第19話 炎獄のリユニオン part【FINAL】

「終わったなぁ…」


 グレイが放った一撃は戦闘中だった他の戦線にまで影響を与えていた。数多くのモンスターを一撃の元にばっさりと切り捨てた。

 倒木の影からひょっこりと出てきたブロンクスは決着の場を眺めていたレッドラムにそう声をかけた。

 彼等の足下には数多のモンスターの死骸が転がっている。全員で1000体近くは倒しただろうか。しかし、レッドラムの顔色はまだ優れない。実際彼は顔面包帯ぐるぐる巻きで表情など読めないに等しいのだが。


「えぇ。これは勝ち、でしょう」


 レッドラムはブロンクスの言葉を肯定するようだ。

 しかし、その後すぐに『だけど』と付け加える。


「やはり、私達がやらなければならないことがあるようです」


 その言葉を聞いたブロンクスは一瞬だけ驚いたような表情になるも、すぐに笑い出す。


「そうかそうか。僕らの出番は…あるんだね」


 二人は早速周りの仲間たちに声をかけ始めた。


 ◇◇◇◇


 全身全霊を込めた一撃だった。ステータス画面に『状態異常』から始まる単語が溢れ出て並べられていく。反動でHPが減ったわけではない。どうも自分の脚にノイズが表れているようだ。


「私の法治ルール内で法外な力射手座を行使したんだ。死ななかっただけ幸運だと思ってくれ」


 決着の着いた場所に現れたのは天秤座だった。彼曰く、システムが矛盾を起こして処理落ちを起こしているとのこと。一度に一箇所で一プレイヤーに負荷をかけ過ぎた。


「それでもコレが望んだやり方だ。エンヴィアを葬るには一撃以外あり得ない」

「そこは同感だ。彼女が動揺している僅かな時間がチャンスだった」


 俺の目の前には上半身が消し飛び、残る下半身も塵芥となって消え始めたエンヴィアが居る。既にHPは0を表示している。勝利だ。まだ実感は湧かないが。


「さて、鐘を鳴らそう。この戦いに終わりを告げなければならない」


 天秤座が両手でこねくり回すように生み出したのは小さな真鍮のベルだった。

 そして、終了の音を鳴らそうとした瞬間、俺は何かがひび割れる音を聞いた。


「…………あ"!?」


 音の元凶は直ぐに分かった。エンヴィアだ。殺した筈のプレイヤーにひびが入っている。何事かと天秤座を見ると彼も驚きで目を見開いている。


「あ"〜あ、ああ、アハ、アハハハ」

「どこから声出してんだバケモンが…」

「どこって…ここに決まってんじゃないの!」


 下半身だけの物体の中からガワを突き破るように腕が2本出てくる。続けて、憎たらしい女の顔が新たな身体と共に中から出てきたのだ。それはまるで蛹から蝶が羽化するような変化だ。


「ぷはぁ…驚きに驚きよ。コレを使ったのは人生で2度目」


 エンヴィアは気色悪い笑みで言った。

 1度目がいつなんてどうでも良い。問題はあの女を倒せていないことだ。俺はすぐに二撃目を放とうと手を前に構える。しかし、何も出てこない。そういえば、マナロの声がさっきから一切聞こえない。


「おい、マナロ!?」

「……ぐぅ」

「グレイが負荷で動けないんだ。放つ武器の方は壊れる寸前でしょうね」


 エンヴィアの再生はどんどん進んでいく。このまま行けば戦闘前に戻ってしまうだろう。

 やられた。想定していた内で2番目に嫌な展開になってしまった。


「……ごめん」

「今更謝るのはおかしくないかしら?」


 全身を再生し終えたエンヴィアは俺を殺そうと一歩踏み出す。

 踏み出して、2歩目を踏むことは無かった。

 その足は、その身体は、突如としてクジラ座に開けられた大きな虚空の穴に吸い込まれていく。


「な、何よコレ!? どうして、こんな穴が!」


 エンヴィアには見覚えが無いだろう。これは最終兵器。沢山の犠牲で生み出す地獄への直行便だ。あの時、マナロを唆して殺しに来た時は逃げる為に使ってもらった。


「殺しに来たお前に謝るわけないだろうが…」

「じゃあ誰に言ってんのよ!!」


 不運にもエンヴィアは穴に落ちかけた際、端に手が届いていた。彼女が焦っているのは何も出来ないからだ。引っ張られる力に反抗出来ない。空ぐらい飛べる彼女が穴に落ちそうなことが異常事態なのだ。


