第12話 魔導書館 禁忌書物庫 『抜刀・真打』

「シオン、跳躍!」

「跳んだら再使用まで15秒稼いで!『転召 天照』」  


 変化の術らしきスキルにより魔導書へ変えられてしまったネイビー。

 直ぐにシオンと俺は目配せ無しで奪還行動を開始した。


(既に毒は入れた‥後は前衛の気力次第)


 本頭鬼の身体には俺のよりも小さく細い矢が幾つかの刺さっている。

 これは、後ろにいた絶壁がギリギリの反応で撃ったものだが、咄嗟ゆえにスキルとしては成り立たず、ネイビーの結末を変えるには至らなかったようだ。


「回収したな?牽制射撃開始!」


 俺と絶壁の2人はありったけの矢を放つ。

 その傍らでシオンは無機物のアイテムと成り果てた彼を優しく抱き締める。


「‥もうっ!どうしてよ!私が居て‥何で‥」

「後悔してる暇はないよシオン。次はしない、それだけ考えろ。まずは、分析と考察。取り乱したら‥死ぬ。四戒も知らんの?」


 絶壁の言葉にシオンは一度落ち着くための深呼吸を行う。

 そう、まだネイビーが死んだとも言えない。

 この状況でパニックになるのが一番危ないのだから。


「すぅー‥はぁー‥うん。お兄ちゃん、ネイビーはどう?」

「何とも言えないな。死亡‥とは、また違うと思う。あの完全な不意打ちなら押し潰すだけで殺せたよ」

「‥じゃあ生きてるの?」

「あぁ‥きっと魔女の魔法と一緒で倒せば元に戻るはずさ」


 その言葉に根拠はない。ただ、そうでも言わないと目の前の妹は剣を握れず立てなくなると察してしまった。

 小さな身体を震わせ精一杯の強がりで奮い立たせる彼女に首の皮一枚でも戦意を保つためにはそれしかなかった。


「うん‥ありがとう」

「立て直すぞ。現状は天照と同じく転移が可能と仮定して動く。ヒュドラの毒は時間経過で痺れ効果も期待できるから、次の不意打ちは見てからでも間に合うと思うけど‥シオンと俺の位置を変えよう」

