第8話 魔導書館第1エリア 『料理用魔法』(下)

「‥‥長い。もう1時間は歩いてるはずだ。何も景色が変わらない」


 パスタ麺を噴き出す魔導書を倒してから1時間。俺たちは延々と続く通路を未だに歩いていた。しかし、風景はあの時から一切変わる様子はない。


「変だ‥床に落ちてる本も同じ気がする」

「‥そうです。そうですよ!あの本さっき私が見たやつです!ループしてます…」

「‥やべぇなこれ」


 予想以上の難関に思わず弱音で出てしまう。


「強敵より厄介だよ‥ヒントの意味もよく分からない」


 この部屋から先に進みたくても何が鍵なのか分からなければ時間の無駄である。今回、謎の声の主は禁忌の書を焚けと言っていた。


「そもそも異常な魔導書の中から禁忌とか見つかるか?」

「パスタと結婚する魔法すら禁忌ではないですからね」

「もはや、何なら禁忌になれる?」


 意気消沈しかけつつも壁に入れられた本を一冊取り出す。そして、確認のために題名を見るも再びパスタ。諦めて本棚に戻そうとすると、どこからか本が一冊隣に落っこちてくる。不意の出来事で興味を持った俺はその本を手に取った。


「『人間由来のパスタ製造における基礎魔法の確立』‥?」

「なんか‥物々しい題名ですね」

「でもさ‥‥」

「えぇ、正に禁忌の魔法です。人を材料にするなんて」


 正しく意味を捉えれば人殺しの魔法だ。これを禁忌と呼ばないなら俺はもう謎を解ける気がしない。


「よし、開けるぞ‥偶然にも落ちてきた本だが鍵の可能性は高い」

「はい‥気をつけてください。さっきと同じとは限りません」


 俺はゆっくりと慎重に本を開きページをめくる。中には人体の絵と矢印でそれを何かへと変えるための呪文が書かれていた。


「うわ‥本当に人間を変換する魔法ですよ」

「流石に読めないように象形文字か」


 ともかく、この魔導書は破壊しなければならないため、俺は宙に放り投げる。

 すると、魔導書は空中で既視感のある輝き方をし始め、ある一点で静止する。


「やっぱ来るか、モンスター」

「やっぱり何かおかしいです‥あれ魔法陣?」


 マナロが懸念していた通り、魔導書はパスタ麺触手などではなく本の数倍はある魔法陣を展開し始めた。

 やがて、魔法陣からは人型の生物らしき物が落ちてくる。


「やだ‥気持ち悪い」


 マナロは隣で青い顔で吐きそうになっている。その生物は人型と表現できても確実に人間では無いと言い切れる程の醜悪の塊だった。身体を構成する全てが触手で構成されており、一つ一つが独立してうねうねと動き出す。


