第45話 エピローグ③ アメリカの救世主

 USサーバー

 北エリア ミュケ 冒険者ギルド内  


 天才、鬼才、秀才。どれも才覚ある者達を示す言葉だが、このサーバーでそれを使うのはタブーである。

 理由は、単純でその言葉が相応しいプレイヤーは一人…いや二人しか居ないからだ。このサーバーには、職業プロゲーマーや動画配信で有名なプレイヤーも数多く参加しているが、兎にも角にも彼等と二人は一線を画した実力差が生まれていた。


「世界最強がいるサーバー。それがUSサーバー」


 誰もがそれを信じて疑わない。その証拠に獅子座は僅かデスゲーム開始3日目にコンビで討伐。蟹座もそれから一ヶ月後には討伐された。その頃のグレイ達はまだおおぐま座と戦っていた時である。


 しかし、それ程に恐ろしく強い合衆国のプレイヤー達が集うこのサーバーで、かつてない危機が迫っていた。

 それは、USサーバーの絶対的ダブルエースの片割れであるプレイヤー『ドナ』が戦えなくなっていたのだ。


「酒もっでごぉぉい!!」


 理由は、ギルドでずっと酒を飲み続けているためだが。


 こんな彼女だが、なんと現実世界では女優活動をしている人間で、とてもゲーマーとは言い難い美貌の持ち主でもある。


 ある男性プレイヤーに彼女のことを聞くと。


「あのホットな見た目は男として色々燻られる物がある…まさにアメリカが生み出した至宝だね。今は近づけないけど」

「ちょっと彼女の隣で何見てんの!」

「違っ!待っ!」


 このように、男は見惚れてしまいそれを女はよく思わないことが日常茶飯事である。しかし、一度戦闘となれば優雅な振る舞いで並いる敵を薙ぎ倒す。


「あれで強いのは反則だけど…彼女のお姉さんだから納得できるね。今は近づけないけど」


 他のプレイヤー達は彼女があるプレイヤーの姉というだけでその強さに説明はできなくとも納得はしていた。


「アメリカの至宝とアメリカの救世主。並んでいると美しさが一段と際立つ。今は近づきたくないけど」


 向かいの席には彼女と並ぶ美しさを誇るがまだ少し子供らしさの残る女性が座っており、若干彼女の飲みに嫌気がさしていた。周りのプレイヤー達は彼女達に声を掛けようと近づくもドナのヤケ酒に巻き込まれたくなくて近づけない。

 そんな中、ドナは溺愛する二人の名前を叫んでいた。


「会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい…シオンと、カイリに、会いたぁい!」


 向かいに座る彼女の妹は、ジュースを飲みながら煩い姉に注意する。


「姉さん、少し…ウザイよ?」


「うるさい!私は今!直ぐに!会いたいの!あ、カイリグレイならゲームやってるかも?」

「カイリはあんまりこういうのやらないと思うよ?それにやっててもサーバーが違うでしょ?」

「サーバーくらい何よ!太平洋より短いでしょ!てか何?あんたは会いたくないの!」

「…私は……むぅ…」


 ドナは、新しく開けた樽ビールを樽ごと掲げて飲み干すと、妹に向かって尋ねる。


「まーだ引きずってんの?それなら付き合えば良かったじゃない」


 そう言われた妹は、ますますへこんでいく。


「姉さんだけだと二人分の治療費は厳しかったもん…私も働かなきゃいけなかったもん…そしたらカイリとは…」

「それで淡い初恋を捨てるなんて事しなくてもねぇ、逆にそれで母さんの病状悪化したじゃない。この事シオンは知ってるんでしょ?」

「うん…あんぐり口開いたままひっくり返った。あ、そこはちょっと可愛かった」


 それを聞いたドナは、新しくワインボトルを開けるとグラスに注がず瓶から直接飲み始める。


「まぁ…(んぐっ)あんたは…(ごくっ)カイリとシオンくらいしか友達居ないもんね…あ、カイリは恋人か…くそがっ!あの二人が弟と妹になる筈だったのに……私の人生計画が無茶苦茶よ!何してくれてんだお前!」