「お兄ちゃんが前衛?私の方が天照がある分安全じゃ‥」

「だからだよ。天照が他人を飛ばせるのは蟹座でわかってる。それを使って緊急時の転移をしてほしい。本人も跳べるなら不意打ちにも対応できるだろ?」


 痺れを期待していると言っても効果がどれほど有能かは未だ確認していない。

 ならば、確実に不意打ちに対応できる人物が後ろで行動すれば保険になる。

 幸い、シオンは遠距離でも攻撃可能であるため、プランとしてアリのはずだ。


「あたしは近接武器ないからねぇーここはまぁグレイに頼るしかねぇな」

「‥分かった。でも気をつけてよ?」

「もちろん。それと先に不自然な兆候だけ共有したい。天照の前に頭の本が光ってたんだよ…僅かな時間だったけどさ」


 時間も猶予もあるなら慎重過ぎるくらいが丁度良いと考えて、僅かな違和感も伝えることにする。


「ふむふむ〜なら、あんたはそこで離脱させるのがいいかな‥ああ〜ジュノーが居ればな〜モルモットには困らないのにな〜」


 絶壁がここにはまだ居ないと思って彼女をネタにしていると、急に襟首を掴まれる。

 突然のことに頬を吊り上げる彼女の後ろには一切目から喜楽を感じないジュノーが立っていた。


「何か‥言ったかしら?」

「‥ジュノー居たの?」

「あっはっは!丁度いい、簡潔に状況を説明するから耳貸しな」


 襟首をつかまれたことで軽く宙に浮いている絶壁は身体を捻ると、ジュノーに絡みつき、胸をわざと押しつけて事の次第を話した。


「‥そう、確かに原理と挙動は知りたいですわね。でも、私の子達を何だと思ってるのかしら?」


 本頭鬼よりも恐ろしいプレッシャーがジュノーから吐き出されている。

 それなのに、絶壁は一切怯える様子もなければ引く様子もない。


「あんたの使い魔ってやられても別に死なないでしょ?」

「一週間も呼べなくなりますのよ!?」


 ジュノーにとって、呼べないのは致命的なことらしく、断固として拒否するも、絶壁には関係ない。


「あらやだ、奥様聞きまして?このお方どうやら人命よりも一週間ペットに会えない方が嫌と言ってますわよ?」

「くっ‥この外道が‥」 


 歯ぎしりして苦渋の決断を迫られるジュノーに俺は頭を下げた。


「頼む‥力を貸してくれ‥」

「‥いいでしょう、わかりました、勝つため。ただ、それだけの願いなら私の子達も少しは貸してあげましょう」

「ほっ‥良かった。ありがとう」


 背に腹は代えられぬといった彼女に対して、決断を迫った絶壁から謝礼の言葉など出るはずもない。


「グレイと一緒の癖に遅刻した身分でよく物申せるね?」

「帰りますわよ?」

「出してよぉ〜今は数がものをいう状況なんよ〜」


 一転攻勢。縋り付いてまで頼み込む絶壁に若干引き気味のジュノーは、彼女を振り払って突き飛ばし、百鬼夜行で使い魔達を呼び出した。

 数多の使い魔達は本頭鬼を囲むように現れ、瞬く間に包囲網が出来上がる。


「全員、突撃」


 ジュノーの一声で百の妖怪達は有無を言わず全方位からの時間差攻撃を仕掛ける。


「『ハルハアケボノ』」


 本頭鬼はスキルで迎え撃ち、両手に持ったノコギリ斧でなぎ払い、斬り裂き、叩き斬る。


「まだまだ!来なさい!」


 大勢が粒子と化して消えゆく中、僅かな使い魔達はその紫色の身体に噛み付いたり、手に持った武器で傷をつける。


「『ナツハヨル』」

「くっ‥絶壁、いつか報いを受けなさい‥」


 消えて数が減りつつも、際限なく使い魔達は補充され襲いかかる。

 更に、使い魔達の間を縫うようにして俺たちの攻撃が入り混じり、圧倒的な物量をもってして、本頭鬼の行動を封じて一方的な展開を繰り広げる。


「‥転移しないし、兆候も見えない。このまま物量で押し切れないか?」

「五分五分かな。予想以上にグレイの毒が効いてるみたいよ‥ほら」


 絶壁が指さす方向には、膝をつき武器であるノコギリ斧すら握れぬほどに痺れた本頭鬼がいた。

 もはや、立ち上がる力も残ってないのか使い魔達の攻撃にも微動だにせずされるがままになっている。


「これなら直ぐに倒せそう‥待っててネイビー」


 勢いづいた状況を楽観的に捉えていると、本頭鬼に異変が起こる。

 ネイビーへ不意打ちを仕掛けた時と同様に頭部の本に記された文字が光り輝き始める。

 想定していた事態に全員の警戒心は強まり、俺が弓を握る力もより一層強くなる。


「ん‥?ちょっとグレイ、この部屋なんかおかしいぞ?こんなに本が少なかった時

 ?」

「本?いや、結構敷き詰められてた気が‥‥」


 絶壁に言われて辺りを見渡すと、彼女の言う通り本棚の所々に隙間が現れていた。


「なんだ‥何かある‥絶対におかしいんだ」

「気ぃつけなよ‥ここが正念場なんだから」


 張りつめた緊張の中で唯一警戒しなくなる時、コンマ数秒の隙、それはまばたきである。

 俺の視点では、まばたきの後脈絡なく振り下ろされるノコギリ斧一杯に視界が埋め尽くされる。


「ほへ‥‥?えぇ!?また転移かよ!」


 今までの痺れはどこへ行ったのかと言わんばかりの動きに回避も間に合わず、アンタレスを上に上げて強引にも盾として受け止めた。


「ぐっ‥重っ‥」


 全身には瞬間的に鉄の塊を押し付けられる重みがのしかかり、足の力を抜けば叩き潰されてしまう。


「万雷よ、来たれ『武甕槌タケミカヅチ』」


 耳にシオンの声がしたことでこの地獄からも直ぐに解放されるはずと喜びが現れた。

 しかし、その雷撃の通る音は俺の後ろを進んでいき、全く別のところで数多の『悲鳴』を巻き上げてフェードアウトしていった。


「なっ‥おいシオン、どうなってる!?敵は今俺の目の前だぞ」

「耐えてお兄ちゃん!転移だけじゃないの、あいつ‥ジュノーさんの技まで模倣した!」

「私の『百鬼夜行』?違いますわ、こんな仁も義もない傀儡技‥認めたくもない。コーちゃん、グレイを助けなさい!」


