第25話 神速のゲリュア part【1】

 あの日、理由も分からぬまま終わったシナリオクエスト。ミラ川で呆然と立ち尽くす俺を迎えに来たのはシオンでもマナロでもなく、エンヴィアの蝙蝠型使い魔。

 彼等は背中に回り込むと鉤爪を器用に引っ掛けて俺の身体を空に吊り上げる。抵抗もせずに為すがままの俺が大陸まで届けられる間、蝙蝠型使い魔の一匹が顔の前に飛んでくる。


 使い魔に構う余裕も無い俺に向かって蝙蝠は聞き覚えのある声で喋りだす。


「バトルフィルムだっけ? アンタらの戦いは録画しておいたからマナロちゃんに預けとくね。彼女から受け取りなさい」


 なお、ロイヴァスの死はフレンド欄の離脱印で知ることになった。

 南エリアに降ろされた俺を待っていたのは鯨座の到来に駆け付けた大勢の野次馬と、魔道書館で別れた絶壁であった。


「おいおい。グレイ大丈夫?」


 駆けつけてきた絶壁に俺は手を前に出して無事な事を知らせる。


「あぁ‥シオン達は?」

「さっき二人とも戻ってきたよ‥大泣きしたマナロをシオンが肩を貸してホームに連れ帰った」


 やはり、向こうで何かあったとしか考えられない。どうするか悩んでいると、他の野次馬達が声をかけてくる。


「なぁなぁ。どんな感じだった?中は?クエストは?シオンちゃん達は教えてくれないんだよ〜」


 能天気な態度で群がる彼等を相手する体力は残っていなかった。


「悪りぃ。話は今度にしてくれ‥」


 野次馬を押し除けて、俺は首都ガブリエラへとポータルで移動する。『ヴァルキュリア』のクラン前に着いた俺は、扉を開けようとして踏みとどまる。


「いや、ちょっと時間を空けよう」


 今はまだ入るべき時では無いと直感的に悟っていた。


 その後、一晩かけて考え事をしたかった俺はブラブラと街の中を一人で歩いていた。誰とも話さず街の端まで行くと、直感をコンパスにして、目的地の無い散歩を続ける。

 そうして、ガブリエラが見渡せる広々とした高台にたどり着いて答えが出る。


「やっぱダメだ‥‥泣いてる奴に何を聞けっていうんだよ」


 悩んでいたのは、マナロの方で何が起きたかについて。月下が勝者、ポーラスとロイヴァスの死。現場に居なかった俺は蚊帳の外。頼みの綱はとても話せる状態ではない。


「納得はいかない‥当事者に聞けない‥やっぱ審判に直談判しかないか‥?」


 バトルフィルムを見ようにも肝心の持ち主に話しかける勇気が無い。海まで走れば、まだ鯨座は居る可能性がある。エンヴィアに会いに行えるかどうか掲示板を開いて、鯨座のスレッドを開く。一通り眺めて俺の口から出たのは安堵でなくため息。


「やられた‥‥鯨座はもう影も形も無し、と」


 俺達を降ろした後、再び鯨座は南の海へと消えていったらしい。向こうもワザとしている節がある。十中八九、関わっているだろう。


「なら、最後の手段。未だ行方知れずの女剣士様を見つけますか」


 あの戦いの勝者は転移で何処へ。ユウとヒューガを探すよりも巷で有名な彼女の方が見つけやすい。

 早速、フレンド欄から彼女の居場所へとポータル転移をしようとする。


「あれま? 転移できない。『エラー:プレイヤーの未踏破地域です』って、東かよ‥‥」


 彼女が居るのは東エリアと中央エリアの境界部分。俺は、今まで東エリアに一度も行ってないのでポータル転移が出来ない。


「とりあえず‥会えるか連絡して、途中でヴォルフにプロトΣを修理してもらって、後は‥‥」


 近くに会った岩に腰を下ろすと、他にやる必要があるクエストや掲示板のスレッドを漁って面白そうなネタを探す。すると、掲示板に妙なタイトルのスレッドが建てられていた。


「へぇ、このクエストはクリア不可能ね‥‥」


 スレッドの題名は『最高級ポーション納品クエストが絶対にクリア不可能』と書かれていた。


 絶対に不可能という言葉に惹かれて俺は中を閲覧する。スレッドでは主に三人のプレイヤーが話していた。


 匿名係長:王都で受けられるポーション納品クエがクリア不可能なんだけど


 モンティ:何それ?どんなよ?


