幕間 犯罪者よ、大志を抱け

 都内にある高校の一教室にて、三人の高校生が一つのテーブルを囲いババ抜きをしていた。その内二人は女性で校内美少女ランキング同率1位と呼び声高く、黙っていればその気品に気圧されてしまうだろう。対して、少年の方は、そんな二人を前にしても大して顔色を変えることなく、目の前のババ抜きに集中していた。既に一人の少女は手札を使い切り上がれたからか手でスマホを弄っており、残るは少年と少女の一騎討ちである。

 ふと、少年は先にあがった少女に向けて大事な頼み事を思い出した。


「なぁ、恋条。金貸してくれ、1万でいい。今週末にあるイベントの特効キャラが欲しいんだ」


 少年は、向かいで椅子に座っている恋条と呼ばれた少女に声をかける。彼女は後のリミアこと恋条風露れんじょうふうろであるが、何故か少年の言葉は彼女に届かない。というか聞こえたくないといった形で意図的に無視されていた。


「この服可愛くない?どうどう」


 風露は、向かいに座る少女にスマホを見せて独特な模様の服を見せていた。それを見た少年は、彼女に言うのを諦めてもう片方の少女に声をかける。


「じゃあ、姫乃。お前でいいや、2万な2万。それならほぼ当たるはずなんだ。期待値的にはいける額だ」


 しかし、姫乃と呼ばれた少女も少年の声には耳を傾けない。彼女も同じく後に姫と崇められたアルテシアこと由利白姫乃ゆりしらひめのである。そんな彼女は、ちらっとスマホに映る服の写真を見ると、ババ抜きしながら風露の質問に答える。


「その服選ぶあたりあんたのセンスのなさに引くわ。流石風露ね」


 一瞬だが、風露のこめかみに青筋が見えた気がする。少年は、見なかったことにしてババ抜きを続けた。


「あらー姫ちゃん?最近ちょ~とモデルになってもてはやされたからって調子乗りすぎでは?」

「あんたも顔は良いのに残念ね。そんなパラシュートみたいな服着ようと思うなんて」


 少年は、喧嘩するくらいなら、いい加減自分の話を聞いてほしいと腕を組みながら、主張する。


「なぁ、聞けよ。2万5千貸してほしいんだって。それなら次のイベントに向けて貯金もできるんだよ」


 少年の言葉は、二人に届かずあわやキャットファイトが始まるかと思いきや、そこ教室に救世主が現れる。ゆっくりと教室の扉が開き、中学生ぐらいの少女が注意深く中を物色する。牛乳瓶のような眼鏡をかけた彼女は、ババ抜きしている三人の姿を見つけると、顔を明るくし片手に参考書を持ちながら、早歩きで三人のところへとやってくる。


「あの…フウ姉さん…この前の問題集でわからないところが…」


 少女は、風露に聞こうとするも掴み合いになっている二人を見て、言葉に詰まる。


「おぁ、燈水火ほみかじゃん!丁度いい所にきた。俺に3万貸してくれ。3万あれば天井いけるんだ」


 そんな折に、少年から突然頼み込まれた穂美香と呼ばれた少女は、一度硬直しながらも慌てて財布を取り出す。


「え!?あ…はい。分かり…ました」


 財布から3万円を律儀に取り出すと、少年に向けて差し出す。


「サンキュー、来月倍にして返すわ」


 彼が燈水火から3万円を手に取ろうとすると、一人には顔をもう一人にはお腹を殴られる。


「あがッ!」


 椅子から転げ落ちて、両手で顔を押さえながらくるまる少年に向けて、風露と姫乃は軽蔑するかのような視線を送る。


「信じられない……見た?姫ちゃん。この男、女子中学生から金をむしり取ろうとしたわよ」

「恐喝で訴えよう、風露。証拠作りは手伝うわ」

「何でお前ら…そういう時は…団結するんだよ……冗談だって…」

「死ね!ろくでなし!」


 どこからか持ち出したホウキで叩き潰される少年を呆けて見ていた燈水火は、はっと気づくと二人を止めに入る。


「あのフウ姉さん!?姫さん!?黒羽さんが死んじゃいます!あの!大丈夫ですからぁ!」


 三人…当時は燈水火を入れて四人でよく教室に集まっていたのを今でも思い出す。


 そうやって、毎日が何事もなく進み大人になって、偶に酒を飲み合う仲で終わると思っていた…あの事件さえ起きなければ。


 5年後、後のデッドマンこと夜桜黒羽よざくらくろはが22の時、事件は起きた。彼は警察官となり、無駄に高いスペックから警視庁で勤務していた。ある日、彼が自宅に居ると風露から突然の電話がかかってくる。


「何だ?また飲みか?お前今向こうで色々やってんだろ?」

「黒羽…燈水火が…燈水火が…」

「あいつは実家に帰ったんだろ?」

「さっき家から連絡があって…あの子が事故で死んだって…」


 黒羽は、手元からスマホを落とし、それを拾うことが出来なかった。現実を受け入れられなかった。


 そして、それから2年後……


 一人の女性が都心から離れたあるアパートの一室の鍵を開ける。彼女はサングラスに帽子と明らかに人目を避ける格好をしており、ここまでも車でこっそりと来ていた。彼女がドアを開けると、中から鼻をつく臭いが溢れてくる。苦い顔をした彼女はポケットからハンカチを取り出して鼻と口を抑え物だらけの中を進む。奥の部屋に居たのは、自堕落な生活を送る黒羽であった。