 ジュノーの使い魔であるコンドルの突進で本頭鬼の斧を振り下ろす態勢は崩れる。急に重みが無くなったことで死の危険から解放された。

 何が起きたのか確認しようと顔を上げると、数多のヒトがジュノーやシオンに襲い掛かっていた。


「ゾンビかってくらい生気のない奴らがこんなに出てきてる‥あ、でも身なりはいいな‥」

「そりゃあ、こいつらもネイビーと一緒だからでしょ」

「ネイビーと一緒って‥ほんとだ、同じ百鬼夜行でも出てきてるのは魔導書だ」


 目の前に新たに現れた魔法陣からは、一冊の魔導書がポンと出てくる。

 そして、勝手に開くと文字が光だして姿をヒトへと変えていく。


「オマエモホンニナァレは単なる装填技リロードだね。本命は奪い取ったプレイヤーを傀儡として呼び出しで暴れさせる召喚奥義。見なよ、ヒーラーまで居るぜ?」


 集めたプレイヤーを使っているためか、そこかしこで杖を掲げて本頭鬼を癒す者達も居る。

 その数はジュノーの百鬼夜行とは比べ物にならないほど増大していく。

 気がつけば俺たちに対しての包囲網が敷かれ、逃げ場もなくなっていた。


「ここへ来て物量負け?勘弁してくれよ‥」

「全くもって不愉快ですわ。私の子達を無駄に死なせた挙句がこの惨事」

「‥あれ、ない。ネイビーの本はどこ?」


 背中合わせの立ち位置で襲いくるヒトを捌いていくと、シオンがふと漏らした。

 最後に持っていたのは彼女のはずだが、消えてしまったらしい。


「きっとその辺で踏まれてるよ」

「アークで解決出来ないかな‥絶壁!」

「あいよ〜アークをお取り寄せ〜」


 絶壁は自らのアイテムボックスから顕在化させたアークを持つと、パラパラとページをめくり始める。


「ふむふむ〜ん〜あ〜ね〜そゆこと‥これはまた‥」

「感想はいいから是が非か言って!」

「無理だね。この本、戦闘用じゃないや」

「‥やはり。もう何もかもが最悪ですわね‥残りはコーちゃんしか居ませんし」


 部屋の上空をぐるぐると旋回する使い魔の大鷲のみとなるジュノー。

 本と化したネイビーが消えて戦意が損なわれ始めるシオン。


「何しにここへ来たのよ‥」

「シオン‥」

「でもでも〜向こうから来てくれるみたいだよ〜」


 その言葉を聞いたシオンは反射的に囲いの中のヒト達を見回す。

 つられて俺も探すと、確かに包囲網を敷くヒトの中にネイビーの姿が見えた。

 彼の瞳は他のヒトと同様に生気がなく、操り人形といって差し支えないだろう。


「これってさ〜あたし達、絶対絶命というやつ?」


 敵側でのネイビー登場により、勝利の女神は本頭鬼へと微笑みかけている。


「ちょっといいか、シオン」

「何‥今回は落とした私のせいだよ?」


 今まで反抗期すら無かった妹からは諦めにも似た雰囲気を感じるが、包囲網の中では時間もなく全てを伝えられないかもしれない。

 だがしかし、ここが勝敗の分岐点になる。


「うるさい、兄の言葉を聞け‥まず、お前に不動の心など持てるはずがない!無駄に賢いから後まで気にするもんな」

「先に斬るよ?」

「それでも、揺らごうと、心は折るな!」

「‥何がさ」


 この状況で不貞腐れそうな妹に対する正しい励まし方など知ったことではない。


「十や二十の失敗も成功には繋がるんだよ。ネイビーがミスで敵側に行っちまった?でも、お前はそれがメリットになるだろ?」

「‥あっあれか」


 自分で気づけたようなら、もうこれ以上何か言う必要はない。絶望的な状況に見えるが、あの一手で同じく希望が一つ生まれたのも事実である。そもそも、この妹があれだけの物を忘れていたことの方が驚愕だ。


「‥グレイ、隠し持った切り札ってない?」

「今回ばかりは手札切れだ‥俺のはな」

「あらあら、この状況をひっくり返せるカードがありましたの?」

「それは‥」


 ちらりと切り札の持ち主へと視線を向ける。大丈夫。そう言わんばかりの雰囲気。ネイビーの件で心配していたが、既に瞳に力強さを持っていた。


「シオン‥俺の想像通りなら、この盤面を返せる切り札はお前だけだ、全部賭けるぞ」

「ネイビー‥ごめんね、お陰で条件は解禁した。抜刀・真打‥はつ牙皧あい刀アルタルフ」


 友愛の蟹座から得た白き刀は、艶めき輝く白銀の刀身に俺達を取り囲むヒトと本頭鬼を敵として写し出す。『味方の救助』という条件は単に一緒に戦っていれば解禁されるわけではない。それでは何故か『援護』扱いになるので使えない。結果として、『相手に洗脳されでもしなければ解禁されない』という面倒極まりない一刀。


「味方は癒せ。英雄魔法『アセルフ』」


 シオンを中心に展開した黄緑色の結界からは波動が波打ち、優しく部屋の全てを包み込む。


「まぁ!召喚不能にまで効果のある回復魔法とは‥お陰で百鬼夜行が使えますわね」

「確かプレイヤー対象の回復魔法のはずだけど‥」

「プレイヤーに関わるスキルや状態異常は何であろうと対象なんでしょ」


 視線の先には次々と消えていくヒト達と床に倒れるネイビーの姿がある。

 本頭鬼は溢れ出す結界の波動に苦しみ悶えつつも中心に座すシオンへとノコギリ斧を一直線に投擲した。

 対してシオンは避ける素振りを見せずただ一言。


「敵は退け。英雄魔法『アン・ナトラ』」


 桃色へと変わった波動にシオンは包まれる。

 そこへぶつかるノコギリ斧は金属と衝突する際に響く激音と共に宙へと弾き飛ばされた。


「うへぇ‥防御アップとかの比じゃねぇ‥無敵じゃん」

「こんな世界のせいで忘れてたんだよ‥絶壁ちゃんとお兄ちゃんのお陰で私を取り戻せた」


 右手に十握剣、左手にアルタルフを握りしめたシオンは十握剣の切先を本頭鬼へと向ける。


「雲外蒼天。どんな困難も全ては打ち勝つもの。ヴァルキュリアのシオン、推して参ります!」



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