第4章:悲劇の射手座

第1話 その手が届かず例え…

 絶海の孤島 ◼️◼️◼️◼️


 地獄のような戦いが繰り広げられる大陸から南に離れた孤島。その島の大きく開けた平原の中央には倒れ伏す少女と彼女に駆け寄る少年の姿があった。胸に紫の矢が刺された少女の体は消えかけており、つま先の方はすでに分解しデータの海に消えていた。


 俺は目の前に倒れ伏す少女目掛けて全速力で走り出す。少女は既に瀕死で地に倒れ伏せている。目視での概算距離はあと数メートルといったところ。

 いや、何十メートルだろうと間に合わせなければいけない。そうでなければ俺は…自分の信念を裏切ることになる。


「届けッ!」


 この手が届けばまだ間に合う、だから諦めるな。そう彼女に言いたくてもそんな言葉が出る以前に手足が動いてしまう。ゆっくりと動く世界は、彼女が消えるのを拒む自分が勝手に時間を引き伸ばしているように思える。


「…グレイさん」


 この時の俺はどんな表情をしていたのだろう。絶望に染まっていたのか、それとも泣きそうだったのか。どっちにしろいい顔をしているはずがない。


 それなのにどうして…俺の瞳に映る少女はどうして…死の間際に笑っていたのだろう。


「私の願い…託しましたよ」

「間に合え!!」


 その手が彼女に触れる瞬間、結末を告げる雷鳴が鳴り響く。


 ________


 時は一ヶ月前に遡る。


 蟹座との決戦が終わり、アップデートの情報も確認して今後どうするかの方針も決まった後、俺が沼地を歩いているとシンを含めて数名が何やら同じ動画を見ているのを見かける。気になった俺は彼らの下へと駆け寄った。


「何見てるんだ?」


 そこに居た面々が見ていたのは、獣人達が大勢映る式典の映像だった。アイスを囓りながら見ているシンが教えてくれる。


「今丁度、配信機能のテストでゴルディオンの戴冠式やってるんだよ」

「それミヅハに決まったんだろ?」

「告知だけで戴冠式はまだないよ。ユノはこういうことも公開できるから配信機能を入れたのかもね」


 画面では、可愛らしい少女の顔をしたミヅハが壇上に立っている。

 結局、彼女の顔を見るのは初めてだけど結構可愛いな。


「へぇ、こんな顔だったんだ…」


 隣で見ていた姫とリミアは、ミヅハの顔が映るとデッドマンの方にちらっと見る。


「これって……ねぇリミア」

「わかってますよーはぁ…あの人は全く」


 デッドマンは、何も言わずに動画を見ていた。壇上に立つミヅハはスピーチを始める。


「この度、継承権を獲得し本日を持ってこの国を治めることになるミヅハです」


 最初の宣言なら恐らくはプレイヤー向けのサポート施設建設だろう。そのための争奪戦だったんだから。


「今回の継承権争奪戦では多くの冒険者の方々のお力を借りる事で私達は戦っていました」


 ミヅハは後ろに並んでいる兄弟たちの方へと目を向ける。数人は目を合わせないようにそらしているも異論は述べるつもりはないらしい。


「私が今ここに立てているのも冒険者の方々のお陰だと思っています」


 ミヅハの感謝の言葉から会見は進んでいく。それを眺める俺たちも思い思いの言葉を呟いていた。


「なんだか…別人みたいだな……」

「僕はその戦いに居なかったから知らないけど、彼女の顔ってあの後に付いたんでしょ?その影響かな」

「それ私初耳なんだけど。そんなNPCいたの?」


 アイシャが尋ねるとデッドマンが放送を見続けながら答える。


「あぁ。最初は髪を前に垂らしてて表情が見えなかった。寝てる時にこっそり除いたら空洞になってたよ」

「…寝てる女の子の顔を見ようとした理由はこの際スルーするわ……で、彼女は何者?」

「基本的には見ての通りだ。クエストのためのNPC。固有クエストは中ボス一体討伐と一体撃退。他の奴らの固有クエストを姫から聞いたがあいつだけ割に合わない難易度」


 割に合わない?俺が来た時には確かに弱音を吐きかけていたが、クリアする気は失せていなかった。


「割に合わないか?ゴルディオンを好きに改造できるのに?」

「それだけじゃ払いきれないほどの負債をあれで抱えさせられたってことだよ。最初あの王子たちを調べた時、ミヅハだけ罠とわかる設定だった。全プレイヤーに予め攻略基地の情報を共有すれば簡単に勝てるし、そうしたらクリアまでのハードルも下がる」

