第6話 魔導書館に眠る秘宝
「よくぞ集まった冒険者よ!」
貴族アルボンは自身の家の中庭に集まったプレイヤー達を見下ろす位置の二階の窓から顔を出す。
「貴殿らは聞いたことがないか?ガブリエラに伝わる伝説。イーリアスの秘宝。アークの存在を!」
アルボンの言葉に続いて中庭に待機していた老年の執事がアークの伝説を語り始めた。
「旦那様のおっしゃるアークとは…遠い昔、伝説の魔女が闇に堕ちた友を倒す為に創り出した数多の魔法を記した魔導書のことです」
何でもその魔導書に記された魔法を手に入れた者は魔法国家でもあるエル・イーリアスで絶対の力を持てるようになるらしい。
アルボンの家は、何十年もかけてこのアークを探しているのだそうだ。
「しかし、アークが眠るとされる禁忌書物庫の扉は、魔女の魔法で迷宮となった魔導書館に隠されています。皆さまには迷宮へと突入し、禁忌書物庫を探し出して見事アークを手に入れてもらいたい」
執事の説明が終わる機会を見逃さずにアルボンが締める。
「我が一族の悲願、幻の魔導書『アーク』をかの魔導書館からどうか!見つけ出してほしい!」
そして、集められたプレイヤー達には何度も耳にしたアナウンスとメッセージが届けられる。
「シナリオクエストアルボン編『幻のアーク』を開始します」
◇◇◇◇
説明が終わったことで集まっていたプレイヤー達も準備や突入に向けて解散していた。
そんな中、説明を聞き終えた絶壁は隣で説明の間ずっと終始惚けていた青年に声をかける。
「なぁなぁグレイ〜提案なんだけどさ〜」
「…今は無理」
「あのさ、いつまでブルーなの?」
隣で惚けていたのは絶壁からレッドラムの話を聞いた俺である。
流石に妹達へ話をした直後で、奴とこの世界で会うかもしれないと言われたら、気分も落ち込むものだ。
「何で居るんだよ…死刑宣告だったじゃん…あり得ないっての…」
弱気な事を口にする俺を見て絶壁は不思議そうに尋ねる。
「ふぅん。その割にはあんた…こうなる事も想定してたってぐらいの落ち着きだよ。予想してたのは錯乱状態になって私に依存する姿だったのに」
「変な事言うな。想定してないし錯乱するつもりもない。ただ、生存を否定できない怖さがあいつにはあった…それだけ」
あの日、俺は裁判所で判決が下される中で確かに見たのだ。
死刑宣告を受けてなお、曇りなく真っ直ぐに世界を見られる異常な瞳。
死ぬことはないと分かっているかのような確信めいた立ち振る舞い。
また会おう。
俺は連行されるラムの眼からそう言っているように感じられた。
嫌な思い出が頭を巡る俺を絶壁は笑い飛ばす。
「あきれた。ならもう殺れよ。先手必勝」
悩む俺に対して絶壁は他人事だからか適当な事を言っている。
シャドーボクシングしながら強気に発言する彼女が少し羨ましいとさえ思えた。
「あのなぁ…お前にはPKの時も言ったけど俺はここで殺しをする気は…」
「知ってるよ〜だから、頼めば?ヒューガあたりにやらせりゃイイじゃん」
「だとしても指示するのは俺だし…」
それでもなお迷う俺に対し、絶壁の声のトーンが一気に下がる。
「ガタガタうるせぇぞ。ラムの手口は知ってるだろ。妹まで巻き込むのか?」
非情な物言いだが絶壁の言う通り、レッドラムがシオンの事を知ればきっと狙うだろう。
シオンだけではなく、奴を知らない人物なら全て標的になる可能性がある。
俺は苛立ちで思わず地面を蹴り飛ばした。
「あぁ…くそ…やっぱ死んでて欲しかったよ…」
「そんなに嫌ならこの街にいる間、もし現れたらあたしが殺してやるよ」
そう言った彼女の瞳は冗談を言っているように見えない。本心で言っているのだ。
殺人を是とし、歯を見せ笑う彼女に対して俺は疑惑しか抱けなかった。
「お前の情報に確証はない…居た所で会えるとは思えない」
「どうかな?グレイって名前は有名人。少し調べれば…ほら」
絶壁に見せられたのはゲーム内の掲示板にあるスレッドの一つ。そこには、様々な著名プレイヤーのファンクラブや目撃情報が載せられていた。
俺が映っていたのはシオンの目撃情報を載せるスレッドで、クランホーム前での写真である。
「妹と一緒の所を撮られたのは不味いねぇ」
「…見返りは?」
俺が尋ねると無邪気な笑みから交渉するための企みを持った笑みへと変貌する。
彼女がこんな親切をしてくれる時は決まって代価を求めている時だ。MBOではそれが当たり前だった。
「簡単さ…あんたから情報を買いたい」
「情報?」
聞き返すと絶壁は耳元まで顔を近づけて小さく囁く。
「βテスター。その情報を頂戴」
「おまっ…それどこで…姫か!?」
