第13話 魔導書館 禁忌書物庫 『淡路のシンコペーション』

 二振りの刀を手にしたシオンは禁忌書庫の中をまるで風のように駆け抜ける。

 迎え撃つ本頭鬼は一度閉じていた頭の本を開いて中に描かれた文字を輝かせる。


「スキルで怯ませる『ボルテクスレイ』!」


 紫電の弓から放たれた雷撃はシオンを追い越して標的の頭部分に刺さる。

 全力の一撃を受けても片膝を付く程度で済んだ本頭鬼を確実に怯ませるにはまだ足らない。


「ジュノー、使い魔で動きを封じてくれ!」

「英雄絶技『百鬼夜行』。ついでに貴方の後始末もしてあげます」


 ジュノーが再び起動した百鬼夜行により、数多の使い魔達が襲いかかる。

 自由に動かさないように大半の使い魔は本頭鬼の身体に纏わりつく。

 反対に空を飛べる鳥類種は頭の本のページを爪で引っ掻き、クチバシで挟み引きちぎる。


「オオオオオオォォォ」

「汚らしい悲鳴ですこと」


 紙の破れる爽快な音と頭を抑える本頭鬼の悲鳴が部屋の中を木霊する。

 ジュノーによって怯んだ隙をシオンは見逃さない。

 瞬く間に懐へ入り込み脚を踏み台にして駆け上がると、空いた脇腹目掛けて追撃する。


「龍を滅せ。英雄絶技『覇刃 須佐男』」


 蟹座で見せた一太刀。刀が肉に迫るまでの空を斬る間、唸り声のような音が鳴り響く。

 その豪刃は本頭鬼の脇腹に横一直線の傷痕を残す。

 着地したシオンは、次にアルタルフを持つ左手に力を込め、腰下から首にかけて斬り上げる。


「絶壁、支援砲撃!火力は手持ちの最大!」

「あいよ〜スキル『花鳥風月・桜』」


 絶壁が放った桃色の矢は空中で散りゆく桜吹雪のように何千何万の矢へ分裂し、斬り終えたシオンの身体を避けて、本頭鬼の身体に突き刺さる。


「‥倒すには、これでも足りないか」


 しっかりと大地に根を下ろす脚を見れば、息絶えていないことが予想できる。

 事実、絶壁の攻撃に曝された本頭鬼は倒れずに踏みとどまった。

 そして、ここぞとばかりに反撃する。


「『イロハニオへド‥』」

「攻撃来るぞ、警戒!」


 両腕からノコギリ斧を捨てて、手には背後の魔法陣から新たな武器を呼び寄せた。

 それは、不格好で厚みのある鉄の大筒で、砲身の中心がばっくりと二分割されていた。

 片手で大筒を抱えると、空いた掌に大きな弾頭を召喚し、砲身に詰め込む。


「あの弾頭‥俺の身長よりデカいんだけど」


 全長がプレイヤー1人分を優に超えた弾頭を詰めると、分割された砲身を一つに戻して弾頭を装填し、筒先を俺に向ける。


「わぁ‥シオン‥ヘルプミー」

「『‥チリヌルヲ』」


 C4爆弾が爆発したかのような耳をつんざく轟音が鳴り、発車の振動で部屋は揺れ動く。

 視界を埋め尽くす鉄弾頭には、もはやデジャブを感じていた。

 シオンは冷静にアルタルフの鋒を俺に向ける。


「敵は退け。英雄魔法『アン・タレラ』」


 足下から湧き出した桃色の波動は俺を包み込み、弾頭を防ぐ壁を形成する。

 そして、両者は接触し大爆発を引き起こす。


「グレイ無事?」

「ゲホゲホッ‥煙たいけど‥何とか‥」


 爆煙の中を抜け出し、絶壁、ジュノーと共に前線を押し上げる。


「今度はこっちのターン‥スキル『毒矢生成』」

「グレイ、普通の矢を使わないなら、あたしにくれ。もうねぇんだ」


 絶壁は矢筒に用意した手持ちの矢は尽きていたので、俺の残り矢を全て渡す。

 既に毒を付与してからそれなりに時間は経っている。

『解析』で把握していた本頭鬼のHPはもうすぐ2割を切る手前であった。

