第34話 悲劇の射手座 part【6】

 気がつけば空は灰色の雲に覆われ、雨が降り始めていた。雷鳴轟く森の中を俺は歩いていく。俺を先導するのはβテスターのエンヴィア。傍らには黒銀の獅子を連れている。


「マナロはこの先で休んでるよ。ほら、神殿の所」

「了解。言ったことは守れよエンヴィア?」

「誰に言ってんの? 当然っしょ」


 射手座となったマナロがこの先に居る。手筈通り進めば、エンヴィアの使い魔に権利を移動させて倒すことになる。


(でも、きっと何処かで妨害…いや奇襲かな。絶好のタイミングは説得し終えてマナロの警戒が緩んだ瞬間)


 それはきっと、この手が彼女に届き、間に合った祝福の一歩手前で起きるだろう。

 エンヴィアは絶対に下僕へ譲渡しない。自身が射手座となるような危険も犯さない。


(狙いはおそらく…俺に殺させる事。ストーリーは進むし、大半のプレイヤーには賞賛される———妹に合わせる顔はないが)


 嫌がらせ目的なのがしっくりくる。ラムは元々彼女の事を知っているようだったし、エンヴィアは彼と同類の可能性が高い。だが、アークを使うのは俺だ。一人でやるのは致し方ないが、何とかするしかない。

 覚悟を決めて森の中を進むと、見覚えのある神殿と入り口に立つ少女の姿が目に入る。彼女は此方に気づくと、ふらつきながらも死んだような眼で視線を合わせてきた。


「グレイさん……」

「待たせたね、続きを始めようか」


 俺はアンタレスを呼び出すと、スキルで毒矢を番えて力強く弦を引き絞る。それを見た彼女は、一瞬悲しそうな表情をするも貼り付けの笑みを浮かべた。


「やっと、やっと終わらせてくれるんですね。あぁ長かった、一年以上は待った気がします」

「なら射手座を出してくれ。纏めてスクラップ行きだ」


 言われるがままマナロは背後に射手座を呼び出す。無機質な身体に大きな弓を携えた巨人が少女の声に応えて現れる。呼応するようにマナロの衣装は灰色のドレスへと変化した。加えて、綺麗な顔にはヒビが入り、内側からは青い光が漏れ出している。


「それ、いわゆる機神モードってやつ?」

「いいえ、これは死装束です…この色で良かった」


 彼女の戦闘意思は神に届いたようだ、お決まりの一文が俺の視界に浮かび上がる。


「これより、ストーリークエスト『ついの舞台、灰の強弓ゆみ』を開始します」


 開幕。グレイが発射した弓矢は真っ直ぐにマナロへ向かっていった。対して、マナロは迎撃せずに目を閉じて受け入れようとする。


 これはそういう殺し合い。

 エンヴィアも止めようとはしない。


「さよなら……私の願い、どうか…」


 だから、黙って矢に仕掛けを施した。

 無論、効果は直ぐに出る。


 矢は急ブレーキをかけて減速し、マナロの目の前で時が止まったようにピタリと静止した。


「あたっ……らない?」

「ポラリス、『突然変異』コード『スライム』」


 マナロは目の前に突然現れたスライムの海になす術なく飲み込まれ、スライムボールの中に閉じ込められる。虚を突かれて動揺したマナロは自分ごとスライムを消そうと射手座の弓を下に向ける。

 だが、その前に此方は次の手を打っている。


「アーク起動オン、パターン35より引用詠唱。『君が私の為に死ぬくらいならば私は差別してでも彼らを敵に回そう』クラス、称号のをエンヴィアへ!!」


 俺は景気良く指を鳴らして声高々に宣言した。予定外の即興劇に一瞬出遅れたエンヴィアの身体は細かい粒子に包まれる。

 くるりと振り返った俺はアンタレスをエンヴィアに向ける。彼女のステータスには確かに射手座と記載されていた。人生で一番のあくどい笑みを彼女に向けて引き絞った矢を放つ。


「悪いなエンヴィア。人じゃなくNPCとして、皆のために……死んでくれ」

「わぉ、可愛いスマイル」


 スキルによって撃ち出された雷の矢がエンヴィアを貫く。俺は彼女の安否など気にも止めず、マナロの元へと走っていく。体から射手座が抜けて困惑の少女を抱き抱えた俺はその場から走り去る。森を抜け、川を超え、鯨の端を目指して進み続けた。


「波の音が聞こえて来た…もうすぐ端っこだ」


 脚に力を入れて更に加速する。数分もしないうちに、荒波の海域が眼下に広がる。俺は抱えていたマナロを下すと、何処にも異常が無いか確認し始める。突然の出来事に彼女は慌てふためくが気にしない。


