第33話 悲劇の射手座 part【5】

 アーク。アンチ・ユートピア・クライムには様々なシチュエーションに応じた対抗魔法が記されていた。


「パターン35…味方が運営に操られてボスになった場合、既存のNPC及びプレイヤーに役割を押し付けることが可能。てことはモンスターには移せないのか」


 犠牲なくして勝利無し。少なくともNPCを一人殺す必要がある。しかし、その前にプレイヤーに役割を移せば、彼女の恨みも晴らせる。ほっとした俺は安らいだ表情をしていた。それを見た絶壁は唐突に抱きついて顔を埋めてくる。


「駄目だよグレイ。それはNPCにやらせるの」

「絶壁…さっきは言わなかったけど実は俺…」

「だとしてもだよ。彼女の死は貴方のせいではない。その場に来たのは彼女の意思、貴方を庇ったのも彼女の意思。それは尊重すべきで貴方が責任を被ってはいけない。だって、彼女はプレイヤーでしょう?」


 そう、そうだ。彼女はマナロは護る対象として見る前に一人のヒロイズムユートピアを攻略するプレイヤーである。一人の人間である。決してロボットでもAIでも無い女の子である。


「だから、貴方が役割を引き継ぐ必要はないの。踏み台はごまんといる」


 だが、この世界は憎たらしい程にAIが出来ていた進化していた完成されていた。会話パターンが存在せず、応答も早い。それこそ、全てのNPCがβテスターであれば良いと願う程に。


「そうだよ…でも他に押し付けられる人が居ない。俺さ、勇者パーティっての会った時、勇者は元プレイヤーって知ったけど、付き人はNPCだったんだよ」


 ルキフェルを護衛するためとはいえ、フリンに飛び蹴り浴びせてノックダウンしたのは今でも後悔している。


「ゴルディオンでは担当した王女が芯が弱いんだか強いんだか分かんない子だしさ」


 最初のミヅハはおろおろした何もしない出来ない、か弱い少女の印象だったが、最後には自分の立場を理解しセオリーを無視してデッドマンをあの地に縛り付けていた。


「ポーラスもそうだ。結局あんまり話せなかったけど、ヒューガが興味持つ時点で面白いんだろ」


 ポーラスも何故死んだのか不明だが、今はそれどころでは無い。


「極めつけはユノな。ぶっちゃけ機械っぽい感情の無さが目立つけど、心が無ければマナロを射手座にしない。心が無ければ人の感情に訴える試練は出さない。あいつが一番人間だよ」


 絶壁は何も言わず顔を埋めているが、不服なのか少し身体を震わせている。


「結局、俺は人殺しを許容したくないし、この世界に限ってはNPCに感情移入しちゃう半端者だからさ。一番不要なプレイヤーだよ。見ててうざったいだろ?」

「…そうかも……ね」


 そんなわけで消えるには俺が一番都合が良い。ボスへの貢献度も街への貢献度も多分彼らに比べれば圧倒的に低い。もうこれ以上、彼女と話す必要は無いと決め、離れようとすると大通りから聞き覚えのある声が届く。


「話は聞いた。けどアンタ、この超絶無敵乙女ハイパー魔獣女帝エンヴィアを忘れてないかい?」

「——エンヴィア、来てたの?」


 建物の角に肘を付け腰に手を当てて立っていたのはケートゥスの主エンヴィアだった。


「言ってない? アタシβテスター。つまり、ここは故郷ふるさと

「それは知ってる。でも何の用?」

「だから、その役割の押し付け。アタシがなってやってもいいよ」

「意味が分からない」


 エンヴィアはレッドラムに狙われていた。それなりの理由があるとしても自ら犠牲になるには早計である。


「マナロが射手座になった件、アタシが一枚噛んでるんだわ」

「…どういうことだ?」

「ポーラス、アレが射手座になる筈だった。けど、死んじまったんだよマナロに殺されてな」


 驚愕の言葉に目を見開く俺を置いてエンヴィアは喋り続ける。


「実力的に想定外といえ、アタシの管轄下で運営の手先を死なせたら責任はアタシにある。ユノはこれを利用してマナロを射手座に仕立て上げた。うみへび座で回復と死亡が同時に起きたことで死の矛盾状態に入ったマナロを使えばこの上ない試練になると踏んだ」

