第14話 ユートピア国際映画祭 サイド:JPN

《JPNサーバー》


 サーシャの動画を見終えたシン達はUSサーバーのバトルフィルムに舌を巻いていた。


「あれがサーシャ・ワーグナーですか。反応速度が人間とは思えませんよ」

「同感だ。MBOには居なかったし、同じゲーム内での動きを観るとヤバさがより明確に伝わるな」


 ヒューガとデッドマンはサーシャの動きを今の自分と比較しながら観ていた。しかし彼女の異常過ぎる反応速度と反射神経、そこに洗練された先読みが加わることで、弱点の無い超人の域に達していた。


「これより点数高い奴がいること自体信じらんねー」

「……そうですかね?」


 異を示したヒューガの態度に違和感を感じたシンはもしやと思い尋ねる。


「ヒューガ、君は1位の予想がついてるんじゃないか?」

「はい。僕は第1位を知ってます」


 デッドマンは眉をピクリと震わせ、聞き耳を立てる。

 ふとヒューガが辺りを見渡すとアイシャや姫、リミアに絶壁といった猪に参加したプレイヤー達全員がヒューガの言葉に耳を傾けている状況だった。


(誰も画面を見ていない…君は本当に好かれてますね)


 ヒューガは心の中で面白がりながらしたり顔で語り出す。


「実は、先日グレイと会いました。射手座の彼女…ええとマナロか。僕は彼女をグレイが殺したのかどうしても気になって」


 予想外の発言にその場の空気が凍りつく。

 それは暗黙の禁忌タブーとして誰も話題に出さなかった。既に射手座のクリアとマナロの死亡、両方は通達されていたからだ。

 シンは周りの様子を確認し、アイシャとリミアに視線で合図をしてから続きを尋ねる。


「……それで?」

「グレイは一言「そうだよ」と言って僕に仕事を頼んできました…それで終わりです」


 静まり返った食堂の中で、誰かが椅子を蹴飛ばし駆け出す音が響いた。

 ヒューガの下に駆け出した少女を一目見た者は止めようとせず静観する。


 迫る少女に殺意を感じたヒューガは回避のために立ちあがろうとするが、左側に座るデッドマンが振るった鞭で身体を強引に椅子へ縛り付けられる。

 更に右側に座っていたシンからは喉元へ長剣の刃先を向けられる。


 思わぬ裏切りにヒューガは両脇の二人へ抗議する。


「ちょっと、僕を殺す気ですか?」


 二人は迫る少女が座っていた椅子の両端に居た仲間に視線を移す。

 その場所に居たリミアとアイシャが頷いたのを確認したデッドマンは更にきつく縛り上げる。


「リミアは多分大丈夫だと。死なねぇから安心しろ」

「アイシャが止めずに送ってきたんだ。尋問くらいは耐えてくれ」


 その言葉に観念したヒューガは諦めて溜め息を吐く。即座に彼の首元から剣が消え、入れ替わるように少女の両手が着ていた着物の襟元へ届く。


 次の瞬間、椅子が床に勢いよくぶつかり激しい音が部屋の中で響いた。


「……いつ」

「痛っ…くはないですけど、重いですよグレイの妹」


 掴み掛かり押し倒したのはシオンだった。覆い被さる状態の二人。上に乗るシオンの両手はヒューガの襟元を掴み上げており、掴まれている方の首はだらんと垂れている。


 彼女はグレイが冥界にて射手座を攻略した日、二人を探しに西へ東へと駆け回っていた。そんな時のこと。


『クランの皆へ話があります——マナロ』


 その後、クラン内のチャットにはマナロが射手座になった告白と経緯がつらつらと記された。

 混乱した他のメンバーが何を聞いても返信せず、答えは射手座攻略、つまり死亡宣告として受け取っていた。


「いつ!? どこで!?」


 血走った瞳に当たり強い口調。心に余裕がないのは一目瞭然だった。

 爆発寸前の感情を擦り切れた理性が水面下ギリギリで抑え込んでいる。


「確か昨日です。場所は…何か凄い森です」


 因みにヒューガの言う凄い森とはβテスターのクラリスが統治するエルフの森の事だが、シオンには伝わらないので、はぐらかされたように受け取られる。


「そのぐらい思い出せっ! 他にはっ!?」

