第5章:流転の天秤座

第1話 流転の天秤座 part【1】

 そこはいやしの空間。虫のさざめきと川のせせらぎが心地良く、木々の間を通る風が鳴らす森のざわめきが耳を癒す。太陽をはばむ雲も空には一つも無い。暖かな日差しが身体を癒す。


「良い日だ…こういう時の森林浴しんりんよくとは素晴らしいモノになると思わないかい?」


 声の主である男は両手を大きく広げて気持ちよさそうに背伸びする。真紅のコートが太陽の光に反射してつやめいている。


「空気も……まぁそれなりだ。こんな土地なら動物もよく育つのだろう」


 深く息を吸っては吐き、身体から不浄ふじょうな成分を取り除く動作を繰り返す。ラジオ体操たいそうを始めた男は、背後のかぶに座っている仲間に呼びかける。


「どうしたグレイ!? 元気ないぞ!」

「———納得いかない」

駄々だだをこねちゃあいけないな! マナロを助ける為に必要な事だ!」

「おいレッドラム。俺はマナロを助ける為にエンヴィアを殺す事を決めた…」

「そうだなっ! そこでっ、天秤座ライブラのっ、力を借りる為にここへ来たっ!」


 現在、グレイとラムが居るのはライブラの館と呼ばれる天秤座てんびんざの住む牧場である。彼等は、先日この牧場に訪れた。わらにもすがる思いでここへ来たグレイは期待に胸膨むねふくらませて玄関をもぐろうとし、ドアに手をかけた。


「けど、中に入れなかったじゃねぇか!」


 しかし、ドアは開かなかった。真ん中にかぎが付けられ、押しても引いても開かないドアがそこに立ち塞がった。牧場の中を夜明けまで探し回ったが、太陽が上まで登る今の今まで天秤座を見つけていない。


「どうすんだっ! 最初っからアテが外れてるじゃねぇか!!」


 レッドラムはグレイの叫びに嬉しそうな笑い声をあげる。不思議に思ったグレイは不服の視線を送る。


「何で笑う…?」

「何でって、君が元気を取り戻したからに決まっている。昨日の夕方まではこの世全てに絶望ぜつぼうした人間の顔をしていた。何度なんどか見た事があるが、本当によく似ている」


 それは何処どこでと聞きたくなったグレイだが、何とかのどの下で言葉をき止める。レッドラムは、コートを脱ぎ捨てると全身包帯巻ぜんしんほうたいまきの身体で空手からての構えを取り、演武えんぶを始める。


「私も驚いているっ! ふっ! 奴はだいの引きもりだ。それ故にっ、招待状しょうたいじょうを持たない人間はここに入れない。奴の招待が無ければ、あの看板かんばんだって見えないんだよ…ふっ!」


 グレイは後ろを振り返り、ライブラのやかたと書かれた木の看板かんばんを見つめる。綺麗きれい木製もくせいの板は茶色いペンキで色ムラ無く塗りつぶされている。ここが仮想世界かそうせかいで無ければ職人技しょくにんわざたたえていた。


「我々は確かに歓迎かんげいされている! なのにっ、主が留守るすなのはいただけない! せいやぁっ!」

「ラム、その胡散臭うさんくさ演武えんぶやめてくれ。意味が分からない」


 先程さきほどからレッドラムが何故なぜこんな事をしているのかグレイには一切説明いっさいせつめいが無かった。側から見れば高齢者こうれいしゃ健康維持けんこういじで行う太極拳たいきょくけんを何となく再現しているようにしか見えない。


「全く…君は私が意味も無くこんなふざけた形を踊っていると思ったのかい?」

「いきなり、服脱ふくぬいで始めたら皆そう思うだろうよ」

「グレイ…僕の言葉を忘れたのかい? 天秤座ライブラはかりいをおもんじる。そして、奴は均衡バランスに関わる物は全て知っている。無論むろん左右対称シンメトリー均衡バランスを大事にする演武えんぶなら尚更ね」

「でも、適当なんだろう?」

「ここは奴の土地だ。気づいているかい? …牧場含めて全てが左右対称さゆうたいしょうに建てられている事に」


 その言葉を聞いたグレイは、ぐに振り返りライブラのやかたをもう一度見直みなおす。真ん中に二階建にかいだての建物たてもの、左右に広がる牛舎ぎゅうしゃさくの中に入っている動物の数も全く一緒。看板かんばんの位置は建物の丁度ちょうど真ん中に設置せっちされている。もしやと、思い立ち上がると座っていた切り株は看板の先にもう一つ置いてある。


「怖いくらいだろう? 奴は均衡きんこうバカで、そうで無い物を嫌う。こんな所でかたも無い演武えんぶを踊ればだ……」


 腰を落として両手を前に突き出す構えをしたレッドラム目掛けて前方の左右二方向さゆうにほうこうから突然ナイフが飛んでくる。レッドラムは、予期よきしていたかのように飛んできたナイフを指でつまむと地面に放り投げ、森の方へ向かって声をかける。


「ライブラ! 遅いじゃないか!」


 すると、森の奥から一人の人間が歩いてくる。日の光が届く距離きょりまで出てくると、その異様いような姿にグレイはまゆひそめた。

 彼、彼女と言うべきか、中性的ちゅうせいてきな身体付きに顔立ちに短く切りそろえた髪の毛。しかし、右半分は黒髪くろかみで左半分は白髪はくはつに分かれている。瞳も白目に黒い瞳と黒目に白い瞳のオッドアイ。唇は普通の赤さだが、衣服は左右対称シンメトリーのモノクロ揃えである。

 レッドラムがピンピンしているのを確認したライブラは怪訝けげんな表情になる。


仕留しとそこねたか…空手からてに謝罪しろ犯罪者」

「ごめんよ。君を見つけるにはコレが手っ取り早くて」


 男性の低い声と女性の高い声が被さって聞こえる不思議な声色こわいろを使うライブラは、正に左右対象シンメトリーの鬼であった。


要件ようけんは聞いている。中に入れ」


 グレイ達に背中を見せてドアに向かったライブラは、両手で別々べつべつかぎを取り出すと、同時に回してやかたの鍵を開ける。入る直前、彼はグレイ達の方へ180度身体をひねった。


「ようこそ、弱者達じゃくしゃたちよ。強者きょうしゃを自らの世界まで落としたければこの門をくぐれ。両者りょうしゃ価値かちを私が釣り合わせよう」


 その瞬間、グレイの目の前の画面に、あのメッセージとアナウンスが流れる。


「これより、ストーリークエスト『黒のそら、白のはかり』を開始します」




 名前:The Wandering Libra流転《るてんの天秤座》

 レベル:閲覧不可

 HP:閲覧不可

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