「少しは、まともな生活してないの?余命僅かなニートって感じ」


 彼女の声を聞いた黒羽は、寝そべったまま転がり訪問者の顔を確認する。


「なんだ…姫乃か。何の用だ?国民的アイドルの由利 白姫がこんなところにいたらスキャンダルじゃないのか?」


 姫乃は、高校卒業後から偽名でアイドルデビューを果たしており、人気もうなぎ登りの状態だった。


「風露が心配してたわよ。あんたが警察やめてから一切連絡もとれないって」

「…うるせぇ。もうやる気がねぇんだ」

「まだ、燈水火の事件引きずってるの?」

「……」


 黒羽は姫乃の問いに対し沈黙を貫く。それを見た姫乃は、ゴミだらけの部屋の中をかき分けて窓まで歩く。彼女が手で塵を払い窓を開けると新鮮な空気が入り込み、日差しが差し込む。


「こんな田舎に来て…何がしたいんだか…」


 姫乃は黒羽の住むアパートから見える田んぼを眺めていた。


「あれから皆変わっちゃったね。風露は実家で燈水火の跡を継いだってさ」

「…あいつ、日本に戻ったのか」

「絶対に真相を突き止めるんだって張り切ってたわよ。最近ようやく当たりの所を見つけたって」

「はッ!俺は、もう金なくなるまで引きこもることにしたんだ。今日もゲームのイベントがあって忙しいんだよ。とっとと帰れ」


 追い出そうとする黒羽を避けた姫乃は机の上に置いてある紙束に目が行く。そこに書かれていたのは国の研究開発費がある時期に架空の研究所へと不正に動いていることを示す証拠であった。


「…本当に諦めたの?この資料、ネットなんかじゃ調べても出てこないでしょ」

「……帰れ」


 頑なに取り合おうとしない黒羽を見て姫乃は、渋々部屋の入り口に向かう。しかし、何か思い出した彼女は足を止め黒羽の方へと振り返る。


「ねぇ、今度MBOってゲームやってみたら?」

「なんだそれ?」


 話に食いついた黒羽を見て、したり顔の姫乃は、黒羽の下まで戻ると、手帳とスマホ画面を見せる。


「燈水火がね…最後に残してたメモ帳に描かれてたの。当時は何のことか分からなかったけど、多分これのことよ」


 姫乃が見せた手帳には写真が貼られていた。それは燈水火と呼ばれる女性が書いたメモ帳と思われるもので、様々な英数字が書かれている。中でも一番上には赤い丸で囲われた羅列があり、そこには2047MBO5Aと書かれている。もう片方のスマホの画面には、メテオバスターオンラインの第五次アップデートの情報が載せられていた。アップデートの日が8月5日と書かれている。


「メテオ・バスター・オンライン…流行りのVRゲームか。これがなんだよ?」

「あの子…発売前にこのことを書いてたの。おかしくない?だって、MBOはゲームの略称この5Aは8月5日、今日のことよ。あの子が死んだのは5年前。こんな情報知れるはずがない。これの製作者達をツテで調べたけど誰も尻尾を掴めない…」


 燈水火の死因は不明。何故なら行方不明の彼女を実家が死亡扱いにしたためだ。事件後、彼女に関する物は家の者が全て処分したと黒羽達は言われている。それを個人で調べて結局は秘匿されていた彼女の遺品を見つけるのは並みの執念ではない。完全に姫乃も事件の真相を追っていた。


「風露や燈水火の家と繋がってる人に芸能界で会えてね。私ならイチコロよ」

「お前だって相当やばいとこまで足突っ込んでるじゃねぇか…」

「言ったでしょ。三人とも変わっちゃったって。あたしは絶対に真実を見つける。それまでは偶像でもなんでもやってやるわよ…」


 姫乃の覚悟を見た黒羽は、止めても無駄だと悟る。


「分かった俺も本格的に調べてやる。とりあえずこのゲームやってみるけど…向こうじゃ他人のフリしてろよ?」

「理由は?」

「やばい奴と関わってると思われたくない」


 姫乃は笑顔で床に落ちている携帯型ゲーム機を拾うと躊躇なく黒羽に投げつけた。


 そして、そこから更に2年後。


 運命の2049年6月1日の夜。


 黒羽は、ヒロイズムユートピアの画面を見ながら、今まで調べた資料に目を通す。


「ちょくちょく出てくるユートピアプランという言葉…それに少数だけどVRゲーム経験者の事故死や行方不明件数が地域や時期で偏ってる。確実に誘拐とかで集めてるな。そして、燈水火が遺した最後の言葉『αテスター』。全部入って見て確かめるしかねぇか」


 スマホを見ると、恋条風露と由利白姫乃からSNSでメッセージが送られていた。内容は全く同じで、ただ一言。


「「また後で」」

「止めようと思ったが…無理か。こりゃ二人に会うのは確実だな。その時は…また一緒に」


 そう言って自動送信のメールを打ち込み、宛先を自分の知り合い全てにして、送信時間は19時にセットする。そして、VRマシンを付けてベッドの上に寝転ぶと、深呼吸をして宣言する。


「ヒロイズムユートピア…起動スタート!」


 真っ白な画面に身体全体が取り込まれていく。


「どれほど地獄だろうと、尻尾は掴む。これで……最後だ」

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