 匿名係長:『最高級ポーション』を納品するだけ。でも、錬金術師も上位錬金術師も生産不可能なアイテムだから詰み。


 エラゴン:ヤバくね?バグ?


 モンティ:アレじゃない?最近話題のβテスターとやらに頼むやつ。今解除されてる二次職より上らしいから持ってそう。


 エラゴン:何それ?新手のバグ?


「話題がβテスターに移ってる‥そもそもあいつら一体どういう扱いなんだ?」


 スレッドの興味はポーション納品が出来ると期待されるβテスターへ変わる。


 匿名係長:何でも過去のデスゲームに参加した強者だとか。ストーリークエストやシナリオクエストにちょくちょく絡んでくる。有名所だと、勇者と魔王はβテスターらしい。


 エラゴン:バグじゃん。最強じゃん。そいつらが全部やれよ。


 モンティ:味方とも限んないよ?現に今行われてる黄金の雌鹿テイムイベントはβテスターらしき人が邪魔してるって話題になってる。


 エラゴン:バグ?


 モンティ:捕まえようとすると、攻撃されるんだって。それがエルフの男なんだけど、あまりに強すぎてβテスターって言われてる。


 エントゥア:それ、トッププレイヤー達も妨害してくるから、あいつらがタッグを組んで中堅以下のプレイヤーが強くなるのを妨害してる節がある。


 エラゴン:そうなの?バグってんな。


 エントゥア:デスゲームだし嬉しいような悲しいような微妙な心境。でも、テイムイベントを邪魔するのはタチが悪い。理由を尋ねたら「捕まえたら良くないことが起こる」って言ってる。


 モンティ:それはズルいな。具体性がないし、根拠もない。普通に考えて捕獲した方が得だろ。俺も捕獲に賛成だし妨害に納得いかない。


 雲行きが怪しい。イベント発表同時にアイシャとデッドマンが予想していた通りに事が進んでいる。


「討伐することにしたけど、やっぱ最速相手は厳しいのか?」


 いくらステータスが高くても、目で追えないほど速すぎる相手を攻撃するのは至難の技である。


「エルフのβテスターってタオか。あいつも大変だな」


 遠くの地で戦う彼に最大限の敬意を抱きつつも自分は月下に会うことが先決と心に決める。


「——呼んだかい、グレイ?」


 不意打ちの如く背後から男の声が飛んでくる。聞き覚えのある声は、かつてエルフの里で己の黒歴史を語った少年のものであった。


「——タオ!」


 レーネ沼からの再会に腰を上げた俺はタオに駆け寄って祝いのハイタッチをする。


「やぁグレイ。ちょうど探してたんだ」


 うみへび座を経て随分と逞しくなった彼から一杯引っ掛けるノリで提案される。


「これから鹿狩りに行くんだけど一緒にどう? 報酬に最高級ポーションを出すよ」


 確かに興味深いが、今の俺は月下に会う事の方が重要である。


「悪いが人と会う予定なんだ。他を誘ってくれ」

「お探しの女剣士さんも来るよ?」


 狙い澄ました表情のタオに俺は話の続きを求める。


「その人、昼間にいきなり鹿狩りの地域に現れて『全能の籠手』でゲリュアを追い回したんだ。驚いたもんだよ。クラリス以外で見たのは初だからね」


 タオの義姉であり、βテスターのクラリスはエルフの里で女王の役を果たしている。彼女も『女神の宝石箱』を所有しており、『全能の籠手』が持つ潜在能力には驚かされた。


「成る程。今の俺が抱える二つの問題が一度に解決できるのね」

「そういうこと。どうだい?」


 月下探しとトラップクエストの処理の両方が解決出来るのなら断る理由は無い。しかし、問題が一つある。


「でも、どうやってゲリュアに追いつくんだ?速すぎて狙えないぞ?」


 気づかれれば遠くの彼方へ逃げてしまうモンスター相手にタオはどうやって討伐するつもりなのか。レーネ沼でもそこは聞いていなかった。すると、待ってましたと言わんばかりに彼は自身満々の笑みを浮かべる。


「そりゃ勿論、目には目を神速には神速をぶつけるんだよ」


 タオが指を鳴らすと、彼の背後に一匹の使い魔が現れる。

 その使い魔を俺は知っている。


「お前、これって‥」


 黄金に輝く身体と蹄。間違いなくミュケ遭難時とエルフの里で見た雌鹿。


 紛うことなき神速のゲリュアそのものである。


「βテスト産、神速のゲリュア。あの雌鹿と同速を誇る僕の切り札だ」

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