第35話 悲劇の射手座 part【7】
「
エンヴィアの手元に古びた琴が転移してくる。頂点に
「マナロ、
「あの人の技なんて全部危険でしょうが!」
弦を弾かせたらマズイ。それだけは、はっきりとしていた。エンヴィアがピンと張った弦に指をかけようと腕を前に出す。
「させるか『ボルテクスレイ』!」
反射的に放った矢は標的から斜め上の方向へと飛んでいってしまう。外したわけではない。撃つ瞬間、強い地震に襲われて姿勢が崩れてしまったのだ。
「今のはなんだ? 都合よく津波でも起こせるのか?」
「こんなでも一応はゲームだ。そっちに勝ち目を残してあげる。鯨座が潜行するまでに耐えられたら、援軍とやらに拾ってもらえるね」
エンヴィアがそう言った後、遠くからくぐもった鳴き声が聞こえ、再び地震が俺達を襲ってきた。今度は膝をついて前のめりの態勢に崩れてしまう。
「ただし、終幕まで最短で進めさせてもらうから」
突如として、空に描かれた
「鏡面世界よ、我が命令に屈しろ!英雄絶技『
エンヴィアが弦を弾くと、耳に障る不協和音が鳴り響く。呼応した魔法陣からは3つの影が地面に降り立った。
「おいエンヴィア…その人達、プレイヤー?モンスター?」
まず一人目、蒼き衣を見に纏い、深く被る帽子で顔色の伺えない銃使い。次に二人目、深淵の如く黒く顔半分を仮面に隠した女悪魔。そして、白いダッフルコートを着込み、袖からは雪のような白肌を覗かせる少年。
「並のボスならポップコーンみたいに弾け飛ぶから——三十秒は…持つよね?」
射手座を押し付けられて青い亀裂の入ったエンヴィアは、彼等の前に踏み出ると、俺達に向けて威風堂々と宣言する。
「命令、男は捕らえなさい。女はアタシの元へ寄こしなさい」
彼等はエンヴィアの指示に応答もせず、頷きもしなかったが、視線の先は間違いなく此方を捉えている。獲物を狙う狩人のように、飢えた獣のように、動き出すタイミングを見計らっている。
「言わなくてもわかるな?」
俺は、小さな声でマナロに耳打ちする。
「勿論——逃げっ……」
彼女が答える途中に、突如として銃使いの姿が消えた。
「後ろっ!」
マナロの声と同時に背後から火薬の匂いが立ち込めてくる。銃使いは俺の背後に現れていた。
首を後ろに回す猶予は無い。咄嗟に身体を捻りながら、左脚で銃を突き出されていた右腕を馬蹴りの要領で蹴り上げる。
「そう簡単にやらせ……」
視界が180度上下に反転する。
どうやら、軸足を足払いされたようだ。揺れに揺れて定まらない視界の中、銃使いは明らかに俺ではない方向に銃を向けている。
「ポラリス『
「ッ!」
銃使いもゼロ距離で紫紺の槍尾が出てくるのは予想外のようで、反応に遅れて命中し、空まで突き飛ばされた。槍尾は放物線を描いて鯨座の外、海の中まで伸び続ける。
「次ッ!」
「あっちの二人も動いてきます!」
マナロは弓を取り出すと、残りの二人を探す。すると、呼応するように女悪魔が動き出した。背中から業火に焼き焦げた天使の翼が生やし、一対の翼を広げた悪魔から神々しさと禍々しさが両立した堕天使へと移り変わる。彼女の両の手には淀み切った黒い煙が立ち込め、攻撃態勢であることを知らせてくる。
「天使と悪魔って、強いに決まってるじゃない…」
「同感です。最悪の状況ですけど」
黒い煙は掌から16分割され、マナロ目掛けて矢のように放たれた。危険と察したマナロが後ろへ跳んで回避しようとするも、地面から急激に成長した蔦に脚を取られてしまう。
「
地面に尻餅をついた彼女は黒い煙に追いつかれてしまい、全身を取り込まれる。悪魔の横で白い少年が軽く地面を踏み鳴らすと、つま先から植物茎が地面を割って巨大成長し、マナロごと大きな葉で包んで引き寄せた。
「マナロッ!」
助けに入ろうとした俺は、不意に頭の上に乗せられた手と共に、地面に叩きつけられる。頭を押さえつけられて満足な動かせない中、視界の端に捉えられたのは、蒼い狩人の姿だった。
「オーケーオーケー、よくやったよ白い少年」
