第13話 ユートピア国際映画祭 サイド:U.S
《JPNサーバー》
話は一旦JPNサーバーのゴルディオンに戻る。
いきなり店内に現れたヒューガと彼に絡まれたシン。二人は互いに目を合わせたまま一歩も動かない。
プレイヤー達が集まった食堂のディスプレイには既に第3位であるロマノフの動画が流されている。
「興味は無いんですか? 3位は皇帝ロマノフみたいですよ」
「観たいよ。だから早くこの茶番を終わらせたい」
にっこりと笑顔を向けるシンだが、ヒューガから見た彼には油断も隙も無い。抜き身の刃。既に首筋に刃先を当てられている気分。
何故、普段温厚な彼がここまで苛立っているのかヒューガは理解できない。
理由は想像できても納得はしない。それはヒューガがシンの立場なら喜ぶことだから。
しかし、諦めがついたヒューガは両手を上げて降伏のポーズを見せた。
「さっきのはジョークです。今日、その気は無いですから。僕に聞きたいことがあるんでしょう? 例えばそう…グレイのこととか」
探るような視線。ジッと見定めていたシンはその言葉に嘘偽りが無いと判断し、小さく溜め息を吐く。
その後、隣の卓から椅子を引っ張り出すとヒューガの前に差し出した。
「話はアレを観ながら聞くよ。とりあえず座ったら?」
「では、お言葉に甘えて…」
ヒューガが席に着いたことで二人の雰囲気は先程に比べて柔らかくなり、他愛無い世間話が始まる。
それを見て他のプレイヤー達もようやく重圧感のある空気から解放される。
「ご心配なく皆さん。祝宴に水を差すような事は致しませんので」
「なら来るなっ!」とその場の全員が心を一つにしたことにヒューガは勿論気づいていない。
そうして、彼等は第2位であるUSサーバーの映像を視聴し始めた。
《USサーバー》
ヒューガとシンの一件がひと段落した頃。
全サーバー最強のプレイヤーを保有するUSサーバーではRUSサーバー以上に阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
「ありえないっ! 僕らは彼女達より凄い物を見逃したって言うのか!?」
このサーバーではユノによる公式発表前にプレイヤー間での人気投票を行っていた。
その中ではサーシャとドナが挑んだ蠍座との激闘がぶっちぎりで1位。その他にも多くの動画が名を連ねたが、その全てが既にランキングに登場している。
「だがっ…結果はそれを示している。救世主を超える逸材を僕等は見逃したんだ。何たる不甲斐なさっ! 節穴っ!!」
USサーバーの阿鼻叫喚はサーシャが負けた事よりも負けた動画を事前に見つけられなかった自分達の見る目の無さで起きていた。
「あはは、あはははっ!!」
「ドナ笑い過ぎ…ふふふっ」
酒場に集まって結果発表を観ていたドナは腹を抱えて笑っていた。
そんな姉を隣で諌めようとしてサーシャも堪え切れずに笑い出していた。
「負けちゃった、いやアレで負けるか〜」
「結構自身あったのにね。本当この世界は面白いや」
彼女達が笑い疲れて落ち着いた頃に、ユノの発表は最後の一つを迎える。
「では映えあるバトルフィルムコンテスト第1位……」
ユノは視聴者を監視しているのか、第1位の発表は他よりも長く伸ばして焦らしていた。
その間、ドナとサーシャは自分達を超えた優勝者の予想をし始める。
「私達より上って誰かしら?」
「…あ〜
最初の広告動画以降、ただの一本も高得点の動画が存在しない。それだけでサーシャはグレイだと結論づけた。
ドナは口角を緩めて妹を可愛がるよう撫でながら何度も首を縦に振っていた。
そこに、彼女達がヒロイズムユートピアで新たに知り合った別の女性プレイヤーが話題に入ってくる。
「ねぇドナにサーシャ。1位があり得るとしたらEUサーバーの『
EUサーバー。実は彼等のバトルフィルムは100位以内に幾つか入ってるもののトップ10には一つも入っていなかった。
事前予想は結果発表の一週間前に行ったため、それ以降に投稿されていればUSサーバーの目を掻い潜った可能性もあると彼女は指摘した。
名前の挙げられたビスマルクは、シミュレーションやタワーディフェンスを得意分野とする人物で嘘か真か現実ではチェスのグランドマスター経験があるとか。
「ビスマルクなら多人数を使った戦闘、今回ならうみへび座と蟹座のような戦闘が最適に思えるのだけれど?」
しかし、ドナが真っ先に否定する。
それはRUSサーバーのロマノフと同じく悩む間も無かった。
「いや、EUのビスマルク…マリーは絶対無い」
「それは何故?」
納得いかないと言わんばかりに食い気味で尋ねる彼女を放ってドナはグラスにウィスキー紛いのドリンクを注ぐ。
「あの子、こういうの絶望的に向いてない」
「……向いてない?」
首を傾げる彼女にドナはグラスの中身を一口で飲み込むと、懐かしそうにビスマルクの事を語り出した。
「マリーってね。本っ当につまんない戦いが好きなのよ。肌がひりつくとか限界ギリギリとか大っ嫌いで、勝つまでに何も起きて欲しくない子なの。ドラマなく作業で勝ちたい子なの。予定調和しか望まないの。気合いとか根性とか奇跡とかが死ぬほど嫌いで淡々と戦術と戦略で優位に立って、運をこの上なく排除した戦いしか出来ないの」
早口で捲し立てられるように紡がれたビスマルクの人物像はバトルフィルムコンテストには不適と言わざるを得ない内容だった。
そこまで言われた彼女が口に出来たのはたった一言。
「それはゲーマー?」
それに対してドナは少し逡巡して言葉を選びながら答える。
「
「おードナもそろそろだ」
サーシャの何気ない一言で心をグサリと刺されたドナは目の前の卓に突っ伏してしまう。
「はぁ…終わる前にいい男が欲しい…ねぇサーシャ、カイリ取ったらダメ?」
「……ふぇ」
顔の向きだけサーシャの方に変えると冗談混じりに話を持ち掛けた。今までそんな話をしてこなかったので、つい妹の反応が気になったのだ。
そして、サーシャの反応を見たドナは一瞬で飛び起きて妹の顔に手を当てる。
「…いい? その顔、絶対テレビに映しちゃダメよ」
「……ひゃい」
人生で初めて妹の顔面崩壊を見た姉が思うことは、ただそれだけだった。
散々こねくりまわされたサーシャが意趣返しとばかりにドナに提案する。
「あ、そうだ。ロマノフで良ければ紹介する」
「あの子はちょっと…我が強すぎて…直ぐ別れそうで嫌だ」
その時、遠く離れたはずのRUSサーバーで皇帝ロマノフは暖房の効いた部屋に居たのにくしゃみが止まらなくなったとか。
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