 だが、倒すより先にこちらの手札が無くなり始める。


「グレイ、これ以上はもちませんわ!」


 時すでに遅し。ジュノーと俺で傷つけた頭部も再生し、塞ぐ必要の無くなった両手で空を飛ぶジュノーの使い魔をはたき落とす。


「あの変態‥よくも‥跡形も無く消しますわ‥スキル『憑依 モデル:サンダーバード』」


 彼女が一番大切にしている使い魔の大鷲が頭上まで飛んで戻ってくる。


「あのキグルミ、またやるの?」

「馬鹿ですか?復讐相手に段階なんて踏む暇ないんですよ!」


 全身に炎を纏うコンドルが流星のようにジュノーへと落ちていく。

 業火の中から出てきたのは背中に大きな翼を生やし、意匠を凝らしたジュノーが出てくる。

 腕には鋭利な鉤爪が武器として取り付けられ、キグルミというよりはスーツに近い。


「‥ホークガール?」

「どこの世界のアメコミヒーローですか‥私はあれみたいに前世の記憶とかないですから」

「いや、知らないわ」

「これが世代か‥‥」


 一瞬だけ寂しげな表情をしたジュノーは、力強く翼を羽ばたかせ空を舞う。


「一度は報いを受けなさい!」


 本命の頭は両腕で塞がれるが、足先にも生えた鉤爪を本頭鬼の首筋に食い込ませると、両腕の鉤爪も体に突き刺し、太ももで首を挟んで手は首元を掴む。


「倒れなさい!」


 そして、翼を羽ばたかせて本頭鬼を持ち上げると、空中でバク転させて頭を地面に叩き落とす。

 近づくまでのアクロバティックな動きからは想像できないほど大胆で豪快な投げ技に絶壁も唸る。


「ひぇ‥フランケンシュタイナーかよ。太ももで首捻じ切れるんじゃね?」

「ふっ‥‥そんな醜い勝ち方‥‥しません‥わよ‥‥」


 しかし、反動も大きく絶壁の姿は元に戻る。

 それでも、彼女の顔は清々しさを感じられた。


「暫くは見学に‥徹しますわ‥」


 ジュノーの使い魔達が群がって行くが、主の状態に影響しているのか拘束力は弱い。

 起き上がった本頭鬼は頭に攻撃されないと気づいてスキルの準備に入る。


「折角ジュノーが繋いだバトン‥無駄にするわけには‥くそ!」


 必死の思いで放った矢は頭部に命中するが、貫く威力もない毒矢風情では状況に変化はない。

 結果、頭の文字が光り輝くと、今度は本の色が白に変色する。


「『ハジメニコトバアリキ‥』」


 本頭鬼が新たな呪文を唱えると、禁忌書庫内の魔導書が本頭鬼の周囲に集まりだす。

 そして、独りでにページを開くと、炎、水、雷、氷といった多種多様な魔法がジュノーの使い魔達に向けて放たれる。


「いやっ!そんなっ!」


 彼女の使い魔達が炎や雷で黒焦げた炭と化したり、水球で溺死したり、芯まで凍って落ちた衝撃で砕け散ったりして消えていく。


「不味い、撃ち落とすぞ。絶壁はさっきのスキル使えるか?」

「あたし弾切れ!」


 絶壁は空っぽになった矢筒を見せる。『毒矢生成』で弓矢を渡そうにも彼女はさそり座の称号がある俺と違って、持てば自分が毒状態になる。

 仮にもうみへび座の毒を称号で限界まで効果を高めた矢なら、プレイヤーが触れれば一瞬でHPを削り取る危険性があった。


「‥シオン!『武甕雷』で纏めて倒せないか?」

「やってみる」


 シオンにより放たれた雷撃が多くの魔導書を地に落とす。

 しかし、新たに魔導書が補充されて数の有利で打ち消してきた。


「アンタレスのスキルは線形だから、一掃には向いてない‥シオンが一掃しても俺の火力じゃ心もとない‥他の2人も余力無し‥‥」


 どっちに転んでも結果は上手くいきそうにない。