「他? えーと…う〜んどうしよう」


 要領を得ない答え方にシオンの苛立ちは募っていく。当時の記憶が次々と溢れ出し、

 あの通達を見た時、全身から力が抜けていくのをはっきりと感じた。


「……信じたくない」


 友達が死んで、殺したのが兄。

 そんな情報を文字で叩きつけられれば、頭の中はぐちゃぐちゃになる。

 おまけに肝心の本人が見つからないから言い訳も真相も分からない。


 もっと教えて欲しい、どんな様子だったのか、元気なのか、もしかしたら事故じゃないのか、きっとそう、あの優しい兄がマナロを殺すわけが…。


「だから殺すわけないって……ねぇ、貴方…どこ見てるの?」


 涙を隠そうとして視線を下に逸らしていたシオンがヒューガの顔を再び見ると、彼の視線は自分ではなくディスプレイの方を向いていた。それに子供のような笑みを浮かべている。

 

「あ〜ホントこれだからゲームは…面白いです」


 何故笑っていられるんだ、衝動のまま殴りたくなるのを堪え、現実なら唇を噛み切りそうなぐらい力を込めて問いただす。


「お前の感想なんか聞いてないっ! 場所を言え!!」


 ヒューガはシオンに視線を戻すと、大きなディスプレイの方へ目配せして答える。


「そんなこと、そこに映る本人に聞いて下さい」


 その言葉で全員の視線がディスプレイに集まる。

 未発表のバトルフィルムコンテストの第一位。それが遂に発表された。


「第1位、JPNニホンサーバー」


 第1位の動画のサムネイル画像には一人のプレイヤーが映っていた。それを観たシオンの手は自然とヒューガから離れていた。

 もはや食堂に居た全員の視線が画面に釘付けとなっている。


「居た…」

「居ました…」


 動画に映っていたのは紛れもなく音信不通のグレイだった。


「獲得点数44万点、動画タイトル『炎獄えんごくのリユニオン』動画撮影者ヒューガ」


 JPNサーバー内は歓喜の波に包み込まれる。チャットは大盛り上がり、店の外からも叫び声が上がっている。


「でもおかしくない? あの点数…」


 他のサーバーのプレイヤー達は祝福より前に表示された獲得点数に疑惑が集まっていた。

 シン達も直ぐに気がつく。ケタが明らかに一つおかしい。


「……ん?」

「は?」


 これまで発表されてきた獲得点数は3位RUSサーバーの9999点、2位USサーバーの1万点。

 だが、1位のグレイとは雲烟万里うんえんばんり


「はあああ!!??」


 その差、2位と43万点。誰が見ても数字バグとしか思えない。

 その反応を想定していたのか、動画の見どころを放送する前にユノが初めて前説明を挟む。


「本フィルムの再生回数はたった1。理由は締切ギリギリの投稿になったせいです」


 それなら尚更と、誰かが言う前にユノは話を続ける。


「それでもこの点数なのは、倒したモンスターの数と質が他とは別次元だからです」


 ユノの説明はそこで一旦止まり、バトルフィルムの再生が始まる。


「それではフルでご覧頂きましょう。グレイVS魔獣女帝まじゅうじょてい。今宵の対決は少しの理不尽と多くのネタバレを提供致します」


 ◇◇◇◇


 最初に映ったのは大空の風景。そこから視点がグリフォンの翼を経由して下に広がる島へと切り替わる。


「こんなこと聞きたくはないですが、勝算は?」


 映像はグリフォンの背に乗る一人の青年を映していた。彼は見慣れない黒い外套を着ていたが、灰色の髪と背負った紫色の弓は変わっていない。

 撮影者であるヒューガの投げた質問で彼の視線が此方を向いた。気のせいか彼の雰囲気は前より澱んで暗くなっていた。

 しかし、目は死んでない所か今まで以上に強い光を宿している。


「ある。今日は死神が味方してくれるからね」


 自信満々のグレイを乗せたグリフォンはゆっくりと下に映る島、方舟の鯨座へと降下していった。

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