「エンヴィア。脚に何を感じる?」

「え? な、なに…この焼けるような感触は」


 エンヴィアの両脚には沢山の蔓が巻き付いている。その一つ一つが真っ赤に燃えており、彼女に火傷のような熱さと痛みを与えていた。


「コレは彼等の選択だ。俺が射手座でもお前を葬れなかった時、死にかけのお前をあの世に連れて行く案内人が必要なんだと」


 自信に満ち溢れていた魔獣女帝の顔かま少しずつ恐怖に染まっていく。今度は偽りの無い恐怖だ。


「なぁエンヴィア。君がどれだけの人間を不幸にしてきたか知っているかい?」

「あ、ああ…」


 声の主は虚空の底に輝く紅い一等星。

 この計画を始めた元凶。

 紅い外套の殺人鬼レッドラムだった。


「終わりよければ全て良し…いささか都合の良すぎる言葉とは思わないか?」


 レッドラムは首を傾げながら問いかける。


「私の役目も終わる。人生も終わる」


 だが、その前に。

 彼はそう付け加えた。


「最期にやらなければならないことがある」

「それがコレだって言うの!!? こんなバカみたいな道連れをカッコ良さそうに言ってんじゃないよ!!」


 叫び声を上げるエンヴィアに誰も救いの手は差し出さない。

 何故なら、紅い蔓で引き込んでいるのはレッドラムの同期達。エンヴィアに殺されたβテスター達だから。彼等一人一人の顔を確認したエンヴィアの表情がどんどん曇っていく。


「エンヴィア。コレが最悪から2番目の状態なんだ。俺はこれから多くの仲間を失う。それもお前を地獄に送る為だけにだ。ごめんの相手は今、お前が見下ろす先に居る彼等にだよ。一緒にもっと冒険したかった…」

「…ヒェ」


 遂に、彼女の表情は絶望に染まりきった。

 もう逃げ場が無いことを自覚したのだ。

 そして、己の未来が変えようの無いものだと認めてしまった。


「いやだぁ死人の世界なんてもう行きたくない」


 初めて聞く泣き声だ。恐ろしいことにほんの一欠片も同情しない。レッドラムに至っては心底嬉しそうな笑顔になっている。


「あぁエンヴィア。やっと、やっと心の底から苦しんでくれたね。ようこそ、我らが炎獄の同盟に」

「あぁ…ああああああ!!!!!!」


 発狂しながら奈落の底へと消えていくエンヴィア。

 最も輝いていた紅い光が消える瞬間、一通のメッセージが送られていた。内容は短い一文だ。


 さらば友よ。


 紅い男とその仲間達はそう言って奈落の底へと消えていった。

 主人を失い悲しみからクジラ座が悲鳴のような鳴き声を上げる。その中で生存者である俺達もその場から離脱を決意した。


「あ、もうカメラ切っていいから」

「…了解しました」


 俺がそう言うと撮影役だったヒューガがバトルフィルムの撮影を終える。

 今回の戦いをバトルフィルムにしようと思ったのは他でも無いレッドラム達βテスターを記録としてどうしても残したかった。


「殺人鬼に本の頭した鬼に嫁自慢バカに…変な連中だらけだったけど、あんな奴等が俺のヒーローになってた。居なきゃ俺は死んでたし、マナロは助からなかった」

「一人どうしようも無い人間が居ましたけどね」

「そのどうしようも無い人間が一番協力してくれたんだから笑っちゃうよね」


 俺は寝てしまったマナロを背負うとヒューガと共に迎えのグリフォンに乗り込む。


 クジラ座から飛び立つ直前、俺は赤い亡霊に別れを告げた。


「今日のは確かに仲間というより友人だった。あばよ殺人鬼。絶対現世には帰ってくんな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る