「けどそうはしなかったよな?」

「あぁ、その理由はミヅハに対する権限を一本化するためだが…それをユノが見越してたかは知らん。だが少人数でやるには荷が重いクエストになった。姫のお陰で助かったけどな」


 デッドマンが褒めた姫は胸を張って威張っている。しかもリミアが睨んでいるのを見ると更に増長する。


「実際助かったのは姫の部下でこのアイドルもどきには特に感謝してない」

「もどきって何よ!ちゃんとアイドルよ!」

「ミリオンが一つもないくせによく言えますねーほんとにアイドルですかー?」

「私は握手券とかライブチケットとか付けないだけよ!歌でファンを増やしてるの!」

「かっこつけちゃってーまー信者に複数買いさせないのは評価しますよー」


 リミアと姫が言い合っていると、アイシャが割って入る。


「話が脱線してる。で、結局そのミヅハってNPCはいわゆる一クエストのNPCで終わり?」


 アイシャに言われてデッドマンは頭を掻いて答える。


「……グレイ。祭壇座と狐座の戦いの最後を覚えてるか?」

「?あー何か狐座に逃げられたとかお前言ってたな」

「そうそれだ。おそらく…ミヅハはあいつ個人で複数のクエストの鍵となるキャラだ。他の王子とかはもうクエストなんてないだろうけど、ミヅハに関しては継承戦に勝っても負けても終わらない。確実に狐座は仕掛けてくると」

「それならその狐座が襲撃しても勝てるように万全の備えをするだけでしょ?」

「いや…多分あれはユノが好きな時に使える自由な駒だ。例えば国の防御が手薄な時に撹乱役として使うとか」

「そいつ自体にそこまでの戦闘力があるの?」

「単体で支援なしなら今国にいるミアだけでどうにかなる。問題はアレの十八番『百の顔』。ゴルディオンの中で扇動者になられるのが怖いな。正体の把握できない扇動者は潰しようがない。手っ取り早いのは国からNPCを全部追い出すことだが…無しだな」


 デッドマンがそう言うと姫が頷く。


「でしょうね。その仮定を実行したら狐座は追い出した市民を絶対使うわよ。下手すれば他国の市民まで敵対するかも。あくまで新政権樹立時の内乱で済ませないとダメ。プレイヤーVS NPCの構図はこっちに損失しかない」

「そうなったらプレイヤーにマイナスイメージがつくのか…それはそれで攻略に支障が出るね」

「だから狐座の行動はNPCがいる状態のゴルディオンでやらせるしかない。願わくばどっか他所の国を乗っ取って戦争にしてもらった方が対処できるけど」

「戦争の方がやばくない?プレイヤーとやり合うかもよ?」


 シンは直感で物を言う人間だが間違った考えはほぼ出ない。今回もその通りである。例えば、東のプロメテウス帝国と戦争になると、帝国に比べプレイヤー数も戦闘用NPCも少ないこの国が勝つには、他所のプレイヤーをどれだけ引き込めるかの勝負になる。情報の根回しをして北や南のプレイヤーを引き込み戦争に備える。それだけで、何人かは攻略から離れないといけなくなるだろう。


「狐に構う暇なんてないんだけどな…」


 しかし、プレイヤーと戦う可能性は内乱よりも確実に高い。こちらは狐座がプレイヤー個人個人に対してメリットを提示するのに対して、戦争なら勝つことがメリットになる。狐座側もハードルは低い。いくらデスゲームでもそれ相応の報酬に釣られる人間はいるだろう。特に人格破綻・倫理崩壊・社会不適合の三拍子揃った卒業生なんかは「現実と変わらん」とか言って傭兵まがいのことはする。


「こっちは一朝一夕じゃ成り立たない。狐座が変身する顔はゴルディオンのNPCやプレイヤーが大半だ。姫が情報を下に共有すれば初動の対応は早くなる」

「それはあるわね。いざとなればプレイヤーに協力を頼めるし、外聞も戦争ならプレイヤーにだけマイナスイメージがつくとは思えないからね」

「でもそれって狐座が新しく顔を奪えない前提だろ?楽観的過ぎないか?」

「それはないと思いますよー」

「あら、あんたがグレイに異を唱えるなんで珍しい」

「お嬢様ー私はグレイさんが好きで好きでたまらなくて空が青いと言えばそう信じますけどーこれは否定じゃなくて修正ですーグレイさん狐座はあの時どうやって顔を奪ってましたかー?」