「じゃあ、マナロは…死んでないのか」


 わらにもすがる思いで俺は問う。


「多分ね。だから、アンタが責任を負う必要は無い。責任は事態をややこしくしたアタシにある。大丈夫、アタシは魔獣女帝まじゅうじょてい、ありとあらゆるモンスターを手駒てごまにしたプレイヤーだ。自分が射手座になっても下僕げぼくに押し付ける事はできるよ」

「信じて…いいのか?」


 微笑んで頷くエンヴィアに俺はゆっくりと歩み寄る。


「グレイ……ちょっと待っ……」

「駄目だよそこの君。決断したのはグレイだ。、そうなんだろう?」


 口籠る絶壁を無視して俺はエンヴィアの前に立つ。


「マナロはアタシの下僕げぼくに探させる。また広い場所でやるのもアレだな……ケートゥスでやろうか。どうせなら下僕の死に場所はアタシの土地が良い」

「分かった。それは任せる」


 エンヴィアは俺に向かって手を差し出した。


「それなら手を取って。二人仲良く行きましょう」


 俺は彼女の手を取る前に、振り返らず絶壁に向けて別れの言葉を告げた。


「ありがとう、キミの考えが聞けて良かった」


 そして、暗闇の路地裏からケートゥスに向けて歩き出す。


 ◇◇◇◇


 一人路地裏に残された絶壁の姿にノイズが走る。やがてノイズは全身を包み込み、羽化するように。絶壁と思われる少女の身体は意識を失ったまま床に倒れ伏した。

 金色の髪を靡かせた女性は、機械のように感情が見えない顔のまま声を上げる。


「気付かれていました。先に向こうが破ったとしても越権行為えっけんこういはするものでは無いですね」


 かつての獅子座でやったJBジェービーの時と同じく絶壁ぜっぺきに運営権限で取り憑いていたユノはグレイが不自然な動きを繰り返している事に疑問を持って昨日の夜に絶壁を操り出し様子を探りに来ていた。一人の時ならば警戒されずに情報が拾える。エラーのあった記録が調べられる可能性を考慮した行動であった。


「結果は上々です。レッドラム、β以降サルベージ出来なかった破損データが私の眼を掻い潜って存在している。それも私以上の権限を持ったナニカが裏で手を引いている」


 ユノ以上の権限を持っていたのはデスゲーム開始時に自殺したクロノスを除いて他には居ない。いや、居ないと知らされている。


「少し、方針を変える必要があるかもしれませんね」


 そうして、見えない幻影に警戒度を上げたユノは運営モニタールームへと帰っていった。


 ◇◇◇◇


 現在地は南エリアの最南端。そう、前回マナロに射手座であることを明かされて襲われた場所である。今はエンヴィアと二人で訪れている。


「あのさ〜絶壁って俺のこと絶対に貴方って言わないんだよね〜」

「いきなりどうしたの?」

「胸を押し付けてくるし、これでもかと押しつけてくるし、他の女性プレイヤーに会ったらまず最初は胸煽りなんだよ」

「もしかしてさっきの歪なアバターの事?」


 俺はエンヴィアの質問には答えず水平線を眺めていた。エンヴィアは答えない俺に興味を失ってそっぽを向く。俺は、首を少しだけ回すと横目でエンヴィアを睨みつける。


(サンキューユノ。ブロンクスの言ってた黒幕、あれはお前じゃないだ)


 マナロはうみへび座の件を否定しなかった。理不尽で射手座になったとは一言も言わなかった。それなら、あの時本当に彼女は死んでいた。加えて、誰も同時に回復などしていない。ユノは全てを観ている。機械であるが故に無いものを有ったとは言わない。それは、彼女が最も苦手で人が最も得意な技術であるからだ。


(初めて、初めてだ。こんなに誰かを恨んだのは……ユノ、。アークは使わせてもらう、そして…エンヴィア、逃げられると思うなよ)

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