第9話 魔導書館第2エリア 『司書が彷徨う回廊』(上)

「その衣装本気‥なんだよね」


 頭の上には可愛らしくデフォルメされたワシのフードを被り、ふさふさの羽毛が生えた白い身体と下は茶色の三本脚で出来たキグルミを着込んだジュノー。

 最初に感じたのはデスゲームとはこうも人の羞恥を捨てさせることが可能なのかということ。


 少なくともキグルミ防具を俺は着たいと思わない。


「そんな眼で見ないでくださいな。私だって恥ずかしいんですから‥」


 彼女は恥じらうように頬を染めて顔を背ける。

 せめてその姿で無ければほんの一欠片程度の可愛いという感情が心に思い浮かんだかもしれない。

 それほどまでに彼女にキグルミは似合っておらず、見ているこっちが段々恥ずかしくなってくる。


「着替えられないの?」

「無しではないですね」

「着替えられるのかよ。じゃあ着替えてくれ、なんか弱そうだ」 

「勝手に決めつけない。一度くらいステは見てください」


 ジュノーから見せられたステータス画面には見たことのない表記が書かれていた。


 状態:憑依トランス(サンダーバード)第一形態


「‥憑依トランス状態?そのキグルミが?もしかしてタチ悪いのに脳みそ丸ごと取り憑かれてる?」

「貴方はまず紳士的な言葉の使い方を学びなさい。普通の人はアイシャバカリミアアホみたいに頭おかしくないんだから、そんな冗談言ったら傷つきますわ」

「普通の人はデスゲームのボス戦で人の事鷲掴みにして投げないから」


 大熊座戦のジュノーには未だに根に持っている。

 俺とシンを運ぶのにまだ乗れた大鷲の背中じゃなくて文字通りの鷲掴みをした罪は重い。

 あの挙動ジェットコースターより激しいんだよね。


「‥‥ゴホン!それよりもこの憑依魔法、中々よろしいでしょう?実は、先程のエリアで拾いましたの」


 ジュノーが手に持っていたのは一冊の魔導書。題名は『魔獣使いに捧ぐ憑依強化』と途中まで読めたが、表紙の半分に大量のホコリが被っていて後ろ側は読めない。


「昔の件はスルー‥で、その本ちゃんと読んだの?これ、ホコリ被ってる‥題名が隠れてるよ」

「あら、ほんと。著者でも書いてあるのかしら」


 それはマナロと居た意味不明の魔導書区域であり得ないことが分かっている。

 俺がホコリを払うと、魔導書の正式な題名があらわになった。


「『魔獣使いに捧ぐ憑依強化‥を私が軽蔑侮蔑ぶべつするためにキグルミ化させる魔法』。あぁ、やっぱこの魔導書作った魔女は頭おかしい」

「なるほど‥地獄の果てまで魔女を探して殺しますわ」

「気持ちは‥少しわかる。今回は‥可哀想だな」

「‥‥嘘つき。手で笑い堪えながらそれ言います?」


 ジュノーの言う通り、俺は手で口を押さえて震える肩で慰めていた。


 いや、だって。恥を忍んで強い魔法と勘違いしてまでそんなの使ってたら笑いたくもなるよ。


「全く‥第一エリアも馬鹿にしたような魔法ばっか‥伝説の魔女とやらは常識がない!」

「ダメだ…それ着ながら言われたら‥何か‥子供が駄々こねてるみたい‥」

「コーちゃん憑依トランス解除。今日の玩具はあの人よ」

「ちょっと!冗談だっ‥‥あぁ!ぎゃあああ!!」


 結局、このエリアの攻略が始まったのはジュノーの気が晴れるまで大鷲に掴まれながら空中で一回転を延々と繰り返した俺が平衡感覚を取り戻す数時間後のことである。


「あら、今何か聞こえませんでした?」


 何気ない会話の中、ふとジュノーが会話を遮りそう言った。


「‥招かれざる客達‥‥‥‥」

「ほんとだ。あの時も聞こえた門番だか天の声だかよくわかんないやつ」

「それもう天の声さんでいいのでは?」


 何が引き金になっているのかは不明だが、またしても天からの声が耳に聞こえてくる。