「……!祭壇座か」

「よくできましたーあれから供給されたと考えるならば今は変えられないはずです。それならこの仮説は可能性が高くなりまーす」


 リミアは笑顔で俺に拍手を送る。子供扱いされているように思えて胸の奥がモヤモヤする。


「まぁそういうことだから俺はゴルディオンに戻って計画を進めるよ。しばらくはレイドとかストーリーにも参加しないつもりだ」

「まぁお前が抜けても戦力変わんないしいいんじゃない?」

「心にグサッと刺さるなおい。つか、グレイの妹が今回やばくね?あの子いれば大丈夫だろ」


 話が一通り終わったところで俺たちの話題はシオンへと移る。彼女は蟹座戦の終盤に一騎当千とも言える活躍したため、参加していた皆にはとても印象深かった。特にシンはシオンが用いた雷撃と転移に興味深々のようである。


「味方だとほんと心強いよ。雷の射程距離とワープの範囲どこまであるんだろ」

「見たところ射程距離は40mってところじゃない?ワープは検証しないとわかんないけど」

「あれ他人もワープできるなら色々作戦に組み込めそうね」


 アイシャと姫はシオンのスキルを考察し始め、片っ端から用途を挙げていった。


「前衛が崩れそうな時に交代させたり、後衛に流れ弾が来た時に避難させたり…」

「それだとラプラスと組ませて中列で司令塔をやらせるってことか。ちょっと面白そうだな」


 シオンの強化は予想外だったため、嬉しい誤算だ。今後も可能なら攻略に参加してもらいたいほどである。


「とりあえずグレイはシオンちゃんに色々聞いておいて」

「わかった……あ、そういえば会見はどうなった?」


 途中シオンの話に切り替えてから画面を見ていなかったため、終わりを見ていない。画面を目線を落とすと、ゴルディオンの映像ではなく青画面一色の背景に中継終了の文字が中央に大きく出されていた。


「終わってるね。こっちも移動しよう」


 準備を終えた俺たちは各々の目的を果たすためにレーネ沼から去る時間となった。最初に抜けたのは姫とその仲間たち。


「じゃあね。私は大陸横断ツアー兼情報収集で色んなところ回るから。ライブ近くでやってたら見にきてよ?」

「はいはい(誰も行かないだろうなぁ…こいつ知り合いだと割高になるし……)」


 信者たちと共に姫はミュケを目的地にセットしてポータルを使い去っていった。次はデッドマンがゴルディオンに向けて去っていく。

 ヴァルキュリアは既にシオンとマナロ、そしてヒューガについていった月下以外全員南に移動していた。ヒューガ達は中央に戻ったらしい。そういえば、中央エリアにヒューガと一緒にいた少年が居たような…居なかったような…

 俺が記憶を辿って思い出そうとしていると、背後から誰かに寄りかかられる。何故か生暖かく濡れた何かが背中を伝って感じ取れた。背後からはかすれた声が耳に届いてくる。


「グレイ…うぅ…だずげで…」


 訂正しよう。途中から嗚咽を鳴らした鼻声になっていた。振り向くと今にも倒れそうな女性が涙目で立っていた。


「どうしたのアンナ姐さん?マリアは?」

「あの子…私とのフレンド登録切って…どっか行っちゃった…」


 どうやら一通り旅が終わったことでまた距離を置かれてしまったらしい。居場所も教えたくないのかフレンド登録まで切っていると言う。相当なショックだったのかそのまま地面に座り込んでしまった。彼女は体育座りで顔を伏せたまま声を出す。


「グレイ…調べて…聖女ちゃんの居場所…」

「えぇ…どうせミュケでしょ…彼女パーティあるんだし」

「あたし…やっぱり嫌われてる?」


 アンナ姐さんは未だマリアとゆっくり話していない。二人の親子関係が再び冷めきってしまう前に何とかしなければならない。俺は腰を落とすと、姐さんの肩を手を置いた。かける言葉に迷いつつも励ますことにする。


