第2話 燃ゆるプレリュード (上)

 南エリア 魔導大国エル・イーリアス

 首都ガブリエラ

 クランホーム『ヴァルキュリア』ロビー


「……」

「……」

「…(やたら空気が重い)」


 2日間かけて南エリアの首都ガブリエラに着いた俺は、クラン『ヴァルキュリア』が所有するクランホームのロビーで2人の女性と会っていた。その2人とはポータル機能で先に戻っていたアオイさんとルリルリである。

 何ということはない、ただシオン達を届けた後『道中何もなかった』と報告しただけ。

 しかし、この2人はそれを聞くと神妙な面持ちで考え始め、ソファーに座り続けていた。対する俺は、2人が放つ無言という名の圧力にやや押されている。気を紛らわそうとテーブルに置かれた紅茶をすすると、不意に片方の女性が沈黙を破った。


「…もう一度聞くわよ?何もなかったのね?」

「何が起きるって言うんですか?」


 ここに来るまでの道中で遭遇したモンスターは全てシオンが倒していたし、他のプレイヤーと会うこともなく平和な旅であった。


「やっぱシオンがなぁ…」

「あの子も分かってやってたはずなのよ…」

「何のことですか?」

「……」


 彼女達は俺が尋ねると何故か黙り込んでしまう。2人で顔を見合わせて、こちらには一切興味がなく、顔を俯かせて考え込む。


「もう一度聞くわよ。ここに来るまで貴方達は何も無かった?」

「だからないって…」

「「ヘタレ」だね」

「……」


 勝手なことを言いため息を吐く2人には悪いけど、俺にはさっぱりその理由がわからない。難しく考えるのに疲れたので、俺は前のめりにしていた身体をソファーに倒して空を仰いだ。その様子を見たアオイは訝しげに尋ねる。


「むしろよく話題が尽きなかったわね?何のイベントもなければ雑談しかないでしょう?」


 そう言われて道中にシオンやマナロと何を話していたか思い出す。基本はどうでも良い話が多かったが、この街に着く前の晩に嫌な思い出を語った記憶がある。


「それは昔の話を少し…」

「どんな話をしたんですか?」

「昔逮捕された殺人鬼…とか」


 ルリルリは口を開いたまま信じられないといった顔をする。


「うわ、女の子に普通それします?」


 弁解のしようもない。指摘されたとおりあの時は話題に困っていた。だから、あんな話が始まってしまったのだろう。ただそれが、問題かと言われるとそうは言えない。


「面目次第もございません…でもそれは話の一つに過ぎないし…」

「…いやダメだって。なるほど…これは無理だったな」


 ルリルリはそう言って何かに納得しているが、それを深く問いただす気力はもうない。そもそもシオン達との話の時だって最初から話題にするつもりはなかったのだ。


 ーーーーーーーーーーーーー


 時は昨日の晩に遡る…


 エル・イーリアスへの道すがら、夜も更ける頃、平原から少し離れた森で火を炊き休息をとっていた。そこで、俺達は倒木に腰掛けて寝るまでの間、ここでの出来事や現実での出来事を話していた。しかし、昼間も歩きながら話していた所為か話題も尽き、虫の鳴く声や焚き火の音がその場を支配していた。そんな時のことである。


「暇だ。お兄ちゃん何かない?」


 シオンが唐突に口を開くと、俺に向けて話題を振ってくる。


「雑っ!…なら最近覚えた新しいスキルについてどうだ?」


 俺はシオンに次のレイドでお披露目予定のスキルを見せようとする。しかし、シオンの反応は悪い。


「パス。それは要らない」

「お前…」


 此方を向きもせず、興味も無さそうなシオンに若干の苛立ちは覚えるが、だからといってわざわざ自慢するほどの物でもない。それ以上言うこともなく、再び焚き火が揺らめくだけの沈黙が戻ってくる。そこへ、3人目が今思いついたことをそのまま喋るように、拙く歯切れの悪い言葉で声を出す。


「あ、えっと、グレイさん私気になったことがあるんですけどいいですか?」

「あぁ、何かありがとうマナロ…」


 俺の口からは無理にでも話題を作ろうとしたマナロへのお礼の言葉が咄嗟に出ていた。それを聞いた彼女の顔は、羞恥からか赤く染まっている。少しの間とともに、言う必要のない言葉だと気づき、非常に申し訳ないことをしたと思う。落ち着きを取り戻した彼女は話を仕切り直す。