「招かれざる客達よ。特別書物庫に入りたければ司書の推薦を得よ」


 天の声は俺たちが聞き取れたことがわかったのか呼びかける事をそこで止めた。

 早速、先程の言葉から次のエリアに進むためのヒントを考え始める。


「司書なんて居たんだ‥それに推薦って招かれざる客が貰えるかな?」


 顎に手を当て訝しげにそう呟く。

 ジュノーは少し考えた後、俺の目の前に人差し指と中指を立てて自分の考えを説明しだした。


「‥方法は二つですわ。一つは正攻法、推薦は司書のドロップアイテムと仮定して倒す。もう一つはリスクのあるプランだけど司書と仲良くなって描いてもらう」

「何で正攻法が討伐なのかツッコミたいけど、招かれざる客へ素直にくれるとは思えないのも事実‥ドロップアイテムが推薦状ってのは良くあるからなぁ」


 昨今のゲームでは倒した報酬に次のエリアの開放権利が与えられる。

 ヒロイズムユートピアもそれに習っている可能性は充分にあり得る話だ。


「でしょう?だから私が前衛で見つけますから隙を見て、優雅に美しく頭を撃ち抜きなさい」

「乗り気になれないけど‥進にはそれしかないか」


 願わくば司書がクラリスやルキフェルのようなβテスターではなく、フリンやコリンのようなNPCでもなく、先ほどのエリアで見たモンスターにしか見えない姿であることを。


 あんなにも自由に生きる人々を射抜くのは心が抉られる気分だ。


「今回は本探しでないのが奇跡ですね。先程は一人で片っ端から開けたせいで酷い目を見ました」

「あれ?ミルと一緒じゃないの?」

「普段の呼吸がハアハア言ってる変質者ですわよ?一応首輪とロープを繋いで先に突撃させましたが‥途中で真っ暗闇に取り込まれた時にはぐれました」

「そりゃ災難。俺は絶壁とかと大勢で来たから前のエリアは2人で行けたよ」


 その話を聞いた途端にジュノーの顔色が悪くなる。

 更には、魔導書館内を歩いていた時に大股一歩分だった距離が大股十歩分ぐらいまで一気に広げられる。

 あまりのことで不審に思い彼女の方を向くと、有り得ないと言った表情で恐る恐る俺を見ていた。


「絶壁って‥そういう渾名あだなでもゼッペキでもなくて‥あの絶壁になりたいとかいうふざけたハンネの絶壁です‥か‥‥?」

「あ‥‥ジュノーって今もあいつと喧嘩中だったりする?」


 よく絶壁は女性プレイヤーと揉める性格なので、ジュノーも例に漏れず喧嘩でもしたのかと勘ぐっていたが、顔面蒼白になる彼女を見ると、どうやら違うらしい。


「なんでここに核弾頭持ってきたんですか!?こうしちゃ居られません。追いつかれる前に終わらせますよ!」


 普段は見られないやる気を出した彼女は力強く床を片足で踏みつけると、腕を組みながら仁王立ちをし、声高らかに宣言する。


英雄絶技ヒーロースキル『百鬼夜行』!我が全ての眷属よ、目標を見つけ出せ!」


 彼女の掛け声と同時にありとあらゆる空間に切れ目が発生する。

 そこから這い出てくるのは、彼女が今まで集めたであろう獣、妖、魔物。

 同時にジュノーはどこからともなく現れた紫色の羽衣に袖を通す。


「‥グレイは全体チャットって見てますか?日々色んなプレイヤーがシナリオクエストやレイドクエストをこなしているんです。私も…例外ではない」

「これ‥‥全部ジュノーの使い魔‥?」

「大小含めて百は呼べます。なんですよ!さぁ散れ!」


 彼女の合図と共に百の使い魔達は前後左右、上下もお構いなしに飛び散っていく。

 彼らの報告を待つ間、ジュノーはふと何か思い出したかのように話しかけてくる。


「あぁそういえば‥私ってグレイとサシで話したことがありませんでしたね。どうですか今の私は?どう映っていますか?」

「急にどうした?」

「何、あの子達が見つけるまでの余興ですよ。女性と2人きりのこの状況で貴方は平然といられますか?」


