第7話 魔導書館第1エリア 『料理用魔法』(上)

 王立魔導書館。それはエル・イーリアスの首都ガブリエラに作られた数多の魔導書を保管する建物。

 街全体に根を張る外見に内部は次元湾曲により未知のダンジョンと化している。


 そんな魔導書館に俺は挑むため、仲間達と共に都市部中央に構えられた正門へとやってきた。


「いい?ミルちゃんとジュノーさんが突入してから既に4日。フレンド欄から2人の生存は確実。最優先は2人との合流。それと…」

「勝手に突入した子の回収。その後にクエストクリア」


 アオイさんとシオンにより現状と目的を再確認する。そのまま質問が無ければ突入となる空気である。


「はいっはいっ、しつも〜ん。結局、勝手に突入した子っどんな子?救出相手がわかんないってのはダメだと思いま〜す」


 絶壁は元気の良い声でシオンに向かって尋ねる。俺も気になっていた事で、シオン達が急いでいるのはそのプレイヤーが心配で仕方ないのだろう。

 すると、聞かれたシオンより先にアオイさん達が答えた。


「…子供よ」

「子供です…」

「ダメっ子とはかくあるべき…」


 ただし、アオイさん、ルリルリ、ノイは眼を逸らして答えていたが。


「知らない」

 

 次に答えたシオンは声に苛立ちが見られる。

 最後にマナロがシオンと俺を何度も見てから申し訳なさそうに答える。


「シオンにゾッコンの男の子…です」


 俺は驚愕し、思わず後ろに後ずさる。聞いた絶壁も予想外だったらしく口が空いている。


「…こっちで彼氏が…できたのか?」

「何言ってんの?彼氏じゃないから」

「貧しさを愛した悲劇の少年か…ふっ、切ない」

「馬鹿にすんなぁ!」


 鼻で笑った絶壁にシオンは飛びかかる。そのまま揉みくちゃになる2人は放置し、俺はマナロに詳しい事情を尋ねた。


「因みにいつからそんなことに?」

「キッカケは最初期にシオンを男の子と勘違いした所から始まって…」

「なるほど、誤解が解けてから異性として意識し始めた」

「もっとも一方的に寄ってくる彼のことを付かず離れずの距離間で保ったシオンのせいでここまで拗れたというか…」


 途中までマナロが言うと、絶壁を押し潰したシオンが戻ってくる。


「子供だから少し優しくしただけ。小学生だし」

「勝手に行った子はネイビーって子でシオンの愛弟子で剣士だよ」


 飛び付いてきたノイがそういうとシオンの顔は少し赤く染まる。

 なんとなくだが、これだけの戦力を投入する理由は見えてきた。


「でも意外だ…その歳でもデスゲームに挑んでいくなんて」


 ミュケでもそうだが、小学生以下の子供達は周りの忠告を無視して直ぐに殺されたか、怯えて暮らすかの2択だった。シナリオクエストに行けるならそれ相応に実力はあるのだろう。


「大方、貧の子に良いとこ見せようと無茶した感じか…優しいね、見捨てないなんて」


 起き上がった絶壁の言葉をシオンが否定することはない。

 そんな彼女の頭をアオイが優しく撫でる。


「素直でまっすぐな子だから…シオンだけじゃなくで皆弟みたいに可愛がってるの。だから暴走したらちゃんと叱ってあげなきゃ」


 黙って服を払ったシオンは十握剣を握りしめる。それを見た他の皆も各々の武器を取り出す。俺もアンタレスを構えて矢と毒の残量を確認した。ヒュドラの毒は実戦で殆ど使用していないので効果を確かめる良い機会である。

 それに、ネイビーだって死にたくてこんなことをしているはずが無い。


「了解だ。必ず救って見せよう」


 正門を潜り大きな扉を開けると、壁に付けられた小さなランプの明かりで怪しさを醸し出した先の見えない通路が現れる。

 アオイさんが最初に一歩前に出る。それに続いて俺たちも通路を歩き出す。


「行くわよ…みんな離れないで」


 通路は薄暗く少しでも離れた相手は見えなくなる。

 現に、今の俺には真横を歩くマナロの姿しか分からない。


「ちょっと暗いな…マナロ足元気をつけろよ」

「分かってますよ…あれ?そういえばグレイさん、その武器なんですね?前に使ってた物凄いのは使わないんですか?」


 マナロが言っているのはヴォルフ製作の半チート弓プロトΣのことだろう。


「プロトΣのこと?あれ本当は排熱機関に問題があって長時間使用できないんだよ…だけど前回のうみへび座と蟹座で制限時間以上使用しちゃって…なんか…壊れた」

「えぇ!?大丈夫なんですか?」

「ヴォルフのじーさんに持って行けば直してもらえるし、これが終わったら持っていくよ」

「すみません…それなら一度戻ってからでも良かったですね…」


 落ち込んだ声になってしまうマナロに俺は笑って声をかける。


「なに、大丈夫だよ。今回俺一人なら戻ったけどこんなに大勢いるんだ。負けるわけないって」

「でも…」

「しかも…あれは倒してないモンスターの素材まで使って無理矢理形にした急造品のチート武器だ。それが無くても何とかなる難易度にしてるさ」


 単に言い訳しているだげだが、彼女に変な気は負わせたくない。

 それに、公式チートと化したシオンもいる。余程のことが無ければ苦戦することもないだろう。

 俺の言葉で少し安心してくれたのか彼女の顔色がみるみるうちに良くなっていく。

 

