第4話 ガブリエラの戦女神

 ≪南エリア 魔導大国エル・イーリアス≫-首都ガブリエラ 魔導正門


 魔法陣による結界で守られた領域に入ると、そこは目を奪われる圧巻の光景が広がっていた。

 まず、最初に目に入ったのは中央にそびえ立つ魔導書館。街中に根を張るように広がっており、下町へと進むにつれて民家や店が図書館の間に建つ姿は街を支える支柱と言って申し分ない。


「すごい!理想の魔法都市じゃないか!ここまでのは中々他のゲームでもないぞ」

「お兄ちゃん子供みたい‥他のゲームで見てないの?」

「‥色々事情があったんだよ‥ここ数年はファンタジー系統から離れてたし」


 期待以上の光景に思わずテンションが上がった俺は、童心に返った気持ちであっちこっち見て回っていた。

 その内、一緒に来ていたはずの2人のことも忘れて奥へ奥へと進んでいた。

 途中でようやく2人のことを思い出し、後ろを振り返るも姿は見えない。


「あれ‥もしかして‥‥迷子になったか?」


 (いや、そんなはずはない。この都市に入ってからほんの数分しか目を離していない)


「そうだ通話機能。シオンに聞けば何とか‥ん?何かメール来てる」


 メニュー画面に表示されていたのはシオンからのメール通知である。

 早速開くと、彼女からは短いメッセージと場所の地図だけ。


『馬鹿兄、クランホームに来て』


「雑だなおい‥」


 仕方ないと、割り切った俺は渡された地図と睨めっこしながら『ヴァルキュリア』のクランホームを探した。

 30分程歩くとすぐにクランホームは見つかった。

 地図のお陰とはいえクランホームに近づくにつれて人が大勢集まっていたのが迷わなかった理由だろう。


「え‥何この人の数。浦安のアレみたい」


 集まっている人を見ると、どっかで見たことのある名前を書いた団扇やペンライトを持っていた。


「‥いや、まさか‥これ全部ファンとか言うなよ‥‥?」


 立ち止まっていても集団が解散する気配は見えない。

 覚悟を決めて彼らの間を通ってクランホームに入ろうとする。

 当然のことなのだがドアはロックされており入れない。

 気のせいか背後からは大量の視線を浴びている気がする。


「頼むよ‥アオイさん‥開けてくれ‥」


 祈るように呼び鈴を鳴らすと、明るい少女の声が聞こえてくる。


「はいはい、こちらはクランヴァルキュリア。ご用件は?」

「その声‥ノイか!?頼む開けてくれ!俺だグレイだ」

「あ‥え~と‥その‥‥」


 返ってきた答えは歯切れの悪い言葉。

 ノイは俺が来ることを知っていたはず。なのに、直ぐに入れてくれないこと自体が危険であることに俺は気づいていなかった。


「えっと‥シオンからの伝言『しつこいのよ!この変態!』だそうです」


 無駄に感情を込めた再現の声は背後の集団にも聞こえてしまった。


「おい‥あんた‥今の話」

「違います」

「いや‥ノイちゃんの言葉って‥」

「シオンは妹です。軽いジョークです」


 彼らに対して丁寧に誤解を解いていると、今度はノイではなく疑惑を生み出した張本人が声を出す。


「そうやって兄のふりしないでよ!迷惑なんだから!」


 ドア越しに涙声で語るシオンの言葉はファン達を動かすのに十分な迫力だった。


「ちょっとあっち行かないか?話を聞こうじゃないか」

「――退散!!」


 三十六計逃げるに如かず。面倒な時は逃げるしかない。

 その場から素早く離脱した俺は路地に入ると彼らの視界から外れたタイミングでポラリスの『百面相』を起動する。


「ポラリス突然変異メタモルフォーゼ、コード『百面相』モデル『ラプラス』」


 一瞬の内にラプラスに姿に模倣した俺は何気ない顔で大通りに戻った。

 追ってきた彼らとすれ違うも全く気付いている様子はない。


「でもどうしよっかな‥このままってわけにもいかないし‥あ、そうだ」


 鏡に映るラプラスの姿を見た俺は、早速シオンへの反撃を開始する。


≪南エリア 魔導大国エル・イーリアス≫-首都ガブリエラ クランホーム『ヴァルキュリア』ロビー


 玄関から喧騒が消えたのを確認したノイはソファーに寝っ転がるシオンに尋ねる。


「いいのシオン?街の人にあんな誤解させて。元々クエスト手伝ってもらうために呼んだんでしょ?」

「いいの。街に到着した瞬間私達放って走っていった方が悪いの。少し懲らしめたら私が誤解を解くから」


 アオイとルリルリが街に出ていたため、ノイがクランホームで留守番していると、シオンとマナロが二人だけで帰ってきたのが今回の出来事の始まりだった。


 30分前。


「お帰り~どうだった~?」


 クランホームに入ってきたのは若干落ち込んだ様子のマナロと苛立っているシオンの二人。態度が別なことに疑問を抱いたノイが事情を聞くと、あまりにグレイが酷いとシオンの愚痴を聞かされ続けた。


