第5話 爆襲・絶壁少女
クランホームまで2人を届けた翌日の朝。
そのまま彼女達のホームに泊めてもらった俺はロビーに呼びだされていた。
そこでは、アオイさん達からここへ呼ばれた理由であるシナリオクエストの説明を受けていた。
「魔導書館の探検?それが呼んだ理由?」
「そうね。元々はアルボンって貴族の依頼を受けていたの」
「あの人片っ端からプレイヤーに声かけては色んな探し物を持って来させてたんです」
アオイさんとルリルリから大まかに聞いた説明を纏めると、貴族の小間使いをするシナリオクエストで一冊の魔導書を探すことになった。それがこの都市の中央にそびえ立つ魔導書館に眠っている。
「問題は魔導書館内でのルールよ。一度入ると出られないし通信できないってアルボンから注意は受けてたの…でも一人のプレイヤーが勝手に入っちゃって…」
その誰かはミルやジュノーではないらしい。その人のことを話すアオイさんは、責任を感じているみたいだった。
「それで困ってたらミルちゃんとジュノーさんが後追いしてくれたの」
「…で、2人も音信不通…か。これ俺一人じゃなくてもっと大勢呼んだ方が良かったんじゃ…」
「それは難しいの。シナリオクエストはクリアしても全プレイヤーに利益はない。あくまで個人よ。そんなのに攻略組を大勢は呼べない」
シナリオクエスト最大の欠点はクリアすることがストーリー進行に影響しない所だ。
極端な話だがストーリークエストを進めるだけでこのデスゲームは終わる…はずである。
「本来はミルちゃん達にクリアしてもらうつもりだった。でも蟹座戦の後…2人が帰ってきてないって連絡を受けて…」
辛そうに語るアオイさんの隣でノイが続けた。
「南の意地みたいなものだけど…私達でクリアすることにしたの…でも月下さんが暫く旅に出ることが決まってて…」
申し訳なさそうな表情のノイに代わりシオンが纏める。
「私が『お兄ちゃんで良くね?』って言って連れてきた」
「お前のせいなの!?」
「落ち着いて、選んだのにもちゃんと理由はあるから」
シオンはそう言うと、右手を突き出して人差し指を一本立てる。
「まずは対応力。どんな場所かわからない所に放り込んでも何とかなる人」
「それなら他にも候補が居そうだけどな…」
彼女はそのまま中指も立ててピースサインを作る。
「もう一つが重要。これが当てはまるのがお兄ちゃんしか居なかった」
「何?毒?」
「ズバリ、次のレイドまで暇であること」
自信満々の表情で言うシオンに対して、周りが凄く申し訳無さそうにしているのがひどく心に刺さる。
「…冗談でしょ?」
◇◇◇◇
首都ガブリエラ
アルボン邸前
俺はシオンとマナロに連れられアルボンが住むとされる屋敷の前に着いた。
「ここ。アルボンには私達と一緒に行けば簡単に会えるから」
両隣にシオンとマナロを連れていた為かここに来るまですれ違うプレイヤーから何度も絡まれていた。
そう…重要なことを忘れていたのである。
「うん…あの…それよりさ。何で誤解は解いてくれないのかな?」
「え?私、今朝ギルドで説明してきたよ?ね?」
シオンは反対側を歩いていたマナロに確認する。
「グレイさん…多分昨日の誤解は解けてます。解けた上で絡んでるんですよ…今までシオンに兄が居たことは知られてませんでしたから」
「…あぁ、八つ当たりか」
「そうなります…本当にごめんなさい…」
落ち込む気分の俺は、アルボン邸の前に立つ衛兵によって門の中に入れてもらう。
中庭には俺たちと同様にクエストを受けに来たプレイヤーが大勢いた。
「全体に利益がなくても個人的な利益を求める人はいますからね…特に今回の賞品は人によっては喉から手が出る程欲しい物だし」
