第31話 悲劇の射手座 part【3】

 どれくらい落ちたのだろう。


 急に開いた穴に引き摺り込まれるように落ちていき、射手座の光が夜空に浮かぶ星の大きさまで縮むぐらいは深い距離は降った。どの道、地面にぶつかれば即死のHPだ。最大まで戻しても生きていられるか不明だし、そのつもりもない。


(願う事なら、眠る間に終わっていますように……)


 宙に浮いたまま俺は意識を手放し、リタイヤの画面


 急に視界を覆っていた暗がりがぼんやりとした灯りで照らされる。


「こんな魔境に人が来るなんて———雨が降るね。地下に雨なんて降らんけど」


 不意に声をかけられた俺は声のする方へと視線を向ける。声の主は俺を見下ろすようにして前に立ち、橙色の炎を灯すランプを手に持って興味深そうに此方を眺めていた。不思議と彼からは人当たりの良さと人畜無害さを思わせる顔立ちに雰囲気だった。歳は俺より少し上か同じくらいの青年だろうか。


「ねぇ、ちょっとは反応してくれても良いだろう?」


 彼は地面に落ちていた木の枝を拾うと、先っぽで俺の頬をつつき始める。上で起きた悪夢のような出来事からまだ目が覚めないため、つつかれても身動き一つ取れない。


「うん、何か言ってくれよ。こうさ、寂しいじゃん?」


 彼の表情は焦り始めていた。すると、ランプの灯りに誘われてもう一人、俺の元へとやってきた。それは何処ぞの図書館で見た幽霊のような少女。


「生きてる? 神のお気に入りグレイ君?」


 見覚えのある少女の姿で正気に戻れた俺はぼそりと呟く。


「幽霊司書…」

「あれ、ダンジョン用に寡黙キャラしてただけ。連れのボイン動物園ジュノーとは素で話したけど君とはまだだったわね——とりあえず、ブロンクス、この人を連れて戻るわよ」

「あいあいさー」


 ブロンクスと呼ばれた青年は俺の身体を強引に引き上げる。そして、先の見えない暗闇にランプを掲げて歩き出した。


「あの、ブロンクス…さん。此処は魔導図書館なの?」

「ブロンクスでいいよー因みにここは魔導書館であって魔導書館でないものだよ」

「分かりにくい答え方しないで女の趣味悪男ブロンクス。良い? ここは南エリアの地下最深部。本来は魔導書館で床をくり抜かない限り来ることが出来ない魔境よ」

「そして、歴史を辿れる場所さ———ほら、着いたよ」


 どうやら目的地に到着したらしい。俺を押し出した彼は暗闇を照らす為に、ランプを頭上に掲げる。すると、光は強さを増して俺の真正面にそびえ立っていた建築物の正体を露わにする。


「何、これ…」


 目の前に広がっていたのは大英博物館のような石柱と装飾が目立つ建造物であった。


「ここは奈落の博物館——第三次βテストの歴史が展示されている。君はこれを見なきゃならない。それがおれたちの依頼人からの要求だ」

「行くわよ、神のお気に入り。わたしたちには時間が無い」


 博物館に入ると、中には様々なプレイヤーを模した彫刻やモンスターの石像が並んでいた。中には俺が知っているモンスターの石像もちらほらと見える。驚きと興奮のせいか先程までの陰気さも消えて好奇心旺盛な男の子のようにはしゃぎ出す。


