第16話 炎獄のリユニオン part【2】
なのに、今この瞬間はその最底辺の武器に数千倍の体積を誇るモンスター達がこぞって押し寄せる。
目的はただ一つ。その小さな天秤を破壊すること。
エンヴィアの命に従った無数の使い魔達がたった一つの天秤に向けて一斉攻撃を仕掛ける。
「何でも良いから奴を止めろ、さそり座!」
一番最初に突っ込んできたのはなんの因果か必殺のさそり座、その強力な武器である爪のような大きな鋏だった。
大抵のプレイヤーなら鎧を紙のように切ってしまう鋏が天秤座へと届く前、左右に揺らめいていた彼の秤が平衡を保たれて静止する。
「『
天秤を中心として周囲に白い光が広がっていく。やがて鯨座全体を包み込み、球体の形となって消えていった。
壁無き世界の効果は球体に包まれた一定空間を三つのルールで強制的に縛り付ける。
一つ目。レベル調整により、さそり座の尾槍の勢いが急に衰える。
二つ目。参加人数の調整により、俺とさそり座の間に誰かが召喚される。
そして、三つ目。強化された支援魔法が掛けられた真紅の外套を挟んだ大鋏はその布切れ一枚に傷もつけられない。
「予定通り、私が一番に割り込めた」
外套の主は大鋏を軽々払い退けると、エンヴィアに向けて自慢の紅装衣を見せつける。
「レッドラム…」
「やぁエンヴィア、当初と予定は少し変わったが…君を殺しに来たよ」
そう言ってレッドラムは背中に背負った紅ケースから真っ赤なギターを取り出した。
彼は上側を持ち下側をエンヴィアに向けて鈍器のように突きつける。
「たかが一人雑魚が増えた程度…」
「おぉ…憎悪で視野の狭まった君は本当に愚かだな。自分のレベルをよく見ろ」
言われた通りにレベルを確認したエンヴィアは言葉に詰まる。
「今、この場に居るプレイヤーとモンスターは全てレベル200に固定される。それは君も例外じゃない」
エンヴィアのレベルは元々1000を超えていた。200に下げられたことでステータス、特にHPは一気に削られる。
「君の強みは圧倒的なステータスだ。RPGじゃ始めたての人間がプレイ歴の長い人間に勝つのは困難だが、レベルが同じなら分からない」
「それはアタシが下手くそだって言いたいのかな? 物量差って言葉ぐらい勉強してるよね?」
エンヴィアは人差し指を上に向けて指す。
その先には太陽を埋め尽くす程のモンスターが飛び交っていた。
「あえて質問に質問を重ねよう。君の腑抜けた耳は飾りか?」
次の瞬間、空の集団で一際巨大なモンスターであった青いドラゴンの首が急に斬り落とされた。4階建てのビルくらいはありそうなドラゴンの首が俺や天秤座の背後へと落ちていく。激突の衝撃により砂埃が辺りに巻き上がった。
「……あーあ、やっちまった」
「仕方ない、
墜落現場からは喧しいくらいに大勢の声が聞こえてくる。砂埃の中を突っ切って現れたのは数百人の人間達と鬼の身体に頭が魔導書の見覚えがあるモンスターだった。
「確かに
「オレワルクナイ、エンヴィアガ、シネバイイ」
「
墜ちてきた内の数名は魔導書館や奈落の博物館で会ったβテスター達である。
「はい、どーもありがとうブロンクスに
レッドラムですら、遠回しに真面目にやれと言っている。そんな彼等の登場に一番驚いていたのはエンヴィアである。彼女は俺が会ってから初めて両目を見開いて声を荒げた。
「何でよ、何でよ! 私の代はラムと私しか使ってないって……嘘ついたのか、あのクソ神がぁ!」
「いやいや、君に殺された恨みで死んでも死に切れず化けて出てきたのさ。一声かければ数百人は集まる。それだけ君は恨まれてる」
冥界でハーデスに聞いた限りでは、ユノは本当にレッドラムとエンヴィアしかβテスターとして起用してないらしい。
それ以外は第三次βテストの
さて、そんな彼女の保険と天秤座のスキルで強力な援軍はこれでもかと追加された。
援軍は第三次βテストの彼等だけではない。エルフを森に君臨する女王も、別ルートで侵入している魔王と勇者と村娘も、天秤座で再会した王女も、皆どこかに潜伏して気を窺っている。
「良く分かったかエンヴィア? 物量差なんて言葉は無意味なんだよ」
この戦いに生きたプレイヤーは俺一人。
他はいつかどこかで彼女の手により死んでしまった者達。
俺に殺された恨みはないが、射手座で絶望しかけた罪は死をもって必ず償わせる。
「
レッドラムの提案に俺は了解と頷く。
役者は揃った。女帝が少女を誑かし幕を上げた三文芝居は今日ここで幕を閉じる。
「覚悟を決めろエンヴィア。お前はここで負けるんだ…楽に死ねると思うなよっ!!」
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