「え‥あれでなんもないの…?やっぱりシオンが邪魔だったんじゃ…」

「ちょっ‥やめてよ。私だって一人でモンスター討伐受け持って二人の時間作ったんだよ?マナがあんな男に興味持ったと言っても友達だし応援してたよ」

「でもなぁ‥妹いたらセーブかかるって‥これマナが悪いのか?」

「そんなわけないでしょ!確実にあいつが悪い!最初の誘いで察しろ!」


 当のマナロは帰ると同時に部屋に入っていたため、シオンとノイはクランホーム一階のロビーでこの話をしていた。すると、外が騒がしいことに気付く。


「なんかうるさいね。クランホームまで人がこんなに来ることあった?」

「シオンのせいだよ‥」

「噓っ!?」

「蟹座でMVP取ったでしょ?あれが全体チャットに載ったから一目見ようとここまで来てるんだよ。アオイさん達はさっき二人が来る時は人が集まらないように引き付けてくれてたの」


 ノイの言葉の通りなら、彼らはシオンを目的にここへ来ていると言っても過言ではない。

 南エリアに戻ってからは、こちらの知人にまだ一度も顔を見せていなかった。


「他の皆に申し訳ないし‥今からギルドに顔出してくるよ」

「本気?グレイさん来るんでしょ?」

「別にクエストは明日からでいいし、誰か居ればここには入れ‥‥」


 この時、シオンの脳裏には天啓とも言える悪知恵の神が舞い降りた。


「そうだ‥これで馬鹿兄に少しは反省してもらおう」


 そうして、グレイが訪れた時にシオンはノイを巻き込んで仕掛けていた罠を発動した。

 結果として、グレイは誤解されて街を追われる身になっていた。


「まぁ察しの悪いお兄ちゃんにはこのぐらいで丁度いい」


 ソファーで寝っ転がるシオンはそう言っているがノイとしては兄妹揃って何をしているのかと頭を抱えるだけである。

 ロビーでだらけていた彼女の耳に新たな客人を告げる呼び鈴が鳴らされた。


「まさか‥お兄ちゃん?ノイ、絶対入れちゃダメだよ」

「流石に違うでしょ‥アオイさん達じゃない?そんなに心配なら自分で行ってよ」


 ノイに言われるがままにシオンがドアの前まで行くと向こう側から鈴を鳴らした人間の声が届いてくる。


「私、アイシャよ。ちょっと姉さんに用があるんだけど‥」

「アイシャさん?ごめんなさい今居なくて‥」


 やってきたのはアイシャであった。彼女の姉妹に用事があるとのこと。


「そうなの?う~ん。他所じゃ話しにくいし‥姉さん来るまで中で待たせてもらっていい?」

「どうぞどうぞ」


 シオンはグレイの時とは異なりあっさりとドアを開けた。

 ドアの前にはアイシャだけが立っており、他には誰もいないことを確認する。


「さ、早く入ってください。今、兄に会いたくないんで」

「どうしたの?グレイと喧嘩でもした?」

「聞いてくださいよ!アイシャさん!お兄ちゃんがっ‥アイシャさん?」


 シオンはアイシャを引っ張ってロビーまで連れていこうとするが、やけに袖が重く感じる。

 不思議に思って振り返るとそこに立っていたのは居るはずのない人間だった。


「え‥噓‥お兄ちゃん‥」

「説明してもらおうか‥さっきあんな事言った訳を」


 シオンは何が起きたのか理解できなかった。彼女は俺のポラリスに変装機能が搭載された百面相があることを知らなかった。なので、俺が彼女に化けて入ってくることは予想できなかったのだ。


「なんでなんでなんでなんで‥」

「あら、お~いバグってんぞ?」


 俺は固まってしまったシオンの肩を掴んで揺すっていた。

 この時、シオンの変化に戸惑っていた俺は彼女の顔が赤く染まり始めていることに気付かなかった。

 必然的に次の行動も予測することができなかった。


「ば、馬鹿兄ぃ!」

「グハッ!」


 ものの見事にアッパーを受けた俺はそのまま床に倒れて気を失ってしまう。

 次に気が付いた時には、アオイさんとルリルリが帰ってきて道中の報告をすることになった。


 一連の流れを見ていたノイはシオンのアッパーを見た直後。


「因果応報‥茶番也て」


 そっと彼女はグレイに手を合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る