第37話 エピローグ 焦熱のレクイエム
東エリア プロメテウス帝国領 ◼️◼️◼️牧場
赤い帽子に赤いコート、赤を意識した装備を身に纏う男は柵の先に牛や馬が見える牧場を目指していた。肌を隠すように包帯を巻き徹底的に顔を隠す姿は、怪しさ極まりない。彼は鼻歌混じりに牧草地帯を抜けていく。ふと、彼は肩に寄りかからせた一人のプレイヤーに視線が移る。正確には放心状態になった一人の青年、グレイであった。
それは、エンヴィアが殺したプレイヤー。
そう思い込んでいるのは、他でも無いエンヴィアのみであるが。
「まだ終わらない」
「……ラ…ム……?」
朦朧とする意識の中で、最初に思い浮かんだのは、一人の少女が目の前で消える瞬間だった。
「う”っ! おえっ…」
気持ち悪い。頭が痛い。目の前で人が死ぬのを見たのは、アレが初めてだった。
「いただけないね。血も骨も肉も見ていないのだから、マイルドな方だ」
「何で、生きてるんだ…よ」
「それは、私? それとも君のこと?」
両方だと言う気力すら残っていなかった。
レッドラムは俺の表情でそれを察したのか、事の次第を説明し始める。
「私はスキルの恩恵と言えばいいかな。端的に言えば、不死身だ」
「そうかい…」
驚きはしない。異常なレベルも異常な武器も異常なスキルもあり得ないとは言い切れない。あの悪魔がまともであるとは考えたくも無い。
「君は幽霊司書に感謝すると良い。彼女がアンリカの魔法を君に渡していてくれた。危機的状況でのみ私の下に強制転移させる魔法。本来は私が悪事を働いた際に私を一瞬で殺すための魔法だったが…まあ物は使いようさ」
最悪だ。それが答えを聞いた俺の感想。先に調べておけば有効な利用方法も思いついただろう。
「ごめん…」
この声が消えた彼女に届くわけがない。言えば言った分、辛さが増すばかり。そして、下を向いたまま何も喋らなくなった俺は、壊れた人形の様に表情すら満足に動かせなくなる。そんな中、レッドラムは優しい声色で、ウソのような言葉を、俺に聞こえるよう確かに呟いた。
「悲劇の射手座は終わらない…いや、終われない」
「え…?」
その言葉に耳を疑い、俺は顔を上げる。
「君が手にした弓は紛れもなく射手座の戦利品さ。しかし、討伐アナウンスは誰も聞いていない。気が付かなかった?」
恐る恐るメニューから進行中のクエスト一覧を覗く。ラムの言う通り、まだそこには『悲劇の射手座』のクエスト名が記載されていた。
「エンヴィアは知らない筈だ。なんせ彼女は自分達のテスト時の射手座に参加してない。詳細を知らない。当時、私一人で始め、終わらせた。誰もかれもが私の話を全容として捉えるしかなかった。ふふ、どれだけ噓に塗り固められているかも知らずに彼らは信じた。エンヴィアですら確かめようがなくて諦めた」
「…じゃあ! まだ、可能性は、希望は…あるのか?」
藁にも縋る思いで悪魔、レッドラムに問う。
「やはり責任を感じているのかい?」
溜め込んでいた感情が爆発する。
「責任…ああそうだよ! あいつが射手座って皆に知られて! 恨まれて! 悩んで! それでも皆いたら…死なずに済んだかもしれない……」
聞き終えたレッドラムは、一呼吸挟んで間をとって声を出す。
「それなら、杞憂さ。どの道彼女は死んでいた。悪意の中で死ぬよりは君の英雄として死んだ方が良い」
「そんな事ない! 広めた時に振りかかる自分のリスクに怯えたんだ。俺はあの時、内輪で片付ける事に拘ったんだよ! エンヴィアから逃げるなんて誤魔化し使って援軍を減らして。保身したんだ…最初から、あぁ誰か頼れば良かったんだ」
後悔と自己嫌悪が止まらない。レッドラムは同情せずに結末を分析した己の考えを述べる。
「どうかな。話を広めればきっと保護派と討伐派に割れ、最悪プレイヤー同士の戦争まであり得た。無関係の犠牲者をゼロに抑えた君の判断は結果的に良かったと思うけどね」
そう言ったレッドラムは足を止める。
「さて、本題に戻ろう。射手座の本質は
俯いていた俺は最後の言葉で目を見開く。
「エンヴィアは認知していても見つけられなかった。我らがトップ、アンリカは我流で術を編み出したが、射手座を経験してない故に満点では無かった。アレはデメリットが多すぎる」
「けれど、当事者のお前は見た。答えは存在するんだな?」
相変わらず表情の読めない男だが、口角が上がるのは顔の動きで分かる。図星だ。
「だけど問題が一つある。どうしても必要なアイテムがあってね。都合悪く今のヒロイズムユートピアには一人のβテスターしか所有していない」
それが誰の事は言わなくても分かる。
俺は自らの脚で地面を強く踏み出す。借りていた肩から腕を退かすと、レッドラムを強い眼差しで見上げた。
彼は俺が立ち直った事を確認すると、僅かに目を見開き、紅い瞳を輝かせて話を続ける。
「まずは所有者エンヴィアを倒す。我々でね」
俺は付け足した言葉に引っ掛かりを覚えた。
「我々…ね」
「私もあの悪魔には一杯食わされた。ただやり返すだけでは満足しない」
ケートゥスで話した時、いつか殺しを手伝ってもらうと言われていた。まさか、自分から望んで協力することになるとは、当時夢にも思わなかっただろう。
「———戦況は圧倒的不利。戦力も情報も差がありすぎる。一人が二人になって勝てる相手じゃない」
「そう、エンヴィアは今この世界で個人が持って良い力の範疇を逸脱している。そこが突破口さ」
レッドラムは山道の先に向けて指を刺す。
「どちらかに傾き過ぎた時は、誰かが平衡に保たなければならない。だから、公平で平等で公正な判決を目指す第三者に釣り合わせてもらうのさ」
指先を追って正面を向いた俺は牧場の柵が目に入る。どうやら、目的地に着いたらしい。木製の看板に書かれた文字は、この場所の名前と、誰がこの場所の主が一目で分かるようになっている。
そう、五番目がそこに居た。
『ライブラの
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