第24話 方舟の鯨座 part【FINAL】
「あ、あ~あ~テステス。聞こえますか~参加者の皆さん。只今、アタシの下にお宝が届けられました~」
島全体に滾り溢れかえっていた闘志を一気に沈静化させる気の抜けた声。エンヴィアによる争奪戦終了の知らせはヒューガの足止めを始めてから30分程の短い時間で訪れる。互いに電池の切れた機械のようにピタリと動きを止まる。
この時点で終わるならシオンが確実に仕事をし終えた。そう俺は判断していた。
「シオンの奴、やっぱ速いな」
「――――――」
ヒューガは興がさめたようで何か言うこともなく静かに聞いている。構えていた弓を下ろした俺は、お宝はシオンが奪い返したと思い、朗らかな表情で放送を聞いていた。
しかし、彼女の口から続けて発せられたのは予想だにしない結末。
「勝者はヒューガチームだったよ。持ってきたのは何と月下選手、おめでとう!」
何が何だか分からない。シオンの転移ならユウより先に神殿前へ駈け込めたはず。なのに間に合わないどころか月下が持ってきた。思わずヒューガを見ると、何故か彼まで驚いた表情をしている。
「月下が? そんなまさか‥」
結果を素直に飲み込めない俺達の所へ更に衝撃の事実がエンヴィアの口から語られる。
「しかし、悲しいお知らせがあります。今回の争奪戦で死者が出てしまいました。ヒューガチームからポーラス選手です。勇敢だった彼の死に黙禱‥‥はい終わり! 勝利チームは全員本土に帰還ダヨ!」
悲壮感の欠片も見えない死亡報告と共に、ヒューガの姿が目の前から消える。状況の整理は頭が追い付かず、反射的に彼の方へと振り向くことが精一杯。目と目があった瞬間、ヒューガは俺に向けて何か伝えようと口を動かす。
「グレイ、気をつけ——」
言いかけていた途中で彼の姿は完全に消え去っていた。停止していた思考を動かせる間もなく、急かすような口調になったエンヴィアが喋りだす。
「まぁ、負けたグレイ達も良かったと思うわ。だから、さっさと島の端に行って頂戴な。既に鯨座は南エリアに停泊してるからさ」
鯨座の到着を告げた以降、通信はぷっつりと切れる。彼女の声が無くなると、辺りには潮風が島に生えた木々を抜けて鳴り響かせる森の騒めきしか残らない。
「これで終わり?」
呆気ない幕切れに渇いた笑いしか出てこない俺へ追い打ちかけるように運営からのメッセージが届けられる。
「 failed‥‥シナリオクエスト魔獣女帝編A『女神の宝石箱杯』を失敗しました。シナリオクエスト魔獣女帝編が全て終了しました」
残酷な公式通知に身を震わせながら、一人浅瀬に取り残された。
「何だ‥何があったんだ」
俺は月下に対して理由を問うわけでもなく、シオンに対して何を抱くことも無く、ただただ納得のいかない結末に、怒りでなく未知の恐怖を感じていた。
◇◇◇◇
グレイの居た場所から北へ数キロの地点。
神殿が遠目に見える森の中で力無く項垂れている少女が居た。純白の光が灯っていた瞳は全てを呑み込む闇で染められている。
原因の一つとしては周りの状況だろう。彼女の右側数センチ先にある筈の木々は数メートルの範囲で消滅している。それは、巨大な極太レーザーが彼女の右に居た誰かを焼き払った跡のようである。
「あらら〜放心状態? マナロちゃん、そりゃないよ?」
背後からかけられた女性の言葉に項垂れていた少女マナロは振り向く。髪を靡かせ余裕ある表情をし、腰に手を当て見下ろしているのは、この鯨座の主エンヴィアである。鎧も付けず細くしなやかな肢体を意図的に見せる彼女は、とても戦闘が出来ると思えない。
ただし、彼女の後ろには紫紺の槍を持った大きな蠍と、黒銀の体毛で作られたたてがみに口から漏れ出す炎の獅子が護衛のように控えている。それは、紛うこと無き必殺のさそり座と鉄壁の獅子座であった。
「何で‥あんな事を‥」
エンヴィアの獅子座が行ったのは口に溜めた炎を放射してロイヴァスを一撃で焼却することだった。狙い澄ましたかのように、マナロからギリギリの距離を通り過ぎていく灼熱の炎が脳裏に焼き付けられている。
「貴女、βテスターでしょ‥何でロイヴァスさんを殺したの? 」