 その質問をした彼女はアイシャやシオンとは違いアンナ姐さんやリミアのような女性特有の余裕たっぷりな笑みを浮かべていた。

 しかしながら、彼女とそれなりの付き合いがあるせいで、照れることもなく表情一つ変えることもなかった。

 明らか歳上で疑惑ありの人物に対してそんな感情抱けるはずもない。


「あら、反応無しなのは照れているからですか?それとも‥ネカマごときが何言ってんだって思ってますか?」

「‥ネカマの部分は否定しないの?」

「ストレートに聞きますね。普通は無理にでも全否定して話終わらせるのに‥」


 何故か彼女は興味深そうに聞いてくる。


「いや‥なんだろうな‥普段は仮想世界の仮面を見ているからかな。そういう情報って速攻陰口コースじゃないか。俺も‥その‥」


 言うのは最も愚かな行為である。彼女の目の前で昔陰口を言っていた等と告白してしまったのは、ある思いが彼女を前に胸中を支配していたからだろう。

 それでも彼女は笑って返す。

 それが、さも当たり前かのように。


「あぁ気にしてませんよ?MBOでは周知の事。特にあの世界で他人のゴシップは気になるものです。かくいう私もグレイの陰口はしてましたから。例えばグレイがシンに勝てるのは裏で金銭授与があるからだーとか」

「そんな事してたの‥ならぶっちゃけるとさ‥閉じ込められて随分経った今、俺達ってこの生き方に?」


 それを聞いたジュノーはむすっとした表情になった。


「何ですか、俺たち凄い凄いですか、自慢を謙虚めに言われると本当苛立ちますね。ビンタしますよ?」

「違うわ!俺が言いたいのは‥そんな慣れの中でも現実と仮想のアバターが異なる人はやっぱ‥日常に苦労するのかなって‥ちょっと思ってみたり」


 顔を逸らしながら、横目で彼女の方へ視線を向ける。

 言っている事は世が世なら切腹クラスの無礼千万に当たる言葉だ。

 ネカマキャラはあくまで仮想世界用の仮面。

 それをデスゲームで長時間続けるのは本人が一番辛いのではと考えてしまった。

 この封鎖された空間で2人きりという特別な時間は、遺憾にも俺の好奇心を埋めようとこんな邪な考えを思い付かせてしまった。


「‥‥‥‥あぁ、ネカマってここだと同情するって言いたいの?」


 冷めた口調で低い声色のジュノーが言葉を返す。


「いや‥その‥ごめんなさい。そうなります」


 聞いて良いことといけないことの分別はつく。

 なのに、聞いてしまったのはこの世界が前提で、封鎖状況じゃないといけないからなのか。

 どんな理由にせよ、相手は歳上。親しき仲にも礼儀有りとはこの事。

 そうわかっていても声に出してしまった、思ってしまった、考えてしまった。

 こんな世界の中、俺達以上に彼女は大変なのではないかと。


 それが例え心配や同情であったとしてもだ。


 言った張本人である俺は口に出した以上何を言われても謝ることしか出来ない。

 数十秒ほど沈黙した彼女は何故だか笑って言葉を返してきた。


「‥‥‥‥えぇ、物凄く不快です。それ絶対にには言わないでください」

「だよね‥え、本物?」


 思惑は胸に隠したままのジュノーにより、俺の問いから不可思議な答えが返ってくる。


「カルガモシスターズちゃんからの連絡です。司書が見つかったそうなので私達も行きますよ」

「え‥‥あの‥ジュノー!?本物ってどういうこと?」

「はいはい、次のストーリーボスを貴方が倒したら続きを話してあげますわ~ネカマにも優しい優しいグレイさん?」


 今まで信じていた常識がひっくり返るように崩れさる感覚と、現状にもう一歩理解が追いつけないことで、俺は彼女の後を追うことで精一杯だった。


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