「パスタもここまでくるとイソギンチャクか何かにしか見えないな」

「何でまともに見れるんですか‥あれを。全身細い麺で象られた化け物ですよ‥パスタ男ですよ」


 確かに気持ち悪い見た目だが、それを理由に目をそらせば先程の魔導書のようにパスタの触手を伸ばして攻撃するかもしれない。

 俺はマナロに近づくと小さな声で耳打ちする。


「マナロ‥奥の魔導書、見えるか?」

「はい‥でも、あの化け物が正面に立ってますから狙うのは…」


 俺たちが狙うのは魔法陣を展開した魔導書本体のみ。

 それはパスタ男のやや後ろで空中に浮かんでいる。


「それは大丈夫‥1分稼ぐ。その1分で倒せるか?」

「‥そこって、カッコよく時間を言わない所じゃないんですか?」

「‥悪いが全力出してもそれが限界だわ。後は諦めて」

「ふふふ‥正直すぎますよ。でもいいです。分かりました」


 少し笑顔になったマナロは俺の背後に被さるように下がる。


「前衛がいないのは不安だが、ヒュドラの毒壺起動!」


 うみへび座から手に入れたヒュドラの毒壺により今までよりも強力な毒がスキル『毒矢生成』に混ざる。矢は普段用いる紫色から赤みを増した禍々しい見た目へと変化する。


「そこっ!」


 俺が放った矢はパスタ男の頭目掛けて進んでいく。

 しかし、パスタ男は頭の触手の一部を無理矢理こじ開けてトンネルのような形で矢の通り道を作り出し避けられる。


「げ、それありかよ!?」


 矢が抜けた後は空洞を埋めることで何事もなかったかのようにふるまい始める。


「野郎‥弓がダメなら‥」


 俺はポラリスをエルミネの聖剣デュランダルに突然変異させると、懐に入り込む。


「白兵戦だ!」


 動きの鈍いパスタ男を俺はデュランダルで思い切り横に斬り裂く。

 だが、それすらもパスタ男は自身の上半身と下半身を分離して回避する。


「ポラリス!」


 俺の呼ぶ声でポラリスはスライムへと突然変異して下半身を取り込んで床にへばりつく。

 すぐにでもアンタレスを取り出してスキルを撃ちたいところだが、さっき使ったスキルの待機時間がまだ残っていた。

 そうなると、使う武器は過去のレイド、シナリオ、ストーリーで手に入れたドロップ武器たち。


「まだ近接武器は残ってる‥『ディア・カリスト』!」


 初撃。大熊座で入手した『アルカスの監視槍』。エネルギーを纏った突きはパスタ男の上半身をバラバラに分解する。

 それでも散り散りになった触手同士は空中でくっつき結合する。


「(後30秒‥)次、獅子座の一撃『炎拳アルギエバ』!」


 右手に籠手として現れたのは獅子座の討伐褒賞。スキルは拳が直撃した点を中心に半径3mの範囲を炎で焼き尽くす『獣炎降臨』。

 見事に結集したパスタへ命中した拳と炎は残らず焦がし尽くす。


「え、やったのグレイさん?」


 その光景に思わずマナロが声を出していた。

 目の前のパスタ男だったものは焦げて床に落ちていた。


 なんだ、これなら最初から燃やせば良かったのかもしれない。


 そう思って魔導書を狙うマナロを援護しようとすると、手元にあり得ない物が握られていた。

 恐る恐る持ち上げると、それはスライム化させた筈のポラリスがデュランダルに形を戻していた。


「‥ポラリスの‥変身‥解けちゃった‥」


 こうなる原因は二つ。一つはポラリスの変身制限時間を迎えたこと。しかし、スライムの制限時間は1分以上あることが獅子座で把握している。

 ならば、原因はもう一つの方である。


 何らか形でスライムが『破壊』された。


「グレイさん‥?どうしました?」


 何も知らないマナロが明かりの中に出てきてしまった。彼女はもう勝ったと思い込んでいる。


「違う!こいつら、まだやる気だ!本体を今すぐにて!」

「えっ‥」


 瞬きもしないうちに、俺の視界は上下反転する。同時に脚を何かで強く蹴られた感覚がやってくる。目まぐるしく回る視界で薄暗い世界に映ったのはポラリスのスライムで取り押さえたはずの下半身部位。

 それが、自律稼働して俺を蹴り飛ばしたのだ。そのまま、ふわりと舞う感覚から床に叩きつけられた感触。結果として俺は地面に這いつくばっている。


「ぐっ‥マナロて!」

「あっ‥はい!」


 マナロは慌てて魔導書本体に狙いをつけると矢を放つ。


「何かある!」

「あ、しまった‥明かりの明暗で見えてなかった‥そこに塊があったなんて‥」


 しかし、射った場所が悪かった。その位置はちょうど残されたパスタ触手は再生しようと集まり出していた所だった。

 その場所には更に焦げて炭となった触手達も積もっていたが、再生している塊へ吸収されるように浮かび、再び一点で凝集し始めていた。

 マナロの矢はその塊の壁に巻き込まれ、呑み込まれるように消えていった。


「まずい‥そっちにヘイトが移る‥」


 役割分担してまで隠れて攻撃させたのは、あのパスタ男は最初に攻撃した俺のことだけを狙わせるためだった。2人がかりで躱しながら狙うより、弓兵2人なら此方の方が成功率が高いと思ったからだ。