「やめっ…いきなり…」

「一々確認とる暇無いんだ、我慢してくれ」


 ヒビの入っていた顔は元に戻り、腕や脚にもヒビは無い。あの現象は射手座を呼ぶと起きる物と一人で納得していると、雷が落ちる音より豪快な音が俺の頬から鳴り響く。


 あぁ、どうやら右手で頬を叩かれた。


 勢いでそのまま地面に倒れ伏せる。後には、息遣いの荒い少女が真っ赤な顔で男を見下ろす惨状が残された。


「はぁはぁはぁ…いつまで触ってるんですか! 後、何か言ってくださいよ! 何か、何か悔しいでしょ!!」


 無理矢理担いだ影響ではだけたドレスを弄るマナロはその場でしゃがむと背を向ける。


「恥ずかしい…こんな所誰かに見られたら…」

「ははは…」


 俺が笑っていたことでマナロは怒りが更に大きくなる。


「良かったでしょーね! シオンに言いつけてやる…後、絶壁とリミアさんとルリとノイと……」

「あー良かった」

「良くない!」

「良かったよ。だって、まだ生きていたくなきゃ、そんな事言わないでしょ?」


 今日死のうとした少女が明日どうやって告げ口しようか考えている。どうやら説得は必要ないらしい。


「———わざとですか?」

「半分は……」


 疑いの視線を向ける彼女に俺は笑顔で返した。勿論、残り半分は言わぬが華だ。


「最初から死にたいなんて思ってないでしょ? 俺を庇わなければ…なんて思ってたら土下座じゃ済まないから先言って」

「ふふふ…自惚れも大概にして下さい。頭に風穴空けますよ?」

「あ、そう。了解です」


 久々に彼女の笑顔を見た気がする。


「助けて、なんて言わないつもりだったのに…結局ですね。射手座が消えた、不可能が可能になった」


 溜め息を吐いたマナロは水平線の向こうを見つめる。


「ま、積もる話は家に帰ってしよう」

「帰り方、あるんですか?」


 首を傾げるマナロに向け、自慢げに語る。


「おーまぁな。シン経由で空飛べるグリフォン持ちの仲間にここは来てもらう予定だし」


 しかし、そろそろ来ても良いはずなのだが、一向に彼が来ない。やけに遅いなと感じていると、辺りが霧に包まれ始める。


「霧か? いや濃い、濃すぎる!」

「グレイさん、もう海が見えませんよ。流石に濃すぎませんかこれ?」


 森の方角ははっきりしているのに海の方角は霧一辺倒。まるで、鯨の周りにだけ発生しているかのようだ。

 警戒する俺達の耳ににコツコツとヒールの足音が聞こえて来る。


「仲間は来れないよ、お気に入りグレイ大根役者マナロ

「エンヴィアッ…!」


 いつの間にか現れたエンヴィアは此方を見定めていた。射手座が宿った影響で身体中にヒビが入っている。


「言ったでしょ、ここは絶海の孤島。ユノの治外法権。何人たりとも権限無しには辿り着けない」


 言葉の端から感じる冷たさは彼女が怒る証だろうか。しかし、放った筈の矢は命中箇所である腹部には見当たらない。


「あぁ傷のこと? アンタの攻撃なんて効くわけないでしょ。レベル差考えた? 差が大き過ぎて服で引っかかってたよ」


 お前はさそり座かよとツッコミたくなる気持ちを抑えて、平静を装いつつ探りを入れる。


「400ぐらいの差でも最低1は効くだろ普通…」


 俺の問いに失笑したエンヴィアは目を細めて驚きの言葉を口にした。


「もう一度自己紹介してあげる。アタシはエンヴィア、クラス魔獣女帝、第3次βテスト第2位。レベルは———歴代2位の15679」

「「は??」」


 予想の上を平然と通り越す情報に俺もマナロも目が点になる。そんな俺達を置いてエンヴィアは自分の理想を語り出した。


「地べたに這いつくばり、手を伸ばすグレイに向けて「私の願い、託しましたよ…」って笑顔で言って閃光に散るマナロ———アタシはそれが見たかったのに!!」

「そんな悲劇、俺はごめんだね」


 やはりそうだ。エンヴィアは見た目が大人で中身が我が儘の大きい子供だ。独裁者気取りで全てを操り思い通りに進めたがる。


「仕方ないから実力行使。ちょっと脚本変更と役者追加ね。絶対オチは変えないから」


 そう言って戦闘態勢に入ったエンヴィアを見た俺は口からポロリと本音が零れる。


「色んな意味で歴代トップの理不尽だわ、これ…」


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