「あれ…蠍座か!?あっちは獅子座…これもしかして……ストーリーボス全部あるのか!?」

「らしいよ。正確にはこれを見た本人…おれの嫁なんだけど、彼女の記憶を造形化した魔法だって」


 右にはうみへび座、左には蟹座。その奥には幾多のプレイヤーに混じって合成獣のような生物の彫刻が彫られていた。それらを子供のように目を輝かせて眺める。


 だが、説明したブロンクスの台詞に引っかかる所があり、後ろを振り返って尋ねる。


「おれの嫁? 貴方のじゃないの?」

「あぁ、アンリカって名乗ってるんだけど、これがまた駄々っ子で我儘でパスタしか食べないお子様でさ〜可愛いけど飯でよく喧嘩したよ」

パスタ賢者アンリカは最強の4頭身魔女だったわ」


 何故だが物凄い聞き覚えのある名前と特徴。具体的には魔導書館内で訳もわからぬパスタの本の著者名に書かれていた名前。


「——もしかして魔導書館に本を置いてる伝説の魔女さん?」

「伝説って?よく知らんが、あいつ自分の頭で考えた事は全部魔法に出来たから、ある意味伝説だな」

「うっわ‥まじかぁ‥」


 死にかけてまで取りに行ったあの魔導書館に敷き詰められた本の著者が知っている人だと世間は狭いと感じる。

 俺が唖然としている中、幽霊司書とブロンクスは一つの彫刻の前で足を止めた。気になって俺がその彫刻を見つめると、それは人の上半身に馬の身体が取り付けられたケンタウロスの彫刻だった。名称は悲劇の射手座と書かれている。


 しかし、彼の姿を。知っているどころか会っている。あの鯨座の上で。


「良いかい、グレイ。これがおれらの射手座だ。名前はポーラス、賢くて忠義に溢れるNPCだった」

「ポーラス…ヒューガと一緒に居た、死んだって聞いた」

「射手座はとあるレイド戦にポーラスが参加することで起動する。そのレイド戦で彼は瀕死の重傷を負い、回復した時にはおれらの敵として立ち塞がるんだ。その時彼何て言ったと思う? 『自分はユノの命令に従うだけです。友よ、自分を殺して先に進め』。冗談じゃないよ全く!」


 ブロンクスにとっては嫌な記憶なのだろう。苛立ち混じりに言っていることが簡単に受け取れる。


「今回、βテストとは明らかに違う進み方をしているわ。射手座もその一つよ、プレイヤーの敗者復活戦に利用するとは思えなかったけど」

「マナロ……」

「実はね、彼が生きていれば、あのマナロって子を救う手立てはあったのよ。ポーラスの根底には射手座のシステムが眠っているから、目覚めさせれば役割を上書き出来る。マナロって子はもしかしたらプレイヤーでもリタイヤでもない立ち位置で生存出来たかもしれない」


 幽霊司書の言葉に俺は飛びつく。しかし、全て過去形の時点で幻の期待だということを実感してしまう。


「でも、死んだの。おそらくユノがポーラスにそう命令したのよ。都合良く今の射手座に殺させて真実に気づけば儲け、気づかなくとも手を汚した事実を責めて自己犠牲を促す」

「最低だけど、ポーラスの再利用としては合理的だよね」


 やはり救いはないのか。マナロが殺されるか全員が殺されるかの二択しかないのか。不安が頭をよぎる。


「それでも、君が彼女を救いたいなら、顔を上げろ。策は用意した」


 ブロンクスの言葉に顔を上げる。


「射手座を取り除くには時間が必要だ。そして、本人の生きようとする意思がないと成立しない———彼女の。射手座だろうと、誰からも狙われようと生きようと思わせろ。それが逆転プランAの第一段階だ」


 彼はブロンクスはマナロがまだ救えると言っている。俺はまだ諦めなくて良いと言っている。それは、絶望の淵に沈みかけた俺にとって一筋の光明だった。彼の言葉に答えようとした時、突然身体が光に包まれ始める。


「ちっ…ユノちゃんてば、これ以上は手を出しすぎってか? グレイ! この件には裏で手を引くクズが居る! あいつに、◼️◼️◼️に気をつけろ!」

「ブロンクス…あいつって?」


 大事な所にノイズがかかる。ブロンクスがもどかしそうにしていると、幽霊司書が俺に小さな箱を押し付ける。手に取るとアイテムボックスに収納されたその箱は、鍵の付いてない木箱だった


神のお気に入りグレイ! 私からの餞別よ、もしもの時に開けなさい。その手が届かなく例え…堕ちても構わないなら使えるはずよ!」


 身体を包む光は更に強くなり、もはや二人の姿も朦朧としている。


「グレイ! 最後の伝言だ、おれたちの旧友に…によろしくな!!」


 その言葉を最後に俺は奈落の底からガブリエラの街へと飛ばされる。

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