 迷っていると、ジュノーの使い魔を全て落とした魔導書群が、標的を俺達に変える。


「成功率は低いがやるしかない‥シオン‥」


 俺が前線に出ようとすると、聞き覚えのある少女の声がどこからか聞こえてくる。


「大丈夫、私が手伝います!」


 光を纏った矢が本頭鬼を守る魔導書群に命中する。


「このスキル‥この声‥マナっ!?」


 歓喜に震えるシオンの声。俺も待っていた彼女の声で不安が消し飛んだ。

 待ちに待った援軍の到着に他の2人も戦意が大幅に向上する。


「‥遅いですわよ、マナロ」

「乳隠し2号!乳隠し2号じゃないか!どうしてここに!?」


 一人恩知らずの声が聞こえてきたが無視することにした。

 救援に来たマナロは俺の隣にやって来る。


「‥‥‥その、無事‥ですか?」

「あぁ、でも‥来てくれて嬉しいよ」

「そ、そうですか‥‥‥どうも」


 恥ずかしそうに笑う彼女

 空気を読まない本頭鬼が、雄叫びを上げた。


「まだ、あるのかよ‥絶壁、ネイビーは?」

「とっくに回収済み~きっと夢見心地だよ~」


 気を失ったネイビーは絶壁が自身の胸の上に載せて頭と両足を手で支えている奇妙な光景が目に映る。


「そっちは大丈夫か。けど‥こっちが足りない‥」


 本頭鬼を倒しきるには同時に  する必要がある。

 唯一対応できるのは今の中だとシオンのみ。

 しかし、彼女が迎撃に参加すると一撃を与える役割が不足する。


「もう一人、せめて‥あいつらMBO組が入れば‥」


 可能性のあるミルは未だ戦場である禁忌書庫に到着していない。

 まだ、第二エリアで足止めされているのだろう。


「安心して下さい。援軍ならもう一人!居ますよ!」

「あ、そっか。第二エリアで誰かと抜けてきたのか‥」


 ネイビーが一人だったので、すっかり忘れていたが、俺の時はジュノーが一緒で、シオンも絶壁とクリアしていた。

 それは、マナロだって例外ではない。


 だが、自信満々に彼女が呼んだその名前が悪魔を呼び起こす。


「お願いします!ロイヴァスさん!」

「えっ‥‥ロイヴァス‥?」


 空から一人の男が傘を刺しゆっくりと降りてくる。


「やぁやぁ、紳士淑女の皆様ごきげんよう」


 その男は足まで丈のある真紅のコートに袖を通し、顔を見せないためにハット帽を深く被っている。

 念には念を入れているのか顔は包帯をぐるぐる巻いていた。

 正体不明の紳士を装っているが、逆にその奇抜さが証拠であり、間違いなく彼を俺は知っている。

 ジュノーと絶壁も居るはずのない人間が現れたため、あまりの驚きに目を見開いている。


「あれ?グレイ‥さん?」

「お兄ちゃん?」


 シオンとマナロにレッドラムのしでかした事は説明したが、姿形については言っていない。しかも、ネームを本名であるロイヴァスに変えている。

 知らなければ分からないが、特徴的なアバターに楽器を使う彼は、MBO卒業生、殺人鬼レッドラムであった。

 俺達の動揺を当たり前のように見過ごした彼は、シオンに声を掛ける。


「剣士のお嬢さん、私がリードします。思うがままに、行きなさい」 

「えっ‥は、はい」


 言われ慣れないお嬢さんの呼び方にシオンはしどろもどろしながらも、武器を構え直す。

 ロイヴァスは見慣れない弦楽器を取り出すと、丁寧に本頭鬼へと一礼する。


「では、皆様。一曲、お付き合いを」


 爆音が当たり前の戦場に静けさを連れて来た癒しの音楽が流れだした。

 すると、標的の守りを固めていた数多の魔導書が勝手に地面に落ちていく。


「凄い‥全部落としちゃった‥‥」