「確か報酬は魔導書だよな?アルボンが探して欲しいのとは別なの?」
「別ですね。グレイさんとかは使えませんけど噂では英雄魔法が使えるようになるらしいです」
シナリオクエスト報酬だと英雄魔法が使えるようになるのも納得できる。
事実、ルキフェルやクラリスのシナリオクエストは面倒ながらもそれに見合った報酬ではあった。
「もしかしたら知り合いが来てるかもな…」
そこで、ふと見回すと玄関先に見知ったプレイヤーが立っていることに気づく。
「あれ?あの歪なアバター…」
それは一人の不自然な姿のプレイヤーだった。
そのプレイヤーは周りの男性プレイヤーからの視線を一箇所に集め、反対に女性プレイヤーからは視線に入れないように避けられている。
「ん?…んん?」
「どうしたのお兄ちゃん?」
目を凝らさずとも見覚えのあるアバター。でも心なしか前に会った時より大きくなっているような…気のせいか。
だがしかし、その場所に居る時点で彼女も俺たちと同じ目的なのだろうと声をかける。
「絶壁、何してんの?」
隣にいたシオンとマナロもその名前と胸に大きなインパクトを覚えていた。そんな中、俺が彼女のことを絶壁と呼ぶのを聞いて二度見する。
「「どこが?」」
対する絶壁も俺の声でこちらに気づき歩いてくる。
「よぉ!グレイじゃん。へいへ〜い今日も女を侍らせてるね〜でも胸部装甲足りなくない?」
「何この人」
絶壁はシオンとマナロを舐め回すように見定めると、普段通りに煽り始める。
「どこも凸凹してないし、良いスタイルしてる子だ。右のお嬢ちゃんは剣士?なら胸はあったほうが良いよ?ぶつけて良し、誘導先に良し、男と戦う時の絶対的アドバンテージなんだから」
シオンはちらりと下を向いた後、絶壁の方を向くと落ち着いた声で微笑みながら答える。
「細かい動きには不要ですから」
「ふ〜んふんふん。ところでその防具『ブロンズプレート』でしょ?市販品でも『ハイメタルプレート』の方が防御力高いのに何で付けてるの?」
「別に特に理由はないですよ」
「そうなの?そこ以外の防具は『ハイメタル』シリーズなのに?」
その言葉を聞いた瞬間、俺はシオンの微笑みが凍りついた気がした。そこに付け込むように絶壁は続ける。
「そういえば先月掲示板でこんなスレッド見かけたなぁ…『ブロンズプレートはカップ盛れる』って名前だったなぁ」
「お、おい……」
「何でも…女性用ブロンズプレートを装備していると、バグなのかアンダーが5は盛れるとか…もしかしてもしかしちゃう?」
慌てて話を切り上げようとすると、隣でマナロが弦を強く引いていた。
もしかしなくてもそういうことか。
「なになに、やっぱり欲しいんじゃない。でもプレートで盛るのはないわ!ほんとないわー、それなら最初からアバター弄りなさいよ。この世界で控えめに抑えようとするなんて勿体ないわよ。後で一緒にユノへアバター弄り出来るように問い合わせしましょ」
絶壁はニヤニヤした顔で二人を見ており、反対に二人は剣呑な雰囲気に包まれていた。
この人はやっぱり今回も揉めるのか。
今までアイシャとかリミアとか姫とかジュノーとかミルとかサーシャとか…出会った女性全員と揉めた経験あるのこいつだけだと思う。
何故そこまでそのメロンを煽りに使う。
「やめてくれ。もう少し控えめな表現できないのか?」
俺がいつものように控えてほしいとお願いすると、いつものように返される。
「嫌だね。悔しきゃ仮の自分ぐらいかさ増ししてみろっての。ここでそれを貫くのは道ゆく人全てにすれ違い様に『やい鉄板』と言われる覚悟を決めたってことなんだよ」
「そんなわけねぇだろ」
