第2話 流転の天秤座 part【2】

「先客が来ている。失礼の無いように」


 ライブラは俺たちにそう言って館の鍵を開けた。中に入ると、大きな玄関に出迎えられる。壁には左右に同じ風景画が掛けられ、床には汚れ一つない大理石が白一面に広がる。正面には二階へ続く階段が左右に分かれている。既に外から見た牧場の印象は180度反転し、今は貴族の屋敷に思えてくる。


「あぁ、二人とも。新しい来客だ、降りて来てくれ」


 ライブラが二階へ向かって呼びかけると、扉の開く音が聞こえて来る。そして、二人の男女が二階の柵伝いに此方を見下ろして来た。


「マジでか、先客って…嘘…」


 意外なことに、先客とは俺が知っているプレイヤーたちだった。向こうも俺を見て驚いている。


「君、確かゴルディオンに居た…」

「ヘリオスに…ピジョン…?」


 ヘリオスとピジョン。彼等とはデッドマンに呼ばれて半ば強引に参加したミヅハの王位継承権争奪戦において、異なる陣営として戦った。NPCとして記憶を書き換えられた元βテスターのヘリオス。そのヘリオスを支えていたデッドマン曰く『VRゲーム史上最高の鍛治師』ピジョン。その二人が、ライブラの館に居たのだ。


「おや、グレイはあの二人を知っているのかい?」


 レッドラムが興味深そうに此方を覗いて来る。


「西でイベントがあった時にちょっと…」


 彼等とは面識がある程度で、あまり話した覚えは無い。素直に再会を祝うべきか言葉に悩む。


「そうかそうか…命の恩人である私にすら話せないのか」

「え!? いや、そんなわけじゃ…」


 帽子を目深に被り左手で口元を抑えるレッドラムは、静かに肩を震わせていた。まるで、俺が泣かせたかのような有様である。ヘリオスとピジョンはレッドラムを知らない為、彼の対応に困る。しかし、ライブラは脚を止めて振り向き様に右手でレッドラムの頬を平手打ちする。


「くどい、ラム。私は嘘と偏りが大嫌いだ」

「…知ってるよ。全く、こんなのアイスブレイクに決まってるじゃないか。すまないね三人とも」

「お、おう…」


 すると、ライブラは表情一つ変えずに続けて左手の平手打ちをレッドラムにお見舞いした。今度は、何故引っ叩かれたか見ていた俺達も分からなかった。レッドラムに至っては紅く光る眼を何度も瞬きさせ、叩かれた部分に手を当てる。


「くどい、ラム。私は嘘と偏りが大嫌いだ」


 同じ言葉を吐いたライブラに俺は思わず問いかけた。


「まさか、片手だけで叩いたのが気に食わなくて反対の手で叩いたのか…?」

「当然。このままでは左頬と右頬のダメージと釣り合わない。同じ力で叩き、寸分の狂いなくダメージを与える。これが私の流儀だ」


 これはまた、数多くのNPCやβテスターをひっくるめてもトップクラスで面倒臭いキャラである。叩かれた方はたまったもんじゃない。


「はは、まぁライブラはこういう人だ。昔、世話になった時からこの生き方を変えていない」


 レッドラムの懐かしむような思い出話には興味無いのか、ライブラは急かすように全員を奥の部屋に案内する。


「話はこの部屋で行う。均等に分かれて座りたまえ」


 奥の部屋は、豪華さの欠片も無い殺風景な部屋であった。並べられた長方形の机に椅子は装飾の施されてない簡素な造りになっている。俺達はヘリオスとピジョン、レッドラムと俺に分かれて二人ずつ椅子に腰掛ける。ライブラは当然四人の間にある椅子、俗に言う誕生日席に腰を下ろす。


「さて、私のストーリークエストが始まったわけだが…グレイ、君は私をどうする?」

「どうするって…ええと……」


 俺は思わず隣に座るレッドラムに視線を移す。彼に言われたのはマナロを嵌めて殺したエンヴィアを倒す為、ライブラに秤にかけてもらい釣り合わせるという話。それが、ライブラを倒す事で得られるドロップアイテムなのかは聞いてない。


「グレイ。自慢じゃないが私は最弱のストーリーボスだと自負している」


 ライブラはそういうが、先程見たステータス画面には測定不能の文字がびっしりと並べられていた。


「本当だよグレイ。試しに机の上に置いてある花瓶をライブラに投げてみると良い。彼はそれで死んでしまうから」

「ラム。事実を言わないでくれ」


 流石にそれでは初期エリアの雑魚敵より弱い事になる。そんな馬鹿なと疑心暗鬼になっていると、斜め前に座っていたヘリオスがピジョンに向かってラムと同じような事を言い始める。


「ピジョン。貴方も騙されたと思って石を投げてみなさい。彼死ぬわよ」

「ヘリオス…ありがとう。左右から言われないと私の気が狂う所だった」


 ライブラは何故か嬉しそうな表情をしていた。聞いているこっちの身からすれば、何言ってだこいつ、の状態であるが。本当に彼は左右対象に物事が進まなければ納得のいかない性分のようである。最早狂気といえるその拘りに俺もピジョンも引いていた。


「えと、俺は貴方が正確に物事を測ると聞いて来ました。エンヴィア…あいつは強すぎる…言いたくないけど…今のあいつには勝てる気がしない」


 悔しくて歯軋りしながら語る俺の話をライブラは黙って聞いていた。


「ライブラ、貴方はストーリーボス。だけど、出来る事なら、俺に協力して下さい。俺にあの子を…マナロを助けさせて下さい。お願いします」


 俺は深く頭を下げて祈るように頼み込んだ。


「うん、良いだろう」

「…ふぇ、そんな簡単に!?」


 ライブラは二つ返事で了承してくれた。意外も意外。予想外の事態に俺は変な声が出てしまう。


「エンヴィア…彼女のようなバランスブレイカーは許されない。私が釣り合わせる」


 敵ながら頼もしいことを言ってくれる。普段なら簡単に信じ込まないのだが、マナロの復活を賭けた今はライブラに縋るしか俺には道が残されていなかった。


「ただし、グレイ。私は曲がりなりにもストーリーボス。自分の都合で君に力は貸せない」


 急転直下。再び絶望の底に落とされたような気分になる。


「そ、それじゃあ、結局無理って事?」

「慌てないでくれ。つまり、私の用意した二つの試練を潜り抜ける事で、『私を使う権利』を手にして欲しい」


 その言葉を聞いたレッドラムは全て察したのか椅子を蹴り飛ばすような勢いで立ち上がる。


「待て、ライブラ!!」


 珍しいラムの慌てようを見て俺にも緊張が走る。しかし、彼の静止を気にも留めずライブラは試練の内容を口にした。


「なぁに、簡単な仕事さ。ちょっと牧場を…してくれよ」


 ……今なんて?


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