「で、では改めて…グレイさん達が話す時にたまに言う卒業生って何ですか?」


 彼女はその話が気になっていたと言う。マナロの隣に座っていたシオンは、肘で小さくどつく。再びマナロの顔は赤くなるが、目線は此方を向いたまま変えない。それを見たシオンは呆れるように脚を組んでため息を吐いていた。


「皆さんいつも楽しそうに話さないじゃないですか」

「それはまぁ…私も気になった。引退者じゃダメなの?」

「引退者でも間違いではないよ。けど、自分の意思で辞めた人達じゃないからね…学校と一緒で別の理由で強引に辞めた人だから…」


 少しずつ脳裏に彼等との思い出がよみがえる。半分以上はいい思い出として区分けしてもいいのだが、中には嫌な思い出しかない奴もいる。


「彼等を一言で言うなら危険だね」

「何が危ないの?」

「卒業生の大半は軍事テロリストだったり国際指名手配だったり…皆刑務所か天に召されて卒業生。アンナ姐さんは家事が地獄だ地獄だ言って自称卒業生」


 流石に聞いた2人は唖然としている。マナロは当然だが、シオンに至ってはいつの間にそんな付き合いが兄にあったのかという驚きが大きかった。


「何でそんなのと付き合いがあるの…」


 それは誤解である。最初から知っていたら好き好んで付き合うはずがない。彼らはちょっと変わったプレイヤーにしか見えない。そこが、最大の落とし穴でもある。


「違うよ。知ってて付き合うんじゃなくて卒業して知るんだよ」


 彼らもゲーム内で全員マナーが悪いわけではない。だから逮捕されたニュースと同時期に姿を消すことで疑惑が生まれ、何処からか情報が流れて現実を知る。一々、殺人者や犯罪者と呼ぶのも知らない人には誤解されるので一括りの呼び方が欲しく、かといって引退者と呼ぶには本物に迷惑がかかるので卒業生と呼んでいる。


「結構やばい奴がいたけど俺の中で一番はレッドラムって奴」

「その人は何したの?」

「現実では猟奇連続殺人」

「え?」


 シオンとマナロは漫画や映画の中でしか聞きそうにない言葉で思考が一瞬停止する。


「いや…そんな嘘でしょ?」

「それなら私達でもニュースとかで知ってそうですけど…」


 実際、奴が逮捕された時はニュースになっていた。シオンはそういうニュース番組に興味無かったし、VRゲームをやっていることは報道されていなかった。


「なったよ…2年前に。世界各国で計二十四人の殺害容疑で逮捕。当然死刑が執行された」

「でもそれならもう居ないですよね?」

「勿論、いるはずがないんだから」


 ただアレは…奇妙な噂が拭えない男だった。死刑宣告後も目撃情報は相次いで起きたし、関わったプレイヤー内の数人はその後ログインしなくなる。


「まぁ偽物はいるかも…変に人気はあったから。その時は気をつけて」

「は、はい…」


 それ以上話すことはない。そこで区切りを付けると、シオンはあくびをして仮眠用のテントを出す。


「それじゃ私は寝るから。見張りは昨日と同じで交代制ね」


 VRゲームである以上、夜でもモンスターには襲われる。対策として、モンスターが近づきにくいという効果のあるお香があるのだが、制限時間があるのでそれを絶やさないようにする必要がある。なので、時間ごとの追加焚きを交代で行っていた。先日は俺がやっていたので今日は2人のどちらかが行うはずだが、今の様子を見るにマナロが担当するようである。俺も同じようにテントを出していると、急に後ろからマナロに声をかけられる。


「あ、あの…グレイさん」


 振り返ると、彼女の肩は震えていた。


「どうしたの?…もしかしてさっき…」


 俺がそう言いだすと、彼女は顔を伏せて震えながらも大声で口を挟む。


「な、何でもないです!…その…おやすみなさい…」


 話を聞こうとしたが、俺が言い終える前にマナロはシオンのいるテントに入っていってしまう。今から追いかけてテントに入るわけにもいかないので、明日にでも聞こう。そう決めた俺は自分のテントに入って眠りにつく。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日、起床してテントから出ると、シオンとマナロは2人で楽しそうに話していた。


「あ、グレイさんおはようございます!」


 夜とは打って変わって明るい表情。そのせいか、この時の俺は昨晩の件は彼女自身で解決したと思い、敢えて聞くことはなかった。

 そして、何事もなく首都ガブリエラにたどり着くのである。


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