それはきっと現実からかけ離れたアバターが使いづらいだけなんだよ。誰も絶壁みたいに奇乳ならぬ超乳を目指してないんだよ。
多分…きっと…そうだと信じてる。
「そこの貧乳はそういう覚悟でここに来てるんだ。グレイ、あんたレディに失礼だぞ」
「お前いつか恨まれて殺されるぞ?」
「ふっふっふ…その時はグレイに助けてもらうわ。お代はこれだぞ?」
そう言って、胸部の巨大メロン二つを寄せて持ち上げると俺に押しつけてくる。柔らかく程よい弾力に俺は思わず顔を赤らめて彼女から離れた。
「あはは、初心だねぇグレイ。男は生きるも死ぬも女の胸が一番なんだよ。何がヒロイズムユートピアだ。理想郷はもうここにあるんだよ。子供にはそれがわからんのさ」
「…もう斬ろ。手足の一本くらいいいよね。十握剣…」
「ストップ!シオンストップ!!」
「邪魔…グレイさん…」
「この人これがノーマルだから!気にしたら負けだから!」
こいつの面倒な所は、この性格でムダに強いこと。多分、この4人の中で一番強い。MBOランキング8位プレイヤーネーム『絶壁になりたい』。
卓越した空間認識能力による超長距離狙撃が十八番のスナイパーで、射程距離は不明。何故なら誰も射程距離の外へ逃げたことがないからである。過去には10km先から山なりにスナイプしたこともあった。
ありえないと思いたいが狙撃されたのは他ならぬ俺なので現実である。
「ほら2人は外で休憩してて。話を聞いたらすぐ戻るからさ!」
必死に二人を抑えること数分。何とか落ち着かせることに成功する。
「…確かにそうですよね。からかってるだけですもんね」
「そうだね…お兄ちゃん私達ちょっと頭冷やしてくる。アルボンの話が終わったら呼んで」
二人がアルボン邸から離れるの見送りつつ冷や汗が流れた額を拭う。
そんな俺の目の前にはケラケラと笑う絶壁がいた。
「そーだグレイ。良いもの見れたお礼に忠告してあげる」
「忠告?」
「東のプロメテウス帝国ってわかる?」
それならば知っている。初期は中央との戦争が合ったせいでエリア間移動を妨げていた元凶だ。
獅子座の後はサーカスが向かっていたし、蟹座ではラプラスが来てくれた。良くも悪くも戦闘狂が多い。
「聞いて驚け。プロメテウス帝国からだ。姫にも売ってないぞ。しかもタダ」
これには驚いた。東の情報は掲示板でも戦争についてが多い。
プレイヤーについても色々と書かれていたが、大きく話題に挙げられているプレイヤーは全く知らない人であった。
そのため、彼女から無償で情報が貰えるというなら、今は喉から手が出るほどの価値がある。
問題は、役に立つかどうかだが。
「それで、どんな情報?」
「東は卒業生が多いのは知ってる?」
それは聞かされていた。アンナ姐さんのような例外を除いた大半はあそこを初期エリアに選択したと聞いている。話題に上がっていないが、こんな序盤で目立つことは避けるだろう。
「それは知ってる。まさかそれだけ?」
「そんなわけないって。本題はここから」
絶壁はニヤニヤした笑顔を崩さずに続ける。既に嫌な予感はしており、最悪の結末も想像し始めていた。
「あたしがこの目で見た事実だ。心して聞け。東の帝国でレッドラムを見た」
その言葉を聞くと胸が熱くなる。搾り出した言葉は俺の願望である。
「嘘だろ…」
レッドラム。魔境MBOで暴れた卒業生の中でも最強最悪の問題児。
現実は分からないが…急に引退したプレイヤーの一人。
また、俺にとっては因縁のある人物である。
「気をつけなよ…十中八九狙いはあんた。ラムと関わって生きてるのはもうグレイだけなんだから…」
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