第20話 エピローグ 俺等と彼女の邂逅

 エンヴィアとの決戦、バトルフィルムの公開されたユートピア国際映画祭から既に半月が経過していた。新たなアップデートを終えて各サーバーのプレイヤー達は次の目標へと行動を起こし始める。

 バトルフィルムという名の配信サービス強化は他人からの賞賛を求める一部のプレイヤー層を更に攻略に駆り立てていた。キッカケはバトルフィルムコンテストを優勝したグレイに感化された者達が後に続けと各地のクエストを進め始めたのだ。プレイヤー達は半月の間、未発見のクエストを見つけては掲示板に流し、仲間を見つけて配信しながらクリアを目指す。その動画を公開して評価されることに達成感と優越感を得ていた。ある攻略をメインに進めるプレイヤーはこう言った。


「何か、別の戦いになってない?」


 ≪東エリア  プロメテウス帝国≫-帝国領の南側


 さて世間がそんな状況になっている頃、大陸の東に位置するプロメテウス帝国の領内に一人の風変わりな女性が空から降り立った。俗に言うゴスロリドレスの彼女は街の賑やかな表通りから一本外れた道を歩いていく。黒い日傘を刺してのんびりと歩いていた彼女は小さなカフェの前で足を止めた。店の中を一通り眺めて目当ての人物を見つけると、傘を閉じて店のドアを開けて中に入った。


「いらっしゃいませー」


 店員が駆け寄ってくる中、店内の様子を伺うと、客は目当ての人物以外に誰も居ないようだ。店はカウンター数席とテーブル席3つの小さな造りで、シックなデザインの内装をしていた。


 実に良い。


 静かな店内は彼女が嫌う喧騒ノイズから最も掛け離れた世界だ。


「何名さまで…あらー…これはこれは『オーナー』様」


 来店した彼女の顔を見た店員は、接客用の笑顔を辞め、何のようだと言わんばかりの警戒した態度になる。


「はい私です。暫く大事な話をしているので鍵をよろしくお願いします」


 黒い日傘を傘立てに刺し、彼女は唯一客が座っている席へと向かう。


「マスター!! 『オーナー』が来たからちょっとの合間は店仕舞いだって!!」


 カウンター奥でグラスを磨いていた男は黙って頷き、キッチン下の赤いボタンを押す。すると、店のドアの鍵が自動的に閉められた。ドアに掛かった木板に書かれたオープンの文字は消えてクローズドに変わっていく。

 その中を進んで行った彼女はテーブル席の椅子に腰を下ろす。それを受けて対面に座ってクリームソーダを飲んでいた青年を顔を上げる。彼の隣には肩に熊と天秤のマークを刻んだ鎧を着た少女が紅茶がたっぷり入ったティーカップを持って座っている。


 青年はやって来た風変わりのオーナー様に声をかける。


「こうして対面で会うのは初めましてだね…呼び方はヘラでいいんだっけ?」

「はい、初めましてグレイ、マナロ。私がヘラ。ゲームマスターであるユノのバックアップシステムです」


 どこかのゲームマスターに瓜二つな彼女は死んだような目をして俺達の前に腰を下ろした。


 ◇◇◇◇


 エンヴィアとの決戦が終わった後、俺とマナロは周りからの追及を逃れるために数日程、ハーデスが統治している冥界で騒ぎが治るのを待っていた。冥界に行ったのは主に二つの理由があった。一つは天秤座であるライブラのクエスト達成を終わらせるため。主と認められたは良いが、このままでは一生ストーリークエストがクリアできずゲームが終わらないのだ。それにハーデスには聞きたい事が沢山あったからだ。