「やらせるか!ぐっ…うおおおおお!」


 右上のHPはまだ半分以上。もう一発なら耐え切れるというユノからの確定保証だ。

 アンタレスを取り出した俺が新たな矢として番えたのは三番目のドロップアイテム。矢座の褒賞。


「『パルサー』奴を拘束しろ!」


 矢座の褒賞『パルサーの矢』は、使用回数は1日1回限定だが、確実に相手を捕らえる捕縛用の矢である。今日この先、捕縛矢を使うとは思えないので躊躇なく切れる手札だ。

 パルサーは糸のように手元と繋がりながらパスタ男に向かって伸びていく。


「今だマナロ!スキルで本を射抜け!」

「はいっ!」


 合図とともにパスタ男の左側で待機していた彼女がスキル『ミラージュアロー』で二十を越える数の矢を魔導書に向けて放つ。


「当たった‥今度は確実に」


 床に落ちる魔導書。それでも変化は起こらない。パスタ男はパルサーに縛られているし、魔導書館の主から何か言われるわけでもない。

 すると、震える声を出したマナロが後ずさる。


「ごめんなさい、ダメです‥火力が足りない。もう一度‥」


 止めを刺すために再び射出態勢に入ったマナロ。

 しかし、パルサーで縛り付けたパスタ男は何事もなかったかのように背後に立っている。


「な、何で‥パルサーは?」


 俺が地面に視線を落とすと、そこにはパスタ麺触手一本を縛り付けるパルサーの矢があった。


「こいつ‥集合体のモンスターなのか!?麺一本一本が独立したモンスター‥それじゃパルサーで縛れない!」


 マナロの位置からでは薄暗い明かりのせいでパスタ男は死角に入ってしまう。これでは彼女は避けられない。

 更に、パスタ男が向いているのは射出態勢に入ったマナロの方向だ。


「マナロ、横にいるぞ!避けろ!」

「えっ‥」


 俺の叫びとほぼ同時に彼女の矢は放たれた。

 妨害されることなく撃たれた矢は魔導書を完全に破壊し、パスタ男も崩れ去っていく。


「やった‥やりましたよ!」

「え?あ、あぁ‥(何だ‥最後の動き‥)」


 最後の攻防。マナロの背後にいるパスタ男は彼女ではなく俺の方へと身体の向きを変えていた。


 まるで、この場に敵対者は俺しかいないかのように。


 何か違和感のある疑問を抱いていると、部屋全体に響く声がする。


「よくぞ焚いた。その本は闇に堕ちた魔女の親友が書いた物。このやかたにおいての異物。見事だ招かれざる客よ。先に進むがいい」


 直後、視界を全て覆う光が当てられて思わず腕で遮る。


「平気かマナロ?‥‥おい‥」


 隣から少女の声が返ってこない。再度訪れた同行者消失。

 目の前を見ると先は見えず、左右に本が敷き詰められた書棚が立ち並ぶ光景が広がっていた。


「というかここは‥さっきは‥‥ん?」


 先程までとかなり酷似しているが、全く異なる点もあった。

 それは同行者が別のプレイヤーに入れ替わっていたことだろう。


「あ、お前‥」

「あら、これは‥‥」


 そして、彼女を俺は知っている。


 大熊座と獅子座で共に戦い、この魔導書館へ先に突入した内の一人。

 座り込んでいた女性はこちらに気づくと、立ち上がり歩み寄ってくる。

 その顔は俺が来ることが予想外だったのか驚きに満ちていた。


「これはまぁ‥驚きました。お久しぶりですグレイ」

「ジュノー?でも‥その姿は‥その‥何?」


 そこに居たのは、ネカマ疑惑の魔獣使いテイマーで大熊座で俺とシンを大鷲で振り回した女性ジュノーである。

 しかし、その姿は最後にミュケで会ったときとはかけ離れていた。


「何ってその目は節穴ですか?これは憑依です」


 彼女は鷲の着ぐるみを覆いかぶってその場に立っていた。




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