イオリと呼ばれた白い肌の少年が手を前に翳すと、マナロが手に持っていた弓は灰となって消えていった。エンヴィアはマナロの元へ歩いて行く。
「15秒…ダメだね」
「がっもがっ…離せっ!」
もがき苦しむ俺を見たエンヴィアは企みのある笑みのまま黒銀の獅子に手を触れる。
「ポラリス
獅子はエンヴィアの掌に吸い込まれていく。やがて、彼女の掌に置かれたのは俺が手に持っていた本と全く同じ物だった。
「あぁポラリス、ホント便利よね〜アタシも持ってるのよ…つまり、一度見たアークをコピーすることも出来るってわけで」
パラパラと勝手に巻かれていくページ。同じ形に同じ動き。違うのは持ち手の願い。
「マナロの意識を元に戻しつつ、射手座にすることも、容易いってわけよ」
マナロの上に馬乗りしたエンヴィアは精密機器の取り扱い説明書のように、アークを読み始める。
「ハナから勝ち目は無かったのよ。何をしようと、誰が来ようと、アタシに勝てるヤツは居ない。万が一もありえない」
今ならまだ間に合う。なのに、蒼い狩人が俺を押さえつける力が強すぎる。いくら、退かそうとしても根を下ろした大木のようにびくともしない。これでは彼女に手が届かない。
「蒼い狩人、グレイを押し付けておきなさいよ」
無力さに打ちひしがれそうな時、マナロが意識を取り戻した。彼女は事態に困惑しながらも、危険だとすぐ様理解してエンヴィアから逃れようとする。
「離してっ!」
がむしゃらに暴れたマナロは自身を押さえつけていた使い魔たちで腕が動かせない。それでもと、脚で蹴ろうともがき、奇跡的に蹴り上げた膝がエンヴィアの背中に命中した。
「こら、いーたーいーで…しょっ!」
舌打ちしたエンヴィアはアークの形を更に変化させる。それは宝石が装飾された短刀で、研がれた刃は夕暮れに照らされ、綺麗に輝く。そんな一級品の芸術を目覚めたマナロの胸に、何度も何度も狂ったように突き刺した。血は飛ばない、けれど死は差し迫る。
「ほらっ! 痛みはないけど、死に近づく恐怖! 近づいてきた近づいてきた!」
「エンヴィアッ!!」
狂気に満ちた表情が露わになる。彼女の本性は此方なのだろう。弱者を使い、遊び、壊す。それが蟻でも人でも変わらない。魔物使いとはよく言ったものだ。彼女程、その名が相応しい者もいないだろう。何せ、人ですら使い魔と同じ扱いをするのだから。
「じゃあ、これで……」
「このっ人各破綻者!」
「ぎゃっ!」
最後の最後で気が緩んだエンヴィアに再び蹴りを入れたマナロは、態勢を崩した隙に身体を動かし這い出て距離を取る。
「くそっ、負けてたまるか!ポラリス『突然変異』コード『Fraternity《友愛の》
白磁の蟹が鯨座の背に降り立つ。蟹座を模したポラリスは大きな鋏で狩人を薙ぎ払った。
「グレイさん援護して!」
「言わなくても分かってる!」
射手座を戻されたマナロは、自らの意思で射手座を起動する。彼女の背後に現れた機械巨人は大きな弓でエンヴィアに狙いを定めた。
「お前のポラリスを破壊させてもらう。『毒矢生成』プラス『ボルテクスレイ』!」
アークの形を為したポラリスλに向けて俺はスキルを放つ。連動してマナロもアークに向け攻撃を仕掛けた。
「サジタリアス、今だけは力を貸して! 英雄絶技『
鋼の身体を輝かせた射手座は力一杯に矢を引き絞り、轟音唸らせ放つ。二人がかりで放てば片方は当たる。ポラリスなら、無敵っぷりを見せるエンヴィアと違って破壊出来るかもしれない。一抹の望みに賭けた最後の博打だった。
「つったく…これで、詰みなのよ」
しかし、既にエンヴィアは仕込みも攻撃も終えていた。
「
エンヴィアの周囲に幾つもの空間の歪みが生じる。既に放たれていた俺とマナロの矢は吸い込まれて、全てがマナロの胸に突き刺さった。射手座の一撃は胸にぽっかりと空いた穴を作り、水平線の向こうまで飛んでいく。紫色の毒矢が彼女の心臓に突き刺さり残った。
「え……?」
「え? は?」
一瞬だった。マナロのHPが一瞬で削り取られた。結論を言えば、彼女は死ぬ。
「
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