「…あれだよ。まずは人づてに連絡を…」


 ろくな励まし方も思いつかない男が狼狽えていると、一人の救世主がその場に現れた。


「何グレイさんを困らせてるんですかーダメですよー」

「フウロ…?」


 遠目で見ていられなくなったのか俺たちの所にやってきたリミアはアンナ姐さんを無理矢理立たせる。そして、子供をあやすように優しく声をかけた。


「私と一緒に行きましょう?ほらエルフの里を一緒に攻略した仲ですし少しは話してくれるかも」

「…」

「そんな後悔するくらいなら、専業主婦すれば良かったのに…どーしてこの人は…」

「……」

「ほら行きますよーではグレイさん。今回のデートは楽しかったですよー」


 ずるずると引きずられる彼女の顔は少し浮かばれているように見えた。


「じゃ私もこの二人と歩くから…行くよ」

「……何故この未来は見えなかった」

「諦めようよラプラス…」


 シンは肩を落とし落ち込むラプラスを励ましている。しかし、彼の瞳も虚に見えるのは気のせいだろうか。シンは俺の方を向くために顔を上げる。さっきのは気のせいではなかった。やはり、正気が失われているように見える。その所為なのか唐突にこんなことを言い始める。


「グレイ…別れの前に一生の頼みがある…」

「今生の別れみたいな雰囲気になってる…」


 彼からの提案は…まぁ…これから呑み込まれるであろうストレスという名の攻撃に対して運動することで解消したいというものだった。先にするのことは『ストレス解消』ではないので、やはりこの男、気が狂ってる。そして、もう一人狂った男がいた。


「…この勝負グレイが勝つから動画撮ろうっと」

「ラプラス本気か!?俺勝つのか」

「勝つ本人が驚いてどうするの…どう転んでも勝つよ。視えた」


 それだけ言うと、ラプラスはアイシャにこっそり耳打ちしてその場に座り込む。アイシャはラプラスからヒソヒソ話を聞いた後、その内容に納得したのか何度か頷きアイテムボックスから一枚の紙を取り出すと何か書き始めた。やがて、紙に文字を書き終えるとそれを俺とシンに見せる。


「じゃあ、これでよろしく」


 明け方から始まったシンと俺の模擬戦は直ぐに終わった。しかし、他のプレイヤー達はその場からは立ち去っており、シン達も終わったらすぐにゴルディオンに向けて去って行った。片手で太陽の光を覆い隠し空を見ると、遠くにグリフォンの背から手を振るクラリス達も見えていた。空高く上る太陽に照らされる影は残り三つだけ。


「もういい?行くよ?」


 聞き飽きる程聞いた妹の声が耳に届く。別れの挨拶は済ませた。やることも決めた。再び一ヶ月後の再会と、見知らぬ土地で戦う彼らが無事であることを信じて。


「あぁ、行こう」





 北米サーバー

 ミュケ


「あらあら、見てサーシャ。早くもバトルフィルムを投稿した所があるみたいよ」

「早いね。どこのサーバー?ウチ?」

「タイトルだけ言っちゃうわね。JPNサーバーPvP『グレイVSシン』winnerグレイ」

「えっ……」

「どうみても手抜きの戦いだけどね。本命は多分これだ」


 サーシャが映像を観ると、そこには見間違えるはずもない懐かしきグレイの姿が映し出されていた。隣にはもう一人の青年が立っており、二人は互いに武器を抜いて…はいない。グレイの隣に立っている不貞腐れた青年が手に持った原稿らしきものを読んでいた。


「えー何か、ウチの参謀がこれをサーバー間の通信手段にしようと言ってます。賛成だったら何かしら返事下さい…これ本当に返信くるの?」

「ルールに問題ないし、みんな同じこと考えてるって…では」


 グレイがそう言うと、もう一人の青年は距離を取る。対してグレイは一振りの長剣を取り出して彼に向けた。


「何でこんな……」

「普通はどこも蟹座か獅子座を倒したところだからな…悪く思うな」


 次の瞬間、グレイが何か口走ると、彼の手に持っていた剣はみるみる内に膨れ上がり、紫色のさそりに変貌していく。それはサーシャが姉と共に戦い、不思議な少女が瞬殺したさそり座の姿である。


「やれ」


 グレイが指刺す方向に向かいさそり座の尾は紫紺の槍として撃ち出される。相手は避けることなく貫かれると宙に舞って地面に打ちつけられた。間も無く、戦闘終了のアナウンスが鳴り、模擬戦の終了と共にフィルムも録画終了となった。


「あの子元気そうね…」


 不意にかけられる姉の言葉にサーシャは強く頷いた。


「負けられない。絶対絶対勝つ」







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