「にひひ…内緒内緒。どう?」
この女にはβテスターの情報を伝えていないはずだ。
他の連中とは会っていないはず。入手経路すら誤魔化す時点で怪しさしか感じられない。
「…誰のだよ?」
「お?そんなに知ってるの?」
「……やべ」
「ラッキーだね。あたしの探してる人に会ったことがあるかも」
確実にやってしまった。レッドラムの話といいペースを崩されてて正常な判断が出来ていなかった。それを彼女が狙い澄ましていたのかは定かでないが、現状は彼女の掌でもてあそばれている。
絶壁は混乱している俺を前にあくどい笑みを浮かべる。
「んじゃ教えて」
「俺が知っているのは───」
俺は知っているβテスターの名前を全て挙げる。しかし、彼女の反応は思わしくない。
「ん〜残念だけど居なかった。でも、他にも居るかもしれないんだっけ?」
「まぁそんな感じ…」
「じゃあもしも何処かで会ったら連絡してくれ。名前はエンヴィア。女性のはずだから」
「それは良いけど…何でβテスターって確信してるんだ?」
ピジョンのように何か心当たりがあるのだろうか。しかし、絶壁は先程までとは打って変わって苦虫を噛み潰した表情になる。
「そいつ…10年前に行方不明になったんだけど最後に会った時『理想郷に招待された』って言ってたんだよね…もしかしたらって」
そう語る彼女はどこか悲しそうに見えた。
◇◇◇◇
ヴァルキュリアクランホームにて。
「お兄ちゃん…本気で言ってる?」
ソファではなく床に正座させられた俺に向けられるシオンは、汚物を見るように冷たく軽蔑した視線を送っている。
ここまでのは現実でも数年に一度しか見れないレベルだ。
だがしかし、今回は完全にこちらが悪いので文句は言えない。
「追加の人員にこれ?冗談でしょ?さっき何見てたの?」
「そこを何とか…諸事情で彼女も一緒に行動させて欲しく…」
現在、俺がシオン含めたヴァルキュリアに懇願しているのは絶壁の魔導書館突入パーティ参加だ。
俺自身がシオン達から頼まれて参加している、という恩義を利用した我ながら最低に限りなく近い手段である。無論、シオンが反対するのは最初から想定していた。
先程まで揉めていた相手をパーティに入れろなど普通なら却下して当たり前である。むしろ、俺が追い出されてないだけマシな状況だ。
「グレイさん無理です。これよりマシな生き物は沢山居ます」
最悪の出会いを経たばかりでマナロも絶壁の参加は乗り気でない。
というか、シオン以上に嫌っている節がある。
「本当に勝手だとは思う。けど、どうしても彼女の力が必要なんだ!」
「いやん、情熱的な告白だねグレイ」
「お前は黙ってろ」
隣で照れ顔を隠す絶壁は余計なことしか言わない気がする。
アオイさん、ノイ、ルリルリは3人で少し離れた位置から見守るように紅茶を啜っていた。
俺が顔を向けていることに気づくと、アオイさんは困り顔を見せる。
「う〜ん。ごめん、私やルリ達が直接呼んだわけじゃないから決定権は無いや。これはシオンとマナで決めて」
アオイさんの言葉を受けて俺は再びシオンとマナロの方に顔を向ける。
そこに映っていたのは、2人の少女から一目で分かる拒絶の波動である。
いっそ全ての事情を説明しようかも考えていた。しかし、情報は姫に裏取りしてもらっている最中で確証はない。私情で彼女達に迷惑をかけたくなかった。
そんな俺の気持ちを察したのか絶壁が俺の前に立つ。
「グレイ、ここはあたしに任せてもらおう」
絶壁はシオンとマナロを呼び出すと、3人だけで隣の部屋に行ってしまう。
数分後、帰ってきたのはゆでダコみたいに真っ赤になったシオンとマナロ、そして満足した笑みの絶壁である。
「え…何…これ…」
シオンもマナロも俺とは目も合わせずにアオイさん達の所へ言ってしまう。
「いい仕事したぁ~2人ともOKだって」
「噓でしょ!?」
咄嗟に2人の方へ顔を向けると、顔をそむけて視線を合わせないシオンが答えた。
「…今回だけだから…今回だけはその人も一緒でいいから…」
怖くなった俺は元凶に向かって震える声で尋ねた。
「何したの…」
「ふっ…大人のテクを魅せてあげた」
いやらしい手付きを見せる絶壁から隣の部屋で起きた事を聞く勇気はなかった。
満足いく結果ではないが絶壁のパーティ参加は認められた。そして、アオイさんは苦笑いを浮かべその場を締める。
「それじゃあみんな準備して。魔導書館突入よ」
こうして、ヴァルキュリア+絶壁+俺の7人はアークの眠る魔導書館へと向かった。
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