「音の力です。音楽は万物全てに通じるのです」


 ロイヴァスの説明にマナロとシオンは感嘆してしまう。

 因みに、俺や絶壁達はそんなはずない、と分かっていたが、割り込む前にロイヴァスが話を続ける。


「後は、お嬢さんが終止符を」


 シオンの前には守りのない本頭鬼への道が残される。

 彼女が後ろを振り返ると、ロイヴァスが楽しそうに演奏しながらシオンの方に顔を向ける。

 包帯が巻かれたせいで表情は分からないが、赤く妖しく光る瞳からは『今のうちに』と訴えているように受け取れた。


「ありがとうございます!」


 一切の妨害が無い道をシオンはすいすい駆け抜けて、至近距離まで間合いを詰める。

 そして、魔導書館の激闘に右手の刀で終止符を打った。


「夜神よ、力を貸して。英雄絶技ヒーロースキル宵闇よいのやみ 月詠ツキヨミ』」


 刀身は黒く染まり、シオンが纏う十二単は艶やかな青系12色に色づく。

 糸のように細く鋭く振りぬくと、本頭鬼の体には上半身と下半身に斬り分けられる。


「さよなら、魔女の門番」


 加えて、斬った場所には一本の線が跡になって残り、ブラックホールのように周囲の物体を吸い込んでいく。

 気がつくと、その場に居た本頭鬼の体は跡形も無く吸い込まれて消えていた。


 ◇◇◇◇


「あの、本当にありがとうございました!」

「いえいえ‥」


 シオンにとって窮地に現れたロイヴァスは感謝してもしきれなかった。

 ただ、不思議なことに自身の兄を含めた3人は、彼が現れてから本頭鬼を倒すまでの間、その場でずっと突っ立っていた。

 今では3人で寄り合って、小さな声で何か話している。


「おい、あいつロイヴァスって言ったな‥」

「えぇ、言いましたね。貴女絶壁今手持ちのスキルは使えます?」

「矢さえあれば‥畜生‥‥」


 俺がロイヴァスと名乗るレッドラムらしき人物に声をかけようとすると、勝利したことで魔導書館の天の声が語りだす。


「まさか、かの大鬼すら退けるとは‥今宵の客人は価値ある者達であった。ほっほ胸を張って帰るが良い。魔導書館に訪れている者達も纏めて外へ出してやろう」


 未だにネイビーは絶壁の胸の中で眠りについているが、目的のアークは回収したので、後はこれをアルボンに渡せばクエストクリアとなる。

 直ぐに転移は始まり、絶壁の足下に魔法陣が現れると、彼女はネイビーごと転移して消えていく。

 次に、ジュノーが消えて残りは後4人となった時、壁際に立っていたマナロのすぐ側に禁忌書庫の魔導書が落ちてきた。


「おっと、危ない危ない‥ん?これ、何の本だろ?」


 マナロは足下に落ちてきた一冊の魔導書を何気なく手に取る。

 本は新品同様で埃一つないが、驚くべきことに題名は『』と書かれていた。


「っ!?これ‥‥‥本物?」


 この本との出会いに運命的なものを感じた彼女は意を決してページを開いた。

 そこへ、気になったシオンが声をかけに歩いて行く。


「マナ~何見てるの?」

「えっ‥その‥」


 中に書かれた文字を読もうとした瞬間、マナロを中心に魔法陣が展開される。

 その範囲内に入っていたのは、シオン、俺、そして、ロイヴァスの3人。


「‥おい。ロイヴァス‥‥お前は‥‥」


 俺がロイヴァスに声をかけている最中に4人の姿は禁忌書庫から完全に消え去った。

 全てが終わり、魔導書館内から人が消えた後、天の声はしんとした部屋で呟く。


「転移魔法を使‥一体、彼等は何処に行った‥?」

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