力無くへたり込んだ自分に向けて、楽器を取り出したロイヴァスと目が合った時、包帯だらけで表情が読み取りにくい彼が焦っていることは伝わっていた。まるで、ゾンビに噛まれた人間に銃を向け撃つ時のよう。
「何でって‥アタシ、マナロちゃんを助けたんだよ? あいつ、アンタに向けて攻撃態勢とってたし、スルーしてたら死んでたよ?」
「でも、でもでも、殺さない事だって‥」
そう言ってハッとした表情になったマナロは自らの口を手で押さえる。怯えて両手の震えは止められない。自分のしでかした事の重大さが彼女を否定しようとして露見する。
「そう。アンタは彼を殺した。引かなくて良い場面で自ら弓を引いた」
「私、そんなつもりじゃ‥」
ポーラスの武器は弾き飛ばしていた。魔法は使わないタイプのNPCで、例え月下が向こう側に戻っても、左程怖くない相手の筈だった。なのに、指は勝手に矢を番え、馬男に狙いを定めていた。
きっと、保険をかけていたのだ。もしも、追加武装があったら、などと納得させる理由を作ろうとする。けれども、瞳に映っていた馬男は抵抗していなかった。何もしようとしなかった。
「知ってる? グレイは一人でヒューガって子を足止めしたらしいよ? 凄いなぁ、アンタは無防備な人を殺したのに」
その事実が胸を締め付ける。辛い戦いになるのは皆、知っていた。けれど、自分の我儘に付き合って彼は役目を果たした。対して、自分は武器も防具も無くなった相手に弓を引き射抜いた。
「違う‥だって、向こうが避けなくて‥」
自分のした事を認めたくなくて、必死に誤魔化そうとする。だが、心は理解している。頭で理解したくないのだ。自分から殺したという現実を。
「人の為に力を出せる奴と、自分の為に力を出せる奴、アンタ達は対極だ。アンタの為なら格上とでも戦える男と、死の危険に駆られると躊躇なくクランメンバーの仲間を殺す。この内どっちかしか生き残れないって、マジでこの世界残酷だよねぇ」
言葉の端に自分への軽蔑があるように受け取れる。そこには文句の付けようもない。今の自分の状況をシオン達に話せば分かってもらえるが、他のプレイヤーには理解されない。むしろ、敵意を持たれるだろう。
「成果が出せる奴と出せない奴。この先皆の為になるのは‥‥一体、どっちなんだろうね?」
大勢のプレイヤーが自分とグレイのどちらかを選ぶ瞬間など、考えただけでゾッとする。本来の射手座になる筈だったポーラスを、同じ射手座である自分が殺した事により、クリアとしてカウントされなかった。今、この世界の射手座は元プレイヤーのマナロしか居ない。
もう、第三の道は見つからない。
「ねぇ、今でも死者蘇生のスクロールは欲しい?」
エンヴィアがマナロの前にぶら下げたのは死者蘇生のスクロール。手を伸ばせば簡単に届く距離。だが、手を伸ばせない。何故ならば。
「あ〜でも、本来の射手座が死んじゃったから、アンタ生き返っても射手座のまんまかもね」
今の自分は復活しても射手座かもしれない。冷静なら否定できる言葉にも現状の精神では簡単に押し潰される。こんな時に相談していたロイヴァスは殺されてしまい、頼れる人物は他に居ない。絶望は徐々に身体を包み込んでいく。
「私は‥私は!」
「泣き言を言う前に罪の責任は取りなよ? 射手座のやる事なんて一つしかないんだから」
望まれている事は単純だ。今まではギリギリまで先延ばしにしてきた事を、責任を取る為に終わらせる。
これは贖罪だ。
覚悟を決めたマナロの瞳には生成色の光が宿る。
「あ、あの‥もし、私が倒れたら射手座のアイテムはどうなるんですか?」
「そりゃあ、倒したプレイヤーでしょ‥って、おぉアンタやる気になった?」
エンヴィアの声色が跳ねていく。彼女はスクロールをしまって、マナロに向かい手を差し出す。
「最高のステージにしよう。主演のアンタが幕を上げるんだ」
この日、βテスター魔獣女帝の手を取った射手座は初めて死にたいと心から願ってしまった。
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