それはAIだからか、あくまで運営の方針なのか。


「ですが、次の依頼で覚醒させてもらう方なら貴方がたの望みを別の形で叶えるかもしれません」

「ほぅ…」

「別の形…とな?」


 そう聞くと少しやる気が出てしまう。案外自分は単純なのかもしれない。むしろこんな世界だからこそ単純な方がいいのかも。

 俺はそんな事を考えながら話の続きに期待を膨らませる。


「次の覚醒者はプロメテウス帝国の『起源機関』。ヒロイズムユートピアで始めて観測された不死身のプレイヤーです」

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