 姉であるドナから散々な言われようである少女『サーシャ』は、ストーリーボスと戦うよりも憂鬱になっていた。


「はぁ……」


 嫌になったサーシャは、一人でギルドから出ると街の外へと向かった。それにはフラフラな足取りのドナもついてくる。


「姉さん…何でついてくるの」

「飲み相手居ないから…」

「適当に誰か捕まえればいいじゃない」

「嫌よ!みんな勝手に置いてくんだもん。何で置いてくのよ!」


 それは、潰れた後の介護が面倒だからだとわかっていたが、言ったところで今の姉には意味がない。結局、抱きつく姉を引きずりながら外の平原に出る。


「こういうのを日本だと馬の耳に念仏って言うんだっけ…シオンがよくカイリで例えてた」


 ドナは、酔いが回ったのか近くの丘に寝っ転がり寝息をたて始める。


「本気?寝ないでよ?」

「あはは、そんなわけ…zzzzz」

「もうここに置いていこう…この辺のモンスターぐらいじゃ死なないし…」


 サーシャが姉を捨て置き街へ帰ろうとすると、突然知らない少女の声が聞こえてくる。


「わぉ!もしかしてプロゲーマーのアレクサンドラ・ワーグナー!?それにハリウッド女優のドナ・ワーグナー!凄い、本物だ!」


 突然二人の所に現れたのは、黒いローブで身を包み金色の眼が光る少女であった。ドナは彼女の声でパッと目を覚まし、真っ赤な顔からすぐに白く戻して受け応える。


「あーらごめんなさーい。今はプライベートだからファンの方ならサインはクリア後にね?」

「起きるの早っ!」


 サーシャは、こういう時はスターらしく振る舞う姉に若干引いていた。

 しかし、少女は二人が何か誤解していると手で否定の仕草をする。


「?あーあー違うの。私もう死んでるからサイン貰っても意味ないし」


「「はい??」」


 丘にある岩に腰掛けたサーシャ達は、黒フードの少女エレネから事情に聞かされる。


「お助けNPCかーまさかそんなキャラ居たなんて。しかもβテストがあったとは」

「βテストは世界中のお偉いさんがグルになってやってたことだからね。私も半年間地獄を見て知れたことだし」

「聞いた?サーシャ。この子あんたと同じくらいだけどもっと修羅場潜ってそうだよ」

「たしかに…もっと聞かせて」


「話せるところまでならいいよ!私もワーグナー姉妹と話して見たかったの!これも翻訳機能様々ね」


 それから、三人はサーバー統合やユノの狙い、幾多のボスについて話し合った。


「ありがと。色々聞けて良かったよ」

「どういたしまして。じゃあJPNサーバーに帰るね」


 手を振り去ろうとする彼女にサーシャは聞きたかったことをぶつける。


「ねぇ!いつか世界中のサーバーを統合するんだよね?」

「統合というより、1サーバー内に分割した世界の内、最も優秀な世界に他のプレイヤーが転送されることなんだけどね。便宜上はサーバー統合の方が分かりやすいし」


 その答えにドナは期待を隠しきれない。


「もしかしたらカイリやシオンに会えるかも…」

「姉さん、シオンはゲームなんてしないでしょ?」

「ん?んん?シオンって子ならJPNサーバーに居たよ。確か…グレイの妹だったから…」


 その言葉に二人はすぐに食いつく。


「今グレイって…」

「グレイの事知ってるの?へー私も流石に現実の交友関係までは知らないしなー」

「カイリが居るの?」

「居る居る。私達βテスターが選んだ現状の優勝候補だよ」


 サーシャの眼に確かな光が灯る。


「それって…「サーシャさーん!!」」


 少年の声を聞いたサーシャは、急に不機嫌になる。


「アッシュか、間が悪い…」

「あれ?アッシュ何か連れてきてない?」


 アッシュと呼ばれる少年は黄金の雌鹿を引っ張ってこちらへと向かってきていた。しかし、それは遊びにくるというより、背後から迫りくる紫紺のさそりから逃げているように見える。


「あら、さそり座だ。なんでこんなところに?」

「サーシャさーん!見てくださいこの綺麗な鹿!金色ですよーでもごめんなさーい!なんか変なのもついて来ちゃいましたー!」


 背後から迫るさそり座の気迫は凄まじく、距離のあったサーシャやドナにも重圧がのしかかる。


「うぇ…あれ捕まえちゃダメな奴なんだけど…まぁベースがグレイのとこになればリセットされるしいいか」


 エレネが話していた二人の方を向くと、既に手には互いに二本の剣が持たれていた。既に酔いは覚めたらしく、立ち姿に乱れはない。


「…姉さん。行くよ」

「理想郷で待つ弟達のために…ここで消えろ。虫もどきが」

「なら、まずは目の前に出てきた必殺のさそり座を…て、は?もう削ってる…やべぇあれ…うわ…避け方がエグい…え?何であそこから攻撃出来んの?ちょ?今、死角だったよ…どこに目ついてるの…あーあらーおー半分削っちゃった。すっげぇ…グレイ…勝てるかなー」


 スポーツ観戦のようにエレネが戦いを見ていると、彼女の下に蛇のサビークがやってくる。


「戻ってきた。どう?ちゃんと渡せたの?」

「シュルルル」

「え!?用途言ってないから失敗した!?アレはヤマタノオロチ用の切り札!燃やすとダメだからアンリカちゃんに対抗策の炎消し作ってもらったのに……どうしよ…」

「シュ〜シュルル」

「え、一回くらいセーフ?バカ!一回でもユノの思い通りにさせないために私達がいるんでしょ!これじゃ皆に会わせる顔がないよ…」


 エレネが悩んでいると、目の前にさそり座が飛び出してくる。


「そっち行ったよ!」

「嘘!ごめん、アンリカちゃんお願い!」


 そう言うとエレネの瞳が青色に変化する。


「全く…創世魔法『おっきな槍』」


 槍に貫かれたさそり座は叫び声を上げてその場で足を止める。


「Graaa!!!」

「黙りなさい。創世英雄魔法『おてんとさま』」


 すかさず放たれた魔法は、空から一筋の光をさそり座に落とし強引に分解してしまう。あまりの呆気ない幕引きに、ドナとサーシャは空いた口が塞がらない。


「貴女…一体」


 その言葉に、青の瞳を宿した少女はつまらなそうに答える。


「第三次βテスト、最後の一人ファイナリスト『アンリカ』クラスは『創世者ブラフマー』…うん、覚えなくていいや」



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