「そうですね…きゃっ!」


 突然、何かに躓いた音と悲鳴が聞こえると隣に居た彼女の姿が急に消える。

 慌てて腰を落とすと消えたマナロは頭から床にぶつけていた。


「言わんこっちゃない。大丈夫か?」

「すみません…変なのにぶつかって」

「他の奴も足を取られたかもな…シオン、お前は大丈夫か?」


 そこに居るはずの少女から返答がない。すぐさま俺とマナロは警戒態勢に入る。


「シオン!」

「マナロ、矢を引け!絶壁居るか!?」


 僅かな希望を抱いて彼女に声をかけるが同じく返答はない。

 代わりに帰ってきたのは無機質な男の声だった。


「我が主君の書物庫に訪れた招かれざる客よ…」

「誰っ!」


 マナロが叫ぶと、天井から幾つかのランタンがゆったりと降りてくる。それによって、壁側が照らされ、ようやく俺たちが何処に来たか理解した。


「…本棚?」


 壁だと思っていた通路はいつの間にか沢山の本が詰められ何処までも続く棚になっている。床には何冊かの本が積まれており、マナロが躓いた辺りは散らかっている。


「本棚…てことは魔導書館か…他の皆は!?」

「招かれざる客よ。後戻りは出来ない。進みたくば禁忌の書を焚け」


 それ以降、声の主は姿を現すことなく俺とマナロは魔導書館に閉じ込められてしまった。


「やられた…これは本命との合流自体厳しいかもしれないな」


 俺は本棚を見上げてため息を吐く。マナロは積まれていた本の山に座ると落ちていた本を一冊手に取ってパラパラと読み始める。


「これ全部魔導書ですね…題名は『パスタを確実にアルデンテする魔法』著者はどこで使うつもりなんだか…」


 謎の題名に興味を引かれた俺は地面に落ちている本へと視線を落とす。


「なに…『中華麺をペンネにする魔法』…これもパスタかよ。パスタ好き過ぎだろ」

「こっちの本全部パスタについてですよ…『小麦粉を使わずパスタを作る魔法』『空気からパスタを作る魔法』あ、これ凄い」


 著者は何を思ってパスタにこれだけの魔法を作り出したんだよ。


「グレイさんグレイさん!『世界中の人間からスパゲッティの呼び名を消してパスタ呼びを統一する魔法』ですって!」

「著者はパスタと結婚してんの?」

「あ、『パスタと結婚する魔法』もあった。よく分かりましたね」


 何故か金色の装飾が施された魔導書。どれだけパスタ愛してるんだこの人は。


「そもそも意味わかんねぇよ!何この部屋!?」


 思わずマナロが持っていたパスタと結婚する魔導書を奪うと床に投げ捨てる。

 俺が投げ捨てた一冊はふわふわと宙に浮くと、勝手にページが捲れ始める。

 とあるページで止まった魔導書からは、触手が飛び出してくる。


「グレイさん!パスタが触手みたいに…」

「撃て撃て!こんなのにやられたくない」


 パスタ麺を触手のように伸ばす魔導書に向けて2人がかりで矢を放つ。


 先に矢を発射したのはマナロの方であった。

 投げた位置からして魔導書との距離は彼女の方が近く、普遍的な構造をした彼女の弓の方が発射まで速かった。


「はあっ!」


 撃ちだされた矢は逸れることなく魔導書へと向かっていく。ところが、矢は魔導書からうじゃうじゃと飛び出してきたパスタ麺によって防がれ、勢いを無くしたところではたき落とされてしまう。


「噓でしょ…」

「一旦下がれ!スキルで魔導書ごと破壊する!」


 単純に触手の数が多すぎるのだ。パスタ麺触手は弓矢の1,2本を普通に撃ってたらまるで歯が立たない。俺がアンタレスに矢を番えると触手は凄まじい速度で伸びてきた。


 鋭く、迷いなく、一直線に、俺を狙って。


「『ボルテクスレイ』!」


 貫くためにアンタレスから放たれた俺の矢は軽々とパスタ麺を突き破り、魔導書本体に刺さる。すると、本のページは光輝きヒビ割れて砕けちる。

 ボロボロになった魔導書の所に俺たちは駆け寄ると、マナロが本の切れ端を掴み取る。その切れ端は彼女が掴んだ瞬間にポリゴンとなって消えていく。


「…何なのこのトラップモンスター」


 本を開いたら出てくる仕組みだろう。他のモンスターもこのパターンの可能性が高い。極論言えば本を開かない限り出てこないかもしれない。


「とにかく、先へ行く方法を考えよう」

「前に進むしかないですね。後ろは…ご覧の通り、何もないですよ。それこそ塵一つ…」


 前方方向はどこまでも続く長い長い本棚と通路。対して背後はランタンによる明かりさえ届かない真っ暗な闇である。


「よし、行こう。一応奇襲は警戒してくれ」


 それでも、今は前に進むしかない俺たちは互いに背中を預け果てしない通路を歩き出す。


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