「儂が話すことなんて何もないけどなぁ」

「ハデ爺、あんた自分で自分を運営って言ったこと忘れてないよな? それにここなら地上を監視してる女神様には見えないんだろう?」

「…はぁ、儂も一部システムの仕組みを修正しないとなぁ。あんな方法で冥界に来られてはここを作った意味が無くなってしまうわ」


 頭を抱える老人を前に俺は悪い笑みでフレンド画面に浮かぶサトウタロウの文字を見る。これはハーデスの偽造アカウントでエンヴィア戦の前に交換していたのだが、なんとまぁフレンド間のテレポート機能であっさりたどり着けた。

 目の前に俺達が突然来た時のハデ爺の顔は完全に予想外といった表情だった。


「ライブラのクエスト達成もここで済ませちゃいたいからさ、数日よろしく!」

「本来ここは…データスクラップで…儂の趣味……もしもの時用の……」


 ハーデスは何やらブツブツと呟いていたが、結局は追い返すのを諦めて居座らせてくれた。ライブラの件やエンヴィアの件を見るに、此方に肩入れしてくれるようだった。

 ちなみにもう一つの重要な目的とは天秤座が嫌うマナロの完全蘇生。レッドラムはエンヴィアの持つ何かが蘇生には必要と言っていた。実はモノ自体は手に入っている。だが、これを使うのは少しだけ後にしようと思っている。


「だがグレイ。ここで過ごした後はどうする? いつまでもここで油を売っているわけにはいかないだろう?」

「順当に考えるなら6番目のストーリーボスを探すなり、アプデ内容をやっていくのが良いんだけど…」


 今回のアップデートにはレベル上限の開放や新規イベントの予告が沢山入れられていた。

 まぁその翌日に天秤座のクリアと同時に再アップデートも行われて今や地上は大混乱に陥っているが。


「で、目下の目的は人探しをしたいんだ。ストーリーボスは、ほっといても皆が見つけるでしょ」

「ほぅ…誰をかな?」

「とぼけんなよハデ爺。βテスター知ってんなら彼女も知ってるんだろ。エレネ…あのバグとチートの権化みたいな子だよ」


 それを聞いてハーデスの表情が険しくなる。


「会って…どうする?」

「エンヴィアと戦って身に染みた…俺のやり方、犠牲者を極力減らしてクリアをやるには必要だ」

「のんびり力を蓄えることも重要だと思うぞ? 彼女達のレベルも経験も非常に高いが、あれこそ多くの修羅場を限られた人数と装備で潜り抜けた賜物だ」

「ハデ爺が自分で言ったじゃん。それじゃ何度も同じ答えになるって」


 その言葉にハーデスは答えが詰まる。


「βテスターというユノがまだ予測出来ない要素を使っていくのが一番効果的じゃないかな?」


 幾度か考えを逡巡したハーデスはため息を吐くとステータス画面を開き、フレンド欄を開いて俺に見せてきた。僅か3名のフレンド欄には俺とエレネともう一人の名前が記されている。

 しかし、最後の一人は文字化けしていて読む事ができない状態になっていた。


「依頼人を一人紹介しよう。彼女の依頼を進めていけばいずれ…エレネにも会える」

「彼女? その人βテスター?」

「違う…彼女は今回βテスターを地上にばら撒いた張本人で儂達がかつてユノより先に稼働させた運営用プロトAIだ」


 現在はバックアップシステムとして活動し、ハーデス達の冥界を隠してくれたり不都合なログを消去したりとユノの最も近くで内通者をしてくれているらしい。


「ほぼ同一の性能であるため片方の行為はもう片方には中々見抜かれにくいという特性を利用して独自に動いてもらっている。まぁユノっぽい奴だ。少し情に弱くて人間ぽいかな」

「名前は?」

「神の名である『ヘラ』。ユノの同一存在としてはこれ以上無い名前だろう?」


 そういうわけで俺達はヘラからの個人的なクエストをハーデス経由で受けていた。

 今日は一定のクエストを終わらせた俺達と直接話したい事があるとの連絡を受けてこの店にやって来た。


「それではグレイ、マナロ。攻略ビジネスの話を始めましょう」


 こうして、俺等と彼女の邂逅、